「おはようございます、マサキさん」

「おはよう、レイ」

 お互い苗字呼びでは恋人感が薄いのではないか。
 そんなレイの提案を受けて下の名前で呼び合うこととなった。

 レイさんではまだ他人行儀だと言われ、でもレイちゃんではなんだかマサキの方が呼んでいて気恥ずかしい。
 結局回帰前にも呼んでいた呼び捨ての形に落ち着いた。
 
 対してレイはマサキをさん付けで呼ぶ。
 大人しめなレイなら恋人相手でもそんなに違和感がない。
 
 回帰前はレイも呼び捨てだったのでそうするようにいったのだけど、レイは恥ずかしいからと頑なにさん付けで呼ぶ。
 わざわざレイの家まで行って大学まで送っていく。
 
 ストーカー男がついてきているのは当然分かっている。

「へへ、ありがとうございます……」

「ああ。終わったら連絡くれ」

「はい! 行ってきますね!」

 笑顔のレイは軽く手を振って大学の敷地に入っていく。
 フリではあるのだけど恋人がいるというのはこんな気分なのだろうかとマサキは思う。
 
 回帰前は恋人もいなかったし世界が荒れていたのでそんな色恋沙汰を満喫するような雰囲気も余裕もなかった。
 悪い気分ではなくむしろ少し良い気持ちだ。
 
 軽く手を振り返してレイを見送ってマサキは来た道を引き返す。
 サッと隠れたストーカー男の横を通ってマサキは適当に道を歩き始めた。
 
 例によってストーカー男はマサキの後をつけている。
 いきなり降って湧いたようにレイの周りに現れたマサキのことが気になって仕方ないのだろう。

 ストーカー男はマサキのこともストーカーするようになった。
 マサキが何者なのか知りたいようだが教えてやるつもりもなく、あっちへ行ったりこっちへ行ったり歩いてストーカー男を翻弄する。

「さてと……」

 マサキはほんのわずかにスピードを早めて角を曲がる。

「……あれ?」

 ストーカー男が早足になったマサキを追いかけて角を曲がった。
 そんなに距離も離れていなかったはず。

 なのに曲がった先にはマサキはいなかった。

「ふん……俺を捕まえられると思うなよ?」

 ストーカー男が探しているマサキは家の屋根の上にいた。
 マサキは角を曲がった瞬間に高く飛び上がって近くの家の屋根に飛び乗っていたのである。

 戦闘力は低いがこれぐらいはできる。
 世界が滅びるまで逃げ切ったのがマサキなのだ。
 
 たかだかストーカーに捕まえられるなど思わないことであると笑った。

 ーーーーー
 
 それからしばらく時間を潰しているとレイから連絡があったので迎えに行く。
 そこには例のスケジュールを把握しているストーカー男もちゃんといる。

 マサキを探すことを諦めてレイの方でも見張っていたのかもしれない。

「マサキさん!」

「お疲れ、レイ」

 自慢じゃないが上手く恋人のふりはできているのではないかと思う。
 今度は家までレイを送っていく。

「これ意味あるんですか?」

「外から見たら何かしてるように見えるだろ?」

 家にレイを送っていき、あえてストーカー男からドアに隠れるようにして数秒待つ。
 レイは何をしているのか不思議そうにしているが外から見た時この数秒で何をしているのか想像が広がることだろう。

「じゃあまた明日な」
 
 マサキはまた適当に歩き始める。
 ドアに隠れても何もしていないがストーカー男がどう見るか、そんなことは分かりきっている。
 
 もう怒りも隠せていない表情をしてストーカー男はマサキを追いかけている。

「…………くそっ! まただ!」

 ある程度追いかけさせてやってまた姿を消す。
 こんなことを数日繰り返しているとストーカー男の苛立ちは隠せなくなってきた。

 レイは一人で帰っている時には見せない笑顔をマサキに向けている。
 いざとなれば守ってやるとマサキも言うのでレイも安心してそうした柔らかい表情も見せるようになった。

 レイの笑顔を見てストーカーの中で嫉妬心が燃え上がっている。
 その一方で何回マサキを追いかけても撒かれてしまう。

 調べようにもマサキのことが分からなくて巻かれたことによる苛立ちのみが募っていく。

「情けない奴……」
 
 マサキを見てレイを諦めるでもなく、だからといって怒りに任せて襲いかかってくるのでもない。
 せっかくなら襲いかかってきてくれれば楽だったのにとマサキは思うが慎重なのか臆病なのか攻撃的行動にまでは踏み切らなかった。

 ーーーーー

「あ、あの!」

「ん? ……おっ?」

「いつもありがとうございます!
 ま、また後で!」

 ストーカー男に動きがないままとうとうレイが覚醒する日となった。
 また大学にレイを送って行ったのだけど、今日はすぐに大学に行かずになぜかレイはモジモジとしていた。

 なんだろうと思っていたら急に頬にキスをされた。
 顔を赤くしてレイは走って行ってしまう。

 想像もしなかった不意打ちにマサキはポカンとしてしまった。
 こうした経験もないのでどうしたらいいのか分からず思わず顔が赤くなる。

 いつもよりちょっとぼんやりとして歩くマサキをストーカー男は怒りで充血した目で睨んでいた。

「まあでも関係性としては悪くないしな」

 どの道レイとは良い関係を築きたかった。
 多少回帰前とは違うけれどそれでも良い関係性であることに変わりはなく全く問題はない。

「さてとまたそろそろだな」

 マサキを逃すまいとストーカー男が追いかけてくる距離は最初よりも短くなった。
 どうにか逃さないようにして少しずつ距離を詰めてきていたが、見つかるのも嫌なのかある程度近づいてきたところまでで止まっている。

 ふっとマサキが角を曲がるとストーカー男が走り出す。
 今度こそ逃さないと角を曲がってみるけれどまたもマサキの姿はなかった。

 地団駄を踏むストーカー男をマサキは家根に隠れるようにしながら見ていた。

「んー……プリンでも買ってやるか」

 ストーカー男はマサキを探しに走っていく。
 マサキは家根の上に腰掛けて少し考え事をする。

 マサキの覚醒は部屋で一人寂しく終えた。
 誰に報告することもなく誰に祝われることもなかった。

 覚醒したと言うことはこれから戦いに身を置くということである。
 未来を知るマサキにとってそれを祝うべきことかは少し迷うのだけど、少なくとも今の段階ではめでたいことだ。

 ふとレイが言っていた洋菓子店の名前を思い出した。
 数年後のゲートダンジョンの出現でお店は無くなってしまうらしいが、レイはそのお店のプリンを自分へのご褒美と時々買っていたと言っていた。

 今回のレイの覚醒は悲しい事件の上に起こることじゃなく少しは良い思い出にしてやろうと思う。

「理由なら……キスしてもらったからとかそんなんでいいだろう」

 覚醒するのが分かっていたからプリンを買ったでは不自然であるが今はちょうどいい理由もある。
 マサキはマサキを見失って怒りに震えるストーカー男を尻目に洋菓子店を探しに屋根を降りたのであった。

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