「この子はどこかの国から誘拐されてきた可哀想な子なんだ!」

 国に帰りたくない、親はいないという発言からもしかしたら虐待を受けていた可能性もあると覚醒者協会ではみている。
 マサキといることで落ち着くのならマサキといさせるべきであるというのが最終的な判断なのである。

「……だ、だからってマサキさんが引き取ることもなかったんじゃ」

 事情は理解した。
 けれどもやっぱりマサキは人を引き取るには若く、イリーシャはマサキに引き取られるには大きい。

「そうは言ってもイリーシャの強い希望なんだ」

 当然イリーシャが望んだということは大きいが、マサキもマサキで拒否しなかったこともまた理由としては大きなものである。

「やっぱり……ここにいちゃダメ?」

「うぅ……!」

 イリーシャが潤んだ瞳でレイのことを見る。
 基本的に善良な性質を持っているレイはイリーシャの身の上話に同情している。

 ここでダメ押しとばかりに表情と言葉でさらに同情を引き出されると弱いことをイリーシャは見抜いていた。
 ただよく見ると口の端にご飯粒がついているのはご愛嬌だろう。

「私……行くところない……」

「そ、そんな顔で見ないでくださぁい……」

 美少女の顔面力は女性にも通じる。
 イリーシャが悲しげにうるうるするとレイはもう言葉もない。

「じゃ……じゃあ私もここに住みます!」

「……はい?」

「こんな可愛いこと一緒ではマサキさんがいつオオカミになるか分かりません!」

「い、いやいやいや! それは流石に……」

「この子はよくて、私はダメなんですか!」

 それは完全に話が違うだろうとマサキは思う。
 イリーシャは行く当てもなく保護者が必要だからマサキが引き取ったのだ。

 対してレイには家もある。
 男の家に勢いで転がり込むのは事情が違っている。

「大丈夫……マサキなら」

「イリーシャ?」

 イリーシャはピタリとマサキにくっついて微笑む。
 何が大丈夫なのか言わないとレイがあらぬ勘違いをしそうだとマサキは思う。

「……わ、私荷物まとめてきます!」

「お、おい、レイ!」

 レイはすごい勢いで部屋を飛び出してしまった。

「…………」

 追いかけようにもレイの方が覚醒者として強い。
 マサキの足ではとても追いつかない。

「……たのしんでないか?」

「うん、ちょっとだけ」

 イリーシャを見ると目が輝いているように見えた。
 どうやらイリーシャはレイをからかっていたようだ。

「あの人も良い人そう。恋人?」

「いや、俺の仲間だよ」

「そう、ならよかった」

 何がよかったのかマサキには分からない。
 その後マサキはレイの家まで行って荷物をカバンに詰め込むレイをなんとか説得して家に転がり込むことを思い止まらせたのであった。

「うん、あの人なら大丈夫だと思う」

 マサキがレイの家に行って一人で家に残されたイリーシャはボソリとつぶやいた。
 イリーシャの目には表示が見えていた。

「あなたのお友達もあの人なら大丈夫だって言うんでしょ? 私も……あの人ならいいと思う」

『そうか、ならしばらく様子を見よう』

 表示はぶっきらぼうにイリーシャの言葉に答えるとパッと消えてしまった。

 ーーー第一章完ーーー