「少し困ったことになったのだ」

 イリーシャと話してから数日後、またしてもマサキは覚醒者協会に呼び出された。
 他の職員も仕事をしている中来客用の会議室に通されてシンイチは大きなため息をついた。

 何回も会ってるせいか少しだけシンイチとも打ち解けてきた。

「困ったことですか?」

「イリーシャが君に話してから他の子も口を開いてくれるようになった。おかげで国の方に確認が取れて帰ることができるようになった。……四人はな」

「四人、というと……」

「イリーシャだけは自分がどこからきたのか頑なに言おうとしない。覚醒者としての登録もなく、他の国はイリーシャという少女のことは知らないというのだ」

「本人が言ってくれないきゃ確認できないんですか」

「今のところはそうなる……だがイギリスがどうしても引取先が見つからないのならうちで引き取ろうなんて言ってきた。覚醒者とはいえ身元もあやふやな子を引き取ろうとするのはどうにも怪しくてな……」

 ヨーロッパにもイリーシャの身分照会はかけてある。
 どの国も知らないとだけ答えて終わりなのにイギリスだけは引き取るつもりがあると答えてきた。

 ありがたい申し出ではあるのだがなぜそんな申し出をするのか日本の覚醒者協会は疑いを持っていた。
 善意だけで人を引き取ろうとするとは考えにくい。

 何か知っているのではないかと勘繰っているのだ。

「どうするんですか?」

 今マサキはイリーシャが未来で氷の女帝と呼ばれるほどの覚醒者になると知っている。
 イギリスに引き取られたら困るなと思った。

「イギリスからさらわれたと言えない限り引き渡すことはできない。このままどこからさらわれたか分からないのなら日本で保護することになる。日本語も話せるし大きな問題はないだろう」

「じゃあなにが問題なんですか?」

「君だよ」

「俺ですか?」

 問題だと言われてマサキは驚いた顔をする。
 シンイチを困らせるようなことは記憶を辿っても何もない。

「イリーシャが君のことを望んでるんだ」

「望んでる……?」

 何を望まれているのか分からないとマサキは首を傾げた。
 イリーシャとまともに話したのは前回が初めてである。

 そんなに深い関係を築いたわけでもなく前回の会話では何かを望まれたわけでもなかった。

「君に保護してほしいとイリーシャは言っているんだ」

「お、俺に?」

 思わず少し声がうわずってしまった。
 それぐらいに予想もしていなかった。

 でもそう言われれば一緒にいたいとかそんな話をしていたなとマサキは思い出す。

「彼女は覚醒者だ。通常なら覚醒者用の保護施設で保護するのだが……保護施設も嫌だと言ってね」

「ですが彼女はまだ未成年ですよね?」

「未成年は未成年だが彼女ももう十七歳だ」

「えっ? ……あっ」

 名前だけ確認して生年月日はさらりとみてしまった。
 記憶を辿ってみると確かにそれぐらいの年齢になるはずだった気がした。

 だがイリーシャは見た目に少し幼い。
 マサキには高校生よりも中学生ぐらいに見えていた。

 うっすら覚えている回帰前の記憶では氷の女帝はかなり美人の大人の女性だったはずなのだが、かなり成長したものであると内心驚いた。

「保護そのものは続くが十八になると保護施設を出ていくことが大半だ。十七ともなればほとんど自分の意思がしっかりしている。保護施設を嫌がれば無理に入れることも難しい……」

「それで俺にどうしろと?」

「正直かなり微妙なところだ。成人男性ではあるがまだ若く、稼ぎとしても多くはない。人一人預けるのに相応しいというには難しいところがある。それでもイリーシャ自身の強い要望があるから一応聞く。彼女の保護者になるつもりはないか?」

「保護者に?」

「保護者といってもそう難しくは考えることはない。月一回の定期報告ぐらい……あとは衣食住の提供だ」

「……一緒に住むってことですか?」

「……そうなるな」

「一応俺も男ですよ?」

「分かってる」

 いいのかそれでと思うけれどシンイチの方も大変なようである。

「他の人には心を閉じている。だが君にだけは心を開いている。彼女たちの精神状態を見てくれた医師も無理に保護施設に入れるより拠り所があるのならその方がいいかもしれないと」

 イリーシャが覚醒者ということもまた事態をややこしくしている。
 覚醒者である以上普通の人よりも危険が大きい。

 もし仮に何かを強制して抵抗されると抑えることもまた困難である。

「簡易的な鑑定だが彼女は魔力が強い。本人に意思があるなら覚醒者として一人立ちすることもできるだろう。そう経済的に負担はかからないとは思うけれど……」

 やっぱりかなり無理なことを言っているという自覚はある。
 独り身の若い成人男性に高校生の年頃の女の子を預かれと言っているのだから。

「……もう一度イリーシャに会わせてもらってもいいですか?」

 普通ならとんでもない話だとマサキも思うだろう。
 しかし今はチャンスだと思った。

「それは構わない。今からでも大丈夫か?」

「ええ、そうしましょう」

 上手くいけば神も見ている氷の女帝を仲間に引き入れられるかもしれない。
 マサキはシンイチにバレないようにニヤリと笑った。

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