そこはステンドグラスを透かした光が降り注ぐ聖堂だった。訪れたばかりの二人の他に、人の姿は見当たらない。聖堂の中央には黒曜石の祭壇があり、その上では聖なる炎が音もなく踊っている。《永遠の灯火》と呼ばれるその炎は、一説によると、初代勇者の時代から消えることなく燃え続けているとのことだった。
祭壇の向こうに見える正面のステンドグラスにも、輪のように燃え盛る炎が描かれている。《灯火の祭壇》のステンドグラスは《聖者の間》のものとは異なり、炎と無数の人影を描いた抽象的なガラス絵だった。光に向かって手を伸ばす黒い人影は、炎に焼かれる勇者のようにも、勇者になろうとする者のようにも、勇者に救いを求める無力な人々のようにも見える。ステンドグラスの周囲の壁には、古い碑文やレリーフが彫り込まれており、かつて勇者や聖者がここで祈りを捧げたことを示していた。
中央の祭壇に向かって歩を進めながら、オリアネッタは女司祭を振り返った。
「ここはかつて勇者ベリアスが誓いを立てた場所でもあります」
「ベリアスがここで……?」
尋ね返した女司祭は、意外そうな声だった。司祭ではなく個人としての声が漏れたのかも知れない。
「はい。ベリアスは勇者に選ばれたとき、この《灯火の祭壇》で復讐の誓いを立てました」
「復讐……? どうして彼がそんなことを……」
「それは……恋人の、勇者ルシエラが魔王に殺されたから……」
女司祭の仮面の奥から、小さく息を飲む音が聞こえた。彼女が次に何を言うのか、オリアネッタは興味を抱いた。しかし女司祭はそれ以上何も言わなかった。オリアネッタは気を取り直し、説明を再開した。
「……今日はこの祭壇に《再生の卵》を納めに来ました。《灯火の復誕祭》の日まで、わたしたちはここで卵に祈りを捧げます。勇者や聖者の魂が新たな世代へと受け継がれることを願って……」
オリアネッタは篭に入った色とりどりの《再生の卵》を一つ一つ慎重に台座に置いていく。
黒曜石の祭壇を螺旋状に覆うように、白銀の枝が絡み合っている。装飾のように見えるそれが、《再生の卵》を納めるために設えられた台座だった。オリアネッタが卵を置くたびに、黒と白銀の台座に彩りが添えられていく。その傍らで、女司祭がぽつりと呟いた。
「復活とは本当に、祝福すべきことなのかしら……」
オリアネッタはぎょっとして女司祭を振り返った。彼女の言葉は教会に異端視されかねないものだったからだ。世界は光と闇と輪廻で成り立っている、と教会は人々に説く。死者の魂は輪廻の中で再び生まれ変わると信じられており、初代勇者エリウスの復活がその象徴とされていた。《ラザリスの門》が正統な宗派となったのも、彼らの使う術もまた輪廻と復活の在り方のひとつと見なすことができたからだった。復活の否定は輪廻の否定、教会の説く世界の在り方の否定に繋がりかねない。教会の教えを否定する者は、異端者と見なされ、弾圧の対象になりかねない。
オリアネッタの動揺を知ってか知らずか、女司祭は言葉を続ける。
「復活を遂げた勇者によって人々は救われた。だけど勇者にとって復活が幸せなことだったとは限らないわ」
貴方は勇者の、いったい何なの?
オリアネッタの心がざわめく。女司祭が自分から勇者を奪うような気がしたからだ。オリアネッタの父親はベリアスではない、と言ったのも彼女だった。父親だと思っていたベリアスを奪い、さらに信仰の対象だった勇者像まで奪っていく。嫌だ。落ち着かない。しかし彼女の言うことが間違っているとも思えない。
オリアネッタは二番目に聞きたいことを口にした。
「……貴方には何か、特別なものが見えるの?」
「どうかしら。わたしには、この世界に存在するものしか見えないわ」
祭壇の向こうに見える正面のステンドグラスにも、輪のように燃え盛る炎が描かれている。《灯火の祭壇》のステンドグラスは《聖者の間》のものとは異なり、炎と無数の人影を描いた抽象的なガラス絵だった。光に向かって手を伸ばす黒い人影は、炎に焼かれる勇者のようにも、勇者になろうとする者のようにも、勇者に救いを求める無力な人々のようにも見える。ステンドグラスの周囲の壁には、古い碑文やレリーフが彫り込まれており、かつて勇者や聖者がここで祈りを捧げたことを示していた。
中央の祭壇に向かって歩を進めながら、オリアネッタは女司祭を振り返った。
「ここはかつて勇者ベリアスが誓いを立てた場所でもあります」
「ベリアスがここで……?」
尋ね返した女司祭は、意外そうな声だった。司祭ではなく個人としての声が漏れたのかも知れない。
「はい。ベリアスは勇者に選ばれたとき、この《灯火の祭壇》で復讐の誓いを立てました」
「復讐……? どうして彼がそんなことを……」
「それは……恋人の、勇者ルシエラが魔王に殺されたから……」
女司祭の仮面の奥から、小さく息を飲む音が聞こえた。彼女が次に何を言うのか、オリアネッタは興味を抱いた。しかし女司祭はそれ以上何も言わなかった。オリアネッタは気を取り直し、説明を再開した。
「……今日はこの祭壇に《再生の卵》を納めに来ました。《灯火の復誕祭》の日まで、わたしたちはここで卵に祈りを捧げます。勇者や聖者の魂が新たな世代へと受け継がれることを願って……」
オリアネッタは篭に入った色とりどりの《再生の卵》を一つ一つ慎重に台座に置いていく。
黒曜石の祭壇を螺旋状に覆うように、白銀の枝が絡み合っている。装飾のように見えるそれが、《再生の卵》を納めるために設えられた台座だった。オリアネッタが卵を置くたびに、黒と白銀の台座に彩りが添えられていく。その傍らで、女司祭がぽつりと呟いた。
「復活とは本当に、祝福すべきことなのかしら……」
オリアネッタはぎょっとして女司祭を振り返った。彼女の言葉は教会に異端視されかねないものだったからだ。世界は光と闇と輪廻で成り立っている、と教会は人々に説く。死者の魂は輪廻の中で再び生まれ変わると信じられており、初代勇者エリウスの復活がその象徴とされていた。《ラザリスの門》が正統な宗派となったのも、彼らの使う術もまた輪廻と復活の在り方のひとつと見なすことができたからだった。復活の否定は輪廻の否定、教会の説く世界の在り方の否定に繋がりかねない。教会の教えを否定する者は、異端者と見なされ、弾圧の対象になりかねない。
オリアネッタの動揺を知ってか知らずか、女司祭は言葉を続ける。
「復活を遂げた勇者によって人々は救われた。だけど勇者にとって復活が幸せなことだったとは限らないわ」
貴方は勇者の、いったい何なの?
オリアネッタの心がざわめく。女司祭が自分から勇者を奪うような気がしたからだ。オリアネッタの父親はベリアスではない、と言ったのも彼女だった。父親だと思っていたベリアスを奪い、さらに信仰の対象だった勇者像まで奪っていく。嫌だ。落ち着かない。しかし彼女の言うことが間違っているとも思えない。
オリアネッタは二番目に聞きたいことを口にした。
「……貴方には何か、特別なものが見えるの?」
「どうかしら。わたしには、この世界に存在するものしか見えないわ」

