余命一年と言われたギャルの話

 最近、何だか家の中がギクシャクしている気がする。
 一年ほど前にお母さんがお父さんと再婚した。それから義理の姉・渉ちゃんは反発して、家に帰って来なかったり、わたしと口喧嘩をしたりする。
 だけど、この数日の違和感は何だかそれまでの摩擦とは違う気がした。
 特に、渉ちゃんとお父さんだ。
 元々仲のいい親子なのに、昨日の二人の態度で何だかおかしいと感じた。仲が悪くなったという訳じゃない。けれど、やけに目配せをしていた気がする。それに渉ちゃんはお父さんに話があると聞いたら、すぐにわたしたちと帰った。普段ならあり得ないことだ。
 もしかしたら、二人は何かを隠しているのかも。
「聖、学校行かなくていいの?」
 ぼんやり考え事をしながらテレビのニュースを見ていると、洗濯籠を抱えたお母さんが後ろから声をかけて来た。気づいたら朝のニュース番組は終了寸前で、気を付けて行ってらっしゃいと女性アナウンサーが手を振っている。
「行ってきます!」
 わたしは鞄を持って元気よく家を飛び出す。後ろから行ってらっしゃいと言う声が聞こえた。少し駆け足気味で住宅地の道を歩いていく。でも、二分も歩くと途端に足が重くなった。まるで、足に重りをつけられている気さえする。
「おはよー」
「おはよー。昨日の配信見た? 最高だったよねー」
 同じセーラー服と学ランの中学生たちが、わたしと同じ方向に歩いていく。黒髪の波は時間が経つごとに増えた。
 目の前に同級生たちが現れ、にこやかに挨拶をしている。黒い頭の二列の波は、また一人加わって三列の波になった。そんな波が歩道のあちこちで見られる。
 でも、わたしはどの波にも乗ることは出来ない。
 あまりに遅い波は追い越していく。ひとり黒い海の底で足を引きずって進んでいるような気分だ。それは学校についてからも同じで、同級生が楽しく談笑している廊下をひとりで歩いて教室に入る。
 普段ならそのまま自分の席に一直線に向かうが、二歩歩いたところで止まった。
 自分の机にだけ、他の机にはないものが乗っている。
「あれ? 渡辺生きてるじゃん」
「死んだかと思った。だって、ほら」
 前の方に座っている女子三人がクスクス笑っている。
 おそらく彼女たちがしたことだろう。わたしの席には花が生けられた花瓶が置かれていた。いつもなら教室の窓際に置かれている。古典的な嫌がらせ。やることが陰湿だ。
 わたしは席に近づいて、花瓶を持つ。そのまま無言でいつもある場所に置きなおした。
「渡辺、無反応すぎじゃない」
「まるで幽霊じゃん」
「ポルターガイストぉー」
 手をだらりと下げて幽霊のポーズをして馬鹿笑いしている。まるで子供の仕草だ。あんな人たちとまさか同じ年だとは……。
わたしは黙ったまま、椅子を引いて席に座る。
 朝から少し心が乱された。とはいえ、朝の嫌がらせは一瞬で終わる。ニヤニヤと笑っていた女子たちも、それ以上ちょっかい出してこようとはしない。
 彼女たちは気まぐれで卑怯だ。証拠の残るような嫌がらせはせず、机に花瓶を置くようなちょっと運ぶときに置いただけとか言い訳の効く、チクチクといたぶるような嫌がらせをする。
 何かされても怪我をするようなことはないから、なるべく反応しないようにしていた。何か反応すると事態はもっと悪くなるに違いない。わたしは何も言わずに表情を変えずに、石の置物になったような気持ちで、気まぐれなつむじ風が去るのを待った。
 当然、他のクラスメイトは気づいているし、教師も気づいているけれど何もしない。誰かが何かを言っても、お手軽な快楽を求める彼女たちが素直に止めるとは思えなかった。
 一時間目の授業が終わると、わたしは一人トイレに立つ。空いている個室に入ると、ふーっと息を吐いて座り込んだ。
 いつものこととはいえ、全く自分に影響がないわけではない。嫌がらせや嫌な言葉を聞くと、当然のように思考は固まる。苦い気持ちを見ない振りして、落ち着いて行動。
 それだけが、わたしに出来ることだ。
「それでさー」「それ、本当?」
 みんなが使うトイレなので、当然誰かが入って来る。聞き覚えのある二人の声は、おそらく同じクラスの女子だろう。個室には入らず、おしゃべりに夢中のようだ。
「でもさ、今朝のはやりすぎだよね」
「ああ。渡辺さん?」
 わたしの名前が出て来て、ドキッとした。つい、息を殺して聞き耳を立ててしまう。
「そう。酷いよねー。花瓶置くとか、幽霊の真似するとか。いくら渡辺さんが何も言わないからってさ」
「まあねー。渡辺さん、全然表情変えなかったもん。強いよねー」
 わたしが嫌がらせをされていても、クラスの人たちは何も感じないと思っていた。
ただ、遠巻きに見ているだけ。でも、嫌がらせを酷いと思っていて、わたしのことを強いと思っていたみたいだ。
 どうしようか。ここで、個室から出て強くなんかないと言うべきだろうか。でも、聞き耳を立てていたことがバレてしまう。
それでも何気なく出て、何気なく話しかけたら――。
「やりすぎだけど、渡辺さんも渡辺さんだよね。止めてすら言わないんだよ。だから、あの子たち調子に乗るっていうか」
 ドアを開けようとした手を止めた。
「ああ、ねー」
「それに、わたしだったら、あんなことされたら泣いちゃうもん。それなのに全くの無反応でさ。鉄女(てつおんな)って呼ばれているだけあるよ」
「確かにねー。絶妙なネーミングだよね」
 少しだけ上気していた体温がスッと冷めたような気がする。
 鉄女。そんな風に呼ばれているなんて初めて知った。
 嫌がらせをしてくる女子たちだけじゃない。遠巻きで見ていたクラスメイトも、わたしのことをそんな風に影で呼んでいたのだ。
 (こうべ)を垂れて再び、便器に腰を下ろす。こんなときなら、誰もいないし泣いていいのかもしれない。でも、泣けばいいってものじゃない。
 昔から涙はいつだって敵だった。
 嫌がらせは何も昨日今日始まったわけではない。わたしは小学生のときから、よく泣かされていた。わたしが泣いているのを見ると、嫌がらせをして来た奴らは勝ったと思い込み、勝利の笑みを浮かべるのだ。
 弱者に対する自称勝者はえげつない。嫌がらせはさらにエスカレートする。
 それでも、放課後には涙を拭わなければなかった。お母さんに要らない心配をかけないためだ。
 お母さんがわたしの実のお父さんと離婚したのは、小学三年生のとき。
 実のお父さんとの思い出はあまりない。家に居ることも少なくて、家族団らんはいつもお母さんと二人きりだった。だから別れると聞いたときも、悲しいとも思わなかった。
 それでも、離婚となればそれまで通りとはいかない。それまで過ごしていたお父さんの家に住むことは出来なかったから、小さなアパートにお母さんと二人で引っ越した。
 二人きりの生活は気楽ではあったけれど、なにかと忙しなかった。小学校が終わって家に帰れば洗濯物を取り込まなければならない。必要だったら買い物をして、夜ご飯の簡単な下ごしらえをして、宿題をしながらお母さんが帰って来るのを待つ。
 離婚したての頃は、よくお母さんはわたしに謝っていた。
 放課後は友達と遊びたいだろうに、と。仲のいい友人も少なかったわたしは、そんなこと別にいいと言う。それより、生活のために仕事を始めたお母さんがいつも忙しそうにしていて心配だった。
 だから、今のお父さんと再婚すると分かって、すごく嬉しかった。お母さんも朝から夜遅くまで仕事をする必要はなくなった。お母さんの表情も、今までにないぐらい安らいで見える。だけど――。
「……わたし、ずっと変わってない」
 小さな声でただ事実だけをつぶやく。
 変わったのは環境だけ。元々の性格なんて、そう簡単に変わるものではない。
 中学を転校するときも今度は上手くやっていけるかもしれないと期待したけれど、結局馴染めずに一年が経った。前の学校で少しは話す友人が二人居たけれど、離れてしまえば話が合わなくなってすぐに疎遠になった。再婚する前は仲良くしていた渉ちゃんとも、顔を見ればいがみ合ってばかりいる。
「誰にも必要とされていないし」
 お母さんが再婚して、そう思うことが増えた。それまでは、何かやらなくてはならないことがあって考える暇がなかったからだ。
 例えわたしが明日消えてしまっても、家族以外は誰も何とも思わないだろう。
 自分は家族なんかじゃないと言い張るに違いない渉ちゃんは、もちろん悲しまないに決まっている。
 
 誰とも会話らしい会話もなく、一日が漫然と過ぎ去っていく。授業を受けて、一人でお弁当を食べて、また授業を受ける。
 そうすると、もう放課後で家に帰ることしかわたしには予定はない。
 落としていたスマホの電源を一応入れる。SNSは友達と家族以外とはしないように言われているし、ゲームもしない。たまに調べものに使う程度で、いざという時に連絡が着くためと持たされただけのものだ。
 だけど、この日は珍しくメッセージが入っていた。お母さんからだ。
『今日、ちょっと仕事が遅くなりそうなの』
 再婚してから残業は少なくなったが、たまにあることだった。じゃあ、夕食はわたしが準備することになるのかと思って続きを読む。
 だけど、次の文章を読んで、えっ!と声を上げた。
『たまには渉ちゃんと外で食べて来て! お父さんには連絡してあるから!』
 思わず何度も文章に目を往復させる。そこには間違いなく、渉ちゃんと食事をして来てと書かれていた。
 お母さんだって、仲が悪いことは分かっているのに……。
 大体、わたしは渉ちゃんの連絡先さえ知らない。でも、それはお母さんも同じだ。お母さんも知らないから、渉ちゃんに連絡しようがない。
 いつもなら、どうせ勝手に外で食べて来るだろうと思うけれど、昨日のお父さんのことがある。もしかしたら、お父さんの為ならと今日に限って、真っ直ぐ家に帰って来るかもしれない。
「……しょうがない」
 わたしは鞄を持って、教室を出る。靴を履き替えて、校門を出ると家とは反対側の方向へと向かった。
 わざわざ電車に乗って、やって来たのは渉ちゃんが通う高校の前だ。かなり街中にある。校舎もくすんだクリーム色ではなく、ガラス張りのビル。地方都市にある高校としては近代的な校舎からは、校舎に見合った自由というか、チャラい高校生たちがたくさん出てきていた。
 わたしは校門近くの街路樹の影に身を隠す。そこで渉ちゃんが出て来るのを待った。
 出て来る生徒たちを見ながら、ふと思う。高校生とはいえ、わたしと二、三歳しか離れていないはずだ。それでも彼ら、彼女たちはずっと大人っぽく見えた。
 シンプルなブレザーを着ているはずなのに、だらしなく見えない程度に着崩している。アクセサリーもしていて、それで個性を出しているように思えた。メイクをしているのも、茶髪なのも当たり前。
 チャラ高とよく馬鹿にされているけれど、大人っぽくて、自分がある感じがした。自己表現を外見からしているみたい。わたしとは大違いだ。とても、あと二年後に同じようになれるとは思えなかった。
「あの子、東中の制服じゃない?」
「何やってんだろ」
 ジロジロと見ていたら、怪しまれてしまった。さすがに居づらいので、早く渉ちゃんが出てこないかと金髪の頭を探す。やはり髪を染めている生徒がほとんどでも、金髪の生徒はまれだ。出てきたらすぐに分かるだろう。
 あと五分で出て来なかったら帰ろう。そう思ったときだ。
「えー? 美玖、それ本当?」
 渉ちゃんの声だ。校門を見ると、ちょうど女の人と並んで出て来ていた。
「本当、本当! 今度部活でヌードやるんだって! ヤバいよね!」
「それで美玖。脱ぐの?」
「そんな訳ないじゃん! わたしは描く方!」
 ギャルな女子高生たちが大きな口を開けてゲラゲラと笑っている。いたって普通の下校の光景だ。でも、そんな光景がわたしにはすごく眩しく見えた。
 渉ちゃんが金髪だからじゃない。家では決して見せない笑顔。両親が再婚する前までは、わたしの前でも少しは見せていたけれど。
 呆けていたのは、ほんの少しのつもりだった。けれど、いつの間にか目の前を通り過ぎてしまっている。
 わたしは慌てて渉ちゃんの背中を追いかけた。でも、声をかけられずに後ろでウロウロする。渉ちゃん一人なら簡単に話しかけられるけれど、隣に知らない友達がいる。
 全く似ていない、しかも冴えない妹のことをどう思われるだろう。
 そう思うと、しばらく後ろをついて行くことしか出来なかった。
「あの……!」
 緊張しながら何とか声を掛けるけれど、二人の笑い声にかき消される。互いの会話に夢中で本当に仲がいいんだと思った。
 同じようなことを二度繰り返して、もう諦めようかというときだ。
「どうしたの? 中学生だよね。渉か、美玖に用?」
「え……」
 横を向くと、知らない男子高校生がこちらを見つめてきていた。その人の顔を見て思わず瞬きを何度もする。すごくカッコいい人だった。細身で制服が似合っていて、アイドルグループに居てもおかしくない。少し垂れた目を優しそうに細めている。
 そんな人が渉ちゃんのことを呼び捨てしていることに、まず驚いた。
「え、えっと、あ、渉、ちゃんに……」
 下を向いて目をさ迷わせ、か細い声で何とか答えられた。
 かなり不審な行動だったはずなのに、その人は笑みを浮かべて、そっかと頷く。
「渉!」
「なに、陽介」
「この子が渉に用事があるって」
 振り返ると、渉ちゃんはあからさまにゲッと顔をしかめた。
「渉ちゃ……」
「ど、どうしたの? こんな所まで来て。あ! この子は親戚の子なんだけどね!」
 渉ちゃんは友達の手前か、一応笑顔を作る。

 やっぱり、わたしみたいなのが妹だと恥ずかしいらしい。
「お、お母さんが仕事で遅くなるから、今日は渉ちゃんとご飯食べて来てって」
 余裕がないのでそのまま言うと、渉ちゃんは少し睨んできた。
 でも、またすぐに笑顔を浮かべる。
「そうなんだー。この子のとこも、わたしのとこも独り親だから、たまに一緒にご飯食べるんだ」
「へー。なんだ、渉。いいお姉ちゃんしているんだ」
 イケメン男子高校生が褒めると、渉ちゃんは嬉しそうにえへへと笑った。
 別に独り親同士じゃないし、いいお姉ちゃんもしていないけれど黙っておく。渉ちゃんはこの男子高校生のことが好きなのだとすぐに分かった。
「じゃあ、この四人でファミレスでも行くか!」
「「「えっ!」」」
 にっかり笑った男子高校生がそう言うと、他の三人が同時に声を上げる。
「ごめん。わたし、これから絵画教室なんだー。もう行かないと」
 最初に断ったのは美玖と呼ばれていた渉ちゃんの友達だ。絵を描く人なのだろう。そういえば、渉ちゃんの学校は美術系に力を入れていると聞いたことがある。
 そのまま、渉ちゃんに手を振って先に歩いて行ってしまった。
「えっと、わたしたちは帰ってご飯食べようか。ほら、コンビニに売っているおでん好きでしょ」
 嘘とはいえコンビニのおでんはどうなんだとは思ったけれど、わたしは渉ちゃんの言うことに何度も頷いた。渉ちゃんと二人ならいいけれど、初めて会う、しかもこんなにカッコいい人と食事なんて何も喉を通らない。
「ほらねッ! 帰っておでん食べないと!」
 渉ちゃんだって、いつ親戚じゃなくて妹だとバレるか分からないから必死だ。
「コンビニおでんとか、いつでも食べられるだろー。ほら、昨日の埋め合わせに渉の好きなものなんでも食べていいから。期間限定のパフェ食べたいって言ってたじゃん」
「うっ……、でも」
 わたしも知っている。渉ちゃんは期間限定という言葉にすごく弱い。しばらく迷っていたけれど、渉ちゃんは両手を広げて言う。
「いや、まだ期間限定しばらくやっているし! また今度ね、陽介!」
「ちぇー」
 渉ちゃんは、なんとかイケメンと期間限定パフェを食べるという誘惑に打ち勝った。わたしがホッと胸をなで下ろしているときだ。
「じゃあ、宮野くん僕と一緒に食べに行こうか」
 この場にいる三人以外の声がした。
 わたしたちは声がした後ろを振り返る。
「げっ! 山崎……」
 わたしを見たときと同じぐらい顔をしかめる渉ちゃん。
 そこには眼鏡をかけた男子高校生が立っていた。他の生徒と違って、ブレザーの制服をキチンと着ている。それなのに制服に着られている感じだ。もしも、わたしが同じ制服を着たら同じ感じになるかもしれない。
 イケメンの男子高校生は彼の顔を見て首を捻る。
「あれ? 山崎から誘って来るなんて珍しいな」
「そうかもね。でも、たまにはいいよね。宮野くんと話したいこともあるし」
 そう言うと眼鏡の男子高校生は、渉ちゃんの顔をチラリと見た。何か含みがある表情だなと思っていると、渉ちゃんが焦ったように詰め寄る。
「ちょ、ちょっと! あんたが何で陽介に話すことがあるっていうのよ!!」
「別に同じクラスなんだから、話すことなんていくらでもあるよね。それとも、渡辺さんは僕が話すことに心当たりがあるの?」
「べ、別に!」
 身体の横でギュッと握りこぶしを作っている渉ちゃんは、顔を真っ赤にしている。
 なんだろう。二人の間に何かあるのかな。
「じゃあ、宮野くん行こうか」
「おう!」
「ちょ! わ、わたしも行く!」
「え! 渉ちゃん!?」
 男子高校生二人が歩いていく。その後を渉ちゃんが着いて行った。
 さっき帰るって言っていたのに……! その場でわたしだけ帰るわけにも行かなくて、わたしも三人の後を追いかけた。

 渉ちゃんの高校から、歩いて近くのファミレスに向かう。歩いている間に後ろから三人の様子を観察していたけれど、どうやら眼鏡の男子高校生の山崎さんと二人は普段からあまり仲が良いわけではなさそうだ。
 山崎さんが何か話そうとすると、渉ちゃんが突っかかっていく。それをイケメンの男子高校生、陽介さんが笑って会話に無理やり持って行っている感じだ。
 しかも、驚いたことに、渉ちゃんは陽介さんと付き合っているらしい。ギャルっぽい見た目だし、遊んでばかりだし、彼氏がいるとは思っていたけれど、こんなにカッコいい人が相手とは予想外だ。お父さんは知っているのだろうか。
 渉ちゃんは特別美人ではない。でも、小柄でいつも丁寧な化粧をしていて、可愛いを演出している。ちょっとチャラそうなイケメンとはお似合いなのかもしれない。
 実際、二人の距離感は恋人のそれに見えた。
「渡辺さん、どうしたの? 機嫌悪そうだね!」
 山崎さんの行動は謎だ。どう見ても、陽介さんとの間に無理やり入られて不機嫌そうなのに、気にせず渉ちゃんに話しかけている。
 そんなことをしながら五分ほど歩くと、ファミレスにやって来た。
 まだ夕食の時間には早いからか、人は少ない。
 ボックス席に来ると渉ちゃんが彼氏の隣に座ろうとするから、無理やり押してわたしの隣に座らせた。まさか、初対面の男の人と隣同士になんて座れない。
 でも、目の前に山崎さんが来る。どこに座っても居心地が悪いことは同じだった。どこを見ていいか分からずに、すぐにメニューを広げる。
「わたし、チーズハンバーグ。それと季節のパフェ」
 渉ちゃんはメニューを見ずにさっさと決めてしまう。
「わたしは……」
 こういう所に来るといつもメニューを迷う。あっさりと和食が食べたいと思うけれど、年寄りくさいと笑われてしまいそうだ。結局、シーフードドリアにした。
 陽介さんも、山崎さんも量があるグリル系のメニューを選ぶ。店員さんにメニューを伝えて、ドリンクバーもつけた。
「じゃ、オレが持ってくるよ。何がいい?」
「わたし、コーラ。山崎は?」
「僕はウーロン茶かな。というか、僕も行くよ」
 山崎さんも立ち上がる。あまり大人数でドリンクバーを塞ぐのも悪いし、二人行けば充分だろう。
「ちょっと待って!」
 いきなり渉ちゃんが手を挙げて二人を止めた。
 わたしはコーラじゃなくて、違う飲み物が飲みたくなったのかと思った。だけど、渉ちゃんはグイグイとわたしを席から追い出そうとする。
「あ、渉ちゃん??」
「ほら、あんた一番年下なんだから、ドリンクぐらい取りに行きなさいよ! ほら、ねんこーじょれつじゃん」
「いや、僕が行くし」
「いいから山崎は座んなさいよ! わたしは陽介が持っていたのしか飲まないから」
「ははッ! わけわからないけど、いいぞー」
 なぜ渉ちゃんは、いきなり意味不明なわがままを言い始めたのだろう。でも確かにわたしが一番年下なのに、座っているのも悪い気がする。
「じゃあ、行ってくる」
 内心首を捻りつつも、わたしは立ち上がった。前を歩く陽介さんについて行く。ドリンクバーでは他のお客さんが使っていた。グラスだけ取って、順番を待つ。
「そういや、名前聞いたっけ?」
 横にいる陽介さんが少し顔を傾けて聞いて来た。
「……聖です」
 渉ちゃんが嫌がるだろうから、苗字は言わないでおく。
「そっか、聖か。オレは陽介、よろしくな」
「はぁ、よろしく」
 自分でも嫌になるぐらい、ぼそぼそとしか答えることが出来ない。気を悪くしないかとびくびくするけれど、いきなり明るくなんて振舞えるはずがなかった。
「もしかしてさ。聖って渉の義理の妹?」
「え。なんで……」
 思わず顔を上げると、陽介さんはニッカリと笑った。
「やっぱりな! 前にお父さんが再婚したって言っていたはずなのに、ひとり親って変だなと思ったんだ」
「……すみません」
 騙していたみたいで、わたしは思わず謝った。陽介さんは空いた場所で、氷をグラスに入れていく。
「あんまり上手くいってないみたいに言っていたし、聖のことも複雑な心境だろうな。まあさ、せっかくだから今日はあんま気にしないで、みんな友達みたいに過ごそうな」
 ――友達みたいに。
 普段いがみ合っている渉ちゃんとそんな風に過ごすことは、わたしの一つの憧れでもあった。まるで、昔に思い描いた未来のシーンに近づく気さえする。
 もちろん、食事をするだけの束の間の時間だけだろうけれど。
「な!」
 陽介さんは笑って、わたしの頭に手を置いた。そのまま、軽く撫でられる。
「ど、ども……」
 男の人にそんなことをされたことがなかったから、変な反応をしてしまう。
 嫌と言う訳じゃないけれど、嬉しいというよりも、こんなことをされていいのだろうかとジワリと罪悪感が襲って来た。つい、数十分前に出会ったばかりなのに。
 わたしですら距離がここまで近いのだから、他の女性にも当然慣れているはずだ。それとも、あの高校に通う人はみんな距離感が近いのだろうか。
 どちらにしても、渉ちゃんにとっては良いことじゃないだろうな。さっきから、チラチラと他の女性の視線が陽介さんに向かっている。苦労は多そうだ。
 陽介さんが二人の飲み物に違う飲み物を混ぜるというイタズラをして、わたしたちは二人が待つ席に戻った。