『勇者よ、聖なる刃を携え、我らが敵を討て。さもなくば汝自身が裁きの炎に焼かれるであろう』──

 教会の主流派たる《聖光教会》の最高指導者、教皇アウグスト・ファルヴェール四世の言葉を反芻しながら、彼は《天眼の導き》に従い、迷いのない足取りで廃墟となった古城を進む。その導きは、教皇のみが用いる魔術《聖戦呪令》によって彼、勇者クロヴィスに付与された慧眼によるものだった。
 彼には討伐対象の現在の居場所を感知できる。遠くにいるときは、おおよその方角、或いは街の名前のみを。対象との距離が縮まれば縮まるほどに感知力は鋭くなる。彼は今、鼓動のような確信をもって対象の位置を把握していた。討つべき異端者は、すぐ近くにいる。じきにこの場を訪れるだろう。
 クロヴィスはルミナスブレイドを抜き、刀身の放つ光で古城の闇を照らし出す。
 顔のない石像が無数に並ぶ不気味な場所だった。《聖光教会》の信徒でもある勇者クロヴィスは、この城が廃墟となった原因を知っている。かつてここは王族の居城だった。最後の城主は《堕ちた白薔薇》レオノーラ。白銀色の髪と翡翠色の瞳、透けるような白い肌の憂いのある美女で、傍系王族であると同時に、リヴェランディア王国の現国王エルナヴィエルの愛妾でもあった。魂と記憶にまつわる魔術研究者として知られていたが、深淵に触れて「魔に堕ちた」と言われており、《聖光教会》によって異端者として処刑された。かれこれ六十年以上前のこと、クロヴィスが生まれる前の話だ。粛正されたのは城主一人だけではない。レオノーラに仕える者たちも仮面を被ることで自我を失い、魔となり果てたため、処刑場の露と消えた。顔のない石像は、その痕跡を破壊した名残だと言われている。
(神よ、どうかわたくしに邪悪なる者を滅する力をお与えください)
 クロヴィスは胸中で神に祈りながら、討つべき敵の目的地に先回りすべく足早に進む。異端者が何を欲し、どこを目指すかは知っている。古城の奥にあるという、異形の祭壇。そこに封じられたものを異端者は狙っている。
 果たしてクロヴィスはその場所に辿り着いた。
 異様な威圧感を放つ奇妙な部屋だった。中央部に設えられた祭壇の四隅には、消えることのない青白い炎が灯っている。その炎は、燭台の上で逆さになっている。祭壇の上には、ひび割れた仮面が浮いている。目の部分に開いた穴は深淵の闇のようで、覗き込むと魂を吸い取られるような、己の存在そのものが根底から歪んでいくような錯覚に陥りそうになる。いや、錯覚ではないのかも知れない。クロヴィスは神に祈りながら仮面から目を逸らした。すると壁に彫り込まれたレリーフが目に入る。人か魔なのか判然としない者たちが、仮面を崇めるように手を伸ばしている。
(神よ、どうか……)
 あまりのおぞましさにクロヴィスは、己が勇者であることを危うく忘れそうになった。
 しかし背後から聞こえる音に、彼は使命を思い出す。
 二人分の足音がこちらに近づいてくる。クロヴィスは剣を握り直し、音の方へと向き直る。現れたのは、二人の若い男だった。死人のように青い顔の人間の男と、暗い灰色の肌をした銀髪の魔族の男。彼らの背後には、無数の亡霊の姿が見える。亡霊の中にはクロヴィスの見知った顔があった。勇者養成機関の同期、彼よりも先に勇者に選ばれた者たちだ。彼らは皆、目の前の異端者に殺されて、死後も亡霊として使役されているのだろう。このような邪悪な男を生かしておくわけにはいかない。クロヴィスは《聖戦呪令》を己に付与した教皇に感謝した。
「……貴様を待っていたぞ」
 クロヴィスは聖なる刃を構え、死人のような男に告げる。
「異端者ベリアス・アルカントよ。教皇アウグスト・ファルヴェール四世の命により、貴様をこの場で処刑する」