夕暮れの街は色とりどりの暖かな光に包まれていた。
 深紅と黒紫と金を基調に淡い色の光がまたたき、神聖で幻想的な空気を醸し出している。
 建ち並ぶ家屋の軒先やバルコニー、尖塔には、夜空に瞬く星を模した灯籠がいくつも吊り下げられている。《星灯》と呼ばれるその灯籠の大きさは様々で、五角形のシンプルなものもあれば、三角錐を繋ぎ合わせた立体的なものもあるが、いずれの《星灯》も柔らかな光を放っていた。普段は夜の街角を松明で照らす街灯持ちも、年の瀬に開催される《灯火の復誕祭》の五日間だけは、杖に下げた《星灯》を空に向けて掲げている。
 店先や家々の窓辺には、鮮やかな模様の描かれた《再生の卵》が並び、或いは吊り下げられており、それらは皆一様に淡い光を発していた。庭先や路上には、赤や紫の南瓜が並ぶ。南瓜には丸や三角、三日月型の穴が開いており、中に入った蝋燭の光がそこから漏れていた。ランタンに生まれ変わった南瓜は《夜の実》と呼ばれており、喜怒哀楽、様々な表情を浮かべている。
 街を行き交う人々は、人間と魔族、動物と植物が混ざり合ったような、架空の生き物の仮面を付けている。一番人気は《夜の実》によく似た南瓜の仮面で、ハロウ・マルモンの仮面もこれを模倣したものだ。トナカイの角やウサギの耳も人気のモチーフで、「輝きあれ、再生の光を」「光は巡り、命は芽吹く」──そんな挨拶がそこかしこで交わされている。
 オリアネッタの知る街の光景は《灯火の復誕祭》の夜のものだけ。
 聖ルヴァニア修道院に引き取られた孤児にとって、年に一度の《再生の卵の日》だけが外の世界と触れ合える唯一の機会だった。
 去年までのオリアネッタはこの光景が好きだった。人々のこの営みを守ったのが自分の父で、自分もいずれ父のように人々に愛されるようになるのだと誇らしい気分になった。しかし今、オリアネッタの胸を占めるのは疎外感だった。魔王の娘が人々に歓迎されるはずがない。だから母シルヴェリカはエグラントのような男に自分を託したのだと思わずにはいられなかった。
 そんな内心が顔に出ていたのか、マルグリスがオリアネッタに声をかけた。
「オリアネッタ、そのような考えを抱いてはなりません。今日は再生と希望の象徴を子供たちに届ける日。それは貴方自身にももたらされるべきものなのです」
 オリアネッタは答えなかった。マルグリスの顔には、いつものような張り付いた笑みは浮かんでいなかった。
「貴方の親が誰であれ、その内心がどうであれ、気に病む必要はありません。貴方の人生は貴方自身のものなのです」
「はい、マルグリス様……」
 オリアネッタは笑わなかった。マルグリスに対する警戒心は消えていない。だからこそ、彼女の言葉で心が少し軽くなったことに戸惑いを覚えていた。
 街の中央広場には、淡く光る巨大な《再生の卵》が鎮座している。卵を囲むように《夜の実》と《星灯》が並び、傍らには勇者エリウスとルヴァニアの人形が立っている。二人から少し離れた場所には《ラザリスの門》の開祖となった赤いローブの魔導師セリアンナの人形がある。巨大な卵の周りには、子供たちが集っている。卵には魔術的な仕掛けが施されており、誰かが卵に触れるたびに色が変化する。
 オリアネッタは篭の中の卵を手渡すべく、子供たちに近づいていく。子供たちの話し声が聞こえる。勇者たちの人形を指さしながら何事かを言い争う姉妹らしき姿が目に入る。
「……違うよ。エリウス様の恋人はルヴァニア様だよ。最後まで一緒だったんだから」
「はぁ~~~、これだから子供は。ジンセイってそういうものじゃないの。一緒にいたから恋人とか、そんな単純なものじゃないの」
「でも昨日の劇ではエリウス様の恋人はルヴァニア様だったもん。《聖光教会》はエリルヴァ推しなんだよ」
「はぁ? 《聖光教会》のごり押し解釈が史実だと思ってんの? これだから子供は……」
「異端者! そういうのって異端者って言うんだよ! 異端者は絶対ダメ、死刑なんだよ!」
「エリセリは異端じゃなくて史実だし。別々の道を歩んだっていうのが濃いの。関係性が」
「……破局しただけじゃん」
「はぁ~~~、これだから子供は。セリアンナ様が《ラザリスの門》の初代教祖になったのは、エリウス様の存在あってのことなんだから……」
 どうやら姉妹は勇者エリウスのカップリング相手を巡って正統異端論争を繰り広げているようだった。ちなみに二人の年齢はオリアネッタよりも幼い。大人たちの言葉を借りて言い争っているのだろう。オリアネッタは姉妹に《再生の卵》を差し出した。
「輝きあれ、再生の光を」
 姉妹は同時に顔を上げ、オリアネッタから卵を受け取る。
「光は巡り、命は芽吹く」
 二人は口々にそう言うと、オリアネッタの袖を掴んだ。
「ねぇ、知ってる? 復活した勇者って、エリウス様だけじゃないんだよ」