死後の世界に興味などなかったけど、共に戦った仲間たちに不甲斐なさを謝ることぐらいは出来るかとは考えた。
 長いこと霧の中を歩いた。

 ぼんやりと思考を波に漂わせるように考え事をしながらただひたすらに歩いた。
 誰に言われたわけでもないのに何故か勝手に足が動いて歩いていた。

 足元も見えない濃い霧の中を歩いていたらいつの間にか霧の中を抜けていた。

「な、なんだここ……」

 気づいたら水の上だった。
 どこまでも広がる青い水の上をマサキは歩いていた。

 空も雲一つない青空で、遠くを見つめると青空と水面とが一つになって空も地上もなくなってただの青い世界に見える。
 マサキが足を踏み出すと水面が揺れて波紋が広がる。

 そういえば靴すら履いていないと気づいた。
 体を触って確かめると服は着ていたので安心した。

 ただ服装は見慣れない緩めの室内着のようなものである。

「ここはどこなんだ……?」
 
 勝手に動いていた足も止まったのでマサキは不思議な空間を見回してみる。
 あれほど濃い霧であったのにそれすらもなくひたすらに青い世界が広がっている。

「はじめまして、宇佐美将暉さん」

「……何者だ!」

 突然後ろから女性の声がした。
 マサキは振り返って距離をとりながら腰に手をやったがそこに剣はない。

「そう警戒なさらないでください」

 真っ白な女性が立っていた。
 服も髪もまつ毛も肌も真っ白な美しい女性。

 真っ白な容姿の中で瞳だけがまるでこの世界のような澄んだ青色をしていた。
 警戒するなと言われても不思議な世界に得体の知れない女性がいて警戒しないほうがおかしい。

「あんたは何者だ。ここはどこだ。……そして俺はどうなっている」

 命力丹を使えば死は避けられない。
 こんなに絶好調のコンディションなはずもない。

「疑問は多くあると思います。今最低でも分かってほしいのは私は敵ではないということです」

「そんなことどう証明する? 味方のフリをして近づいてきたやつがいなかったとでも思うか?」

「ユーザーID:G00005。ユーザーネーム:世界を愛する者」

「世界を愛する者……それって」

「あなたのことも見ていましたよ。……後半は」

「しかし……みんな死んだはずだ。あんたも俺もだ。ここはどこでなんで俺はあんたと会ってるんだ」

 女性が口にしたユーザーネームにマサキは覚えがあった。
 マサキが配信をしていた時に時折コメントくれていた視聴者の名前だった。

 別に死後の世界で死んだはずの人と会うことに不思議はないけれども、だとしても何故顔も知らない視聴者とこんなところで会うことになったのか疑問である。

「まずは私のことから説明しましょう。あなたたちの中には私たちの正体を見抜いていた人もいましたね」

「正体? そんなもの人に決まって……いや、まさか」

 顔をしかめたマサキだったが、ふとまことしやかにささやかれていた不思議な噂のことを思い出した。
 一部の視聴者が他の人が行う投げ銭と呼ばれるお金とは別の特殊やポイントを贈ってくれることがあった。
 
 特殊なポイントをくれる人たちのことを誰かが神様なのではないかと言っていた。
 神様が配信見ているなどいるわけないとネタのような話で軽く受け流されていた。

 当時は特殊なポイントを送ってくれる視聴者の正体について様々な噂が飛び交っていた。
 けれど世界の情勢が悪くなって、いつしか配信などしていられる余裕もなくなって配信や神様の話は忘れられていった。

「私は神です」

 白い神様は真っ直ぐに答えを述べた。

「……神様だと?」

「そうです」

「じゃあ何か、お前は人が戦ってるところを観て楽しんでいたってのか? 人類が追い詰められて滅びていく様を観ていたって言うのか!」

「……そうです」

「楽しかったか? 世界が滅んであんたたちは満足なのかよ!」

 マサキは思わず神様に掴みかかった。
 人類は敗北した。

 多くの人が必死に戦ったが力及ばず、何もできないまま死んだ一般人も山のようにいる。
 神様が存在していて、そんな状況を観ていた。

 しかも配信を通じて愉快に見せ物としていたのだとしたら許しがたい行いである。

「これは仕組まれたゲームです」

「ゲームだと! やっぱり……」

「私たちは騙されたのです」

 恐れもなく神様はマサキの目を見つめる。

「これは地球の存亡をかけた戦いだったのですがアイツらは私たちに必要なことを教えなかった」

「さっきから何を……」

「いいですか、時間がないのでよく聞いてください。これは避けられない勝負。地球という世界を脅かす他の世界の神との戦いなのです。けれども私たちに伝えられたのは情報の一部だけだったのです」

「ちょっと待て……! 何を言ってるんだ!」

「聞く気になったのならこの手を放して聞いてください」

「……わ、分かった」

 将暉は神様の不思議な圧力に押されるように手を放した。

「これは私たちがやりたかったことなのではありません。突如として仕掛けられた勝負、侵略、ゲーム……私たちはこの世界を守るためにこの戦いを受けるしかありませんでした。配信を観ていたのも我々が楽しむためではありません。それしか方法がなかったのです」

「もっとわかりやすく教えてくれ!」

「あなたたちが始まりだと思っていた時には世界はすでに滅亡に向かって歩み始めていたのです」

 他に音もない世界に神様の鈴のように澄んだ声だけが響き渡っていた。
 神様から語られた話は衝撃の内容であった。