「あ、後少しだな」

 なんか照れくさくなってマサキは魔物の戦いに視線を戻す。

「なんだかんだもう一桁ですね」

 人の力とはすごいものだ。
 1000体というモンスターの数は途方もないように思われたけれどもう終わりが近くなっていた。

「俺たちも移動しようか」

「どこにですか?」

「ボスが出る場所にさ」

 ーーーーー

 遠くに見えていた山に近づいていくと不自然なぐらいにぽっかりと何もないところがあった。
 木も岩もなく背の低い草が生えているだけ。

 一見するとただただ見晴らしが良くて心地の良い場所であるが、少し視点を変えて警戒してみると違和感を感じられる、そんな場所だった。

「ここにボスが?」

「ああ、そのはずだ」

 良く見ると円形に何もないことにレイは気がつく。
 マサキはそんな不思議な草原ギリギリの縁にある大きな木に寄りかかってのんびりと時を待っていた。

「一なっても現れないということはゼロで出るんだな」

 移動している間に残りのモンスタの数は一になっていた。
 残り一体がボスなのか、全部を倒したらボスが出てくるのか分からなかったが1000体全てを倒すとボスが出てくるパターンのようである。

「あっ、あれ!」

「出てきたようだな」

 ぼんやりと草原を眺めていたレイは円形の草原のど真ん中に木が生えてくるのを見た。
 生えてくるというよりは地面に埋まっていたものがズボッと出てきたようにも感じられた。

「あの実は……!」

 生えてきた木を見てレイは驚く。
 木には遠くからでも見て分かるような真っ赤な実がなっていた。

「そう、あれが最後の木だ。そして……」

「わっ! な、なんですか! あ、わ……ありがとうございます……」

 振り向いたレイに対してマサキは頷き返した。
 次の瞬間地面が揺れ出してバランスを崩したレイをマサキが受け止めるように支えた。

 ぼっとレイの顔が赤くなる。

「あれが最後の木が一筋縄ではいかない理由だ」

「あれ……ええっ!?」

 あれと言われてレイが振り返る。
 まだ少し耳が熱く感じているレイの視界に入ってきたのは巨大な亀のようなモンスターであった。

「木が……」

 亀の背中に赤い実がなっている木が生えている。
 地面の揺れは亀が地面から出てこようとした時のものであった。

「ううっ!」

 亀が大きく咆哮してレイは耳を押さえる。
 耳を押さえたはずなのに咆哮が頭の中に貫通してくるようで体が意思とは関係なく強張ってしまう。

「フィアーもどきだな」

 マサキも耳を押さえて険しい顔をしていた。

「フィアーもどきってなんですか?」

 聞き慣れない言葉にレイは首を傾げる。

「フィアーってのは一部の強力なモンスターが使う威嚇術みたいなもんだ。魔力にデバフの効果が乗っていて魔法の耐性が低い人が受けると体が動かなくなったり恐怖を感じたりするんだ。ドラゴンフィアー……ドラゴンが使うものが有名だな」

「へぇ……知りませんでした」

「あの亀の咆哮にも魔力が含まれている。覚醒者に恐怖心を呼び起こさせるような強さはないようだからフィアーもどきってわけだよ」

 せいぜい一瞬体が強張るぐらい。
 これではフィアーと呼ぶには威力不足である。

 だからマサキはフィアーもどきと表現した。

「それでも一般人ならフィアーに当てられて動けなくなるだろうな」

 覚醒者だからこの程度で済んでいる。
 フィアーもどきなどと馬鹿にしているがフィアーそのものは一部のモンスターにしか扱えない強者の証なのである。

 もどきといえどフィアーを扱える亀は弱い存在ではないのだ。

「見つかる前に俺たちは離れよう」

 亀の背中に木が生えていることは回帰前の記憶から分かっていた。
 狙えるチャンスぐらいあるかなと思って先回りして様子をうかがっていたけれど、フィアーもどきを扱えるような相手はレイの能力でも厳しい。

 他の人が戦っているところに混じればレイも戦えるだろうがまだ他の人が駆けつけていない今の状況では戦えない。
 そもそも亀と戦うつもりはないので亀に目をつけられてしまう前にもうちょっと離れておく。

「人が集まってきたな」

「……こんなことしてていいんですかね?」

 亀から離れたマサキとレイはカステラを食べていた。
 ちょっといいところのちょっといいカステラである。

 ゲートの中でそんなことしていいのかと思いつつも美味しいカステラの魅力に負けてレイもモグモグとしている。

「そりゃ体動かすためのエネルギー補給は大事だろ?」

「そうかもしれませんけど……」

「残るモンスターはあのボスだけだから襲われる心配もないしな。怒るような人も……」

「こんなところで何食べてるんですかぁ?」

「うわああっ!?」

 後ろから急に声をかけられてマサキは驚いてカステラを落としかけた。

「み、ミカミさん……」

 声をかけてきたのはカスミであった。
 怒る人なんていないと言いかけたがカスミの声は凛々しい感じの低めのトーンなのでタイミング悪く怒られたようにも聞こえて驚いたのである。

「どうしてこちらに?」

 カスミならもうとっくに亀と戦っていそうなものなのにとマサキは首を傾げた。