「私たちの方にも制限があったのです。全ての人を支援することは到底出来なかったのです」

「……う…………クソっ、クソッ! せめて申し訳なさそうな顔ぐらいしろよ……」

 しかしここで今神様に怒りをぶつけたところで何も変わらない。
 マサキは行き場のない怒りをどうにか飲み込もうとする。

 蹴ったり殴ったり当たるものぐらいあればいいのにそんなものもない。

「俺は……何をしたらいいんだ?」

 怒りを飲み込んだら残るのは泣きたいほど情けない気持ちだった。
 ただ情けない理由でも選ばれた。

 そして何かできることがある。
 これまでだって恥辱には耐えてきた。

 何かが出来るのならまだ希望はあると自分を納得させる。

「あなたには配信をお願いしたいのです」

「配信……だと?」

「私のユーザーネームでお分かりでしょう。神々はあなたたちを見ていたのです」

「なんだよ? 配信しなきゃ見られないのかよ?」

「その通りです」

「いや……そんなわけ」

「普通の地上の生活はみることができるのですがゲートの中は異世界なのです。私たち神でも無条件で見れるものではないのです。そしてそれを見るための方法が……」

「配信……」

「そうです。さらに配信中は□□□□□、私たちは□□□□……」

「えっ?」

 突然神様の言葉がおかしくなった。
 何かの音は聞こえているのに理解ができなくてマサキは眉を寄せた。

「これはあなたが知ってはいけない情報のようですね。ともかくあなたにしてもらいたいのは神々が目をつけた才能ある人たちを配信して神々が介入できるようにしてほしいのです」

「……それはいいけど、神様が目をつけた人なんてどうやって探せば……」

「心配なさらないでください。そのためにあなたにはリストを授けましょう」

 神様が手を伸ばす。
 一冊の冊子のようなものが神様の手の上に現れた。

「お受け取りください」

 将暉は手を伸ばして冊子を取った。
 まるで重さもないように神様の手の上で浮いていたけれど持ってみると紙らしい軽い重さはあった。

「これは……」

 人の名前が羅列されていてその横にも神様っぽい名前が並んでいる。
 さらに出身国や性別、生年月日、覚醒した日付まで書いてある。

「神様と神様が目をつけた人のリストです。全てを網羅することなんて無理でしょうが1人でも2人でも配信されればその影響は計り知れません。特に私が目をつけているのは……ええと次、さらに次。そう、そのページのこの子です」

 神様に言われるままにページをめくり、神様に指差された真ん中の名前に目を向けた。

「菅田麗……」

 将暉は息を飲んだ。
 その名前には見覚えがあった。

「だから私はあなたのことも見ていたのです」

「そうだったのか……」

 菅田麗はかつて将暉の仲間だった女性である。
 将暉の中ではとても印象の深い人だった。

「あと是非とも配信してほしい人がいます。この人です」

 ページを1つ戻してまた1人の人を指差した。

「塩谷康成?」

「賢い神が目をつけていた人です。我々に隠されたルールを見つけた神で、彼を配信していれば自ずとその時も早まるかもしれません」

「聞いたこともない名前だ……」

「早くに消えた人ではないんですけどね。あとはあなたにお任せします。……もう時間のようです」

 足元の水面が波打ち始めた。

「な、なんだ!?」

 少し遅れてマサキの体にも振動が伝わってくる。

「時が戻ればあなた以外の全てのものはこれまで起きたことを忘れます。私ですら、あなたも世界の結末も知らない存在となるのです」

 神様が振り返る。
 遠くに見える水平線がなぜか揺れているように見えた。

「……波?」

 最初は何故だか分からなかったがだんだんとその揺れが大きく見えてきて正体がわかった。
 津波だった。

 水の広がる青い世界の見えない端まで続いている長い波が迫ってきていた。

「あなたという変数が生まれた時点でもう世界の命運は変わりました。もはや同じ結末を迎えることはありません。願わくば世界を救ってください。ダメそうならまたタマでも潰してください」

「お、おいっ! これは大丈夫なのか!」

 なんてことはないように見えていた波が近づくにつれて巨大になっていく。
 振動が大きくなってマサキは立っているのも大変になる。

 しかし白い神様は平然と揺れの中でも真っ直ぐに立っている。

「他の世界の神に惑わされた裏切り者に気をつけて……」

「裏切り者って……なんなんだよ!」

 巨大な壁のような津波が直前まで迫っていた。

「なんなら配信を通して神の目に止まればきっと支援してもらえますよ」

「質問に答え……う、うわああああああっ!」

 はるかに大きいからだろうか。
 目の前に迫っていた波は緩慢なように見えて一瞬で神様もマサキも飲み込んだ。

 こうして世界が滅んだことは無かったことになったのである。