敗戦の気配濃厚だったブラチアーノもエイルたちが戻ってみるとギャルチビーの兵士たちを打ち果たしていた。
 シュダルツの援軍が来てくれて状況が逆転したらしい。

 援軍など来ないと思っていたのだが居ても立っても居られなくなったキリアンは親戚である叔父に兵を出してもらい、ギャルチビーの兵士への警戒に加わってもらった。
 代わりに自分はいくらかの兵を率いてイクレイのところに向かったのである。

 相手にバレないように寡兵ではあったものの、イクレイの隊列の前方を取り囲むギャルチビーの兵を後ろから挟み込むような形になったためにそのまま勝利したのであった。
 キリアンはそのままイルージュを探しに森に飛び込んで、エイルたちが助け出したところに到着したのだ。

 イルージュに関しては血だらけであったがエイルのおかげで一応見た目上無傷ということになった。
 なのでイルージュについていた血は敵のものということにして何事も無かったことにした。

 移動の最中ブラチアーノとエリオーラには事情を話しておいた。

「感謝する……これで不埒な噂も立たないだろう」

 少なくともイルージュは無事に助け出されたという体面は保つことができた。

「ありがとうございます……娘を助けてくださって」

 エリオーラの方も重体ではあったけれど一命は取り留めた。
 流石に腕を生やすのはミツナのように痛みを感じない人でないと無理であるのでエリオーラは片腕を失うことになった。

 しかしそれでも娘が無事ならば腕ぐらい安いものであるとつきものが落ちたように落ち着いた様子となっている。
 危機を乗り越えてシュダルツの領地に入ってエリオーラの心も少し軽くなったのかもしれない。

 キリアンが危機を冒してまでイルージュを助けに来たことでエリオーラも信頼する気になった可能性もある。
 襲撃を乗り越えたとはいってもギリギリの戦いだった。

 兵士や冒険者に怪我人も多く、エイルは自分がヒーラーであり望むものには治療することを申し出た。
 治療を受けたいという人はかなり少なかったが、痛みに耐えて何人かは治してもらった人もいた。

 襲撃に失敗したからだろう、シュダルツ近くで駐屯していたギャルチビーの兵士も引いていって警戒していたシュダルツの兵士も駆けつけてくれた。
 シュダルツの兵士にも守られてエイルたちはシュダルツ領の中心都市であるウトデオメにたどり着いたのだった。

 ーーーーー

「どうしてこのドレスにこだわったか分かりますか?」

 エイルとミツナはイルージュの護衛を任されていた。
 イルージュのことを助け出したおかげでエリオーラからも信頼され、結婚式が終わるまでお願いされたのである。

 結婚式の当日になってイルージュは赤いドレスに着替えていた。
 ボムバードの羽をふんだんに使った美しい赤いドレスはイルージュにもよく似合っている。

 少し心を開いてくれたイルージュもエイルとミツナに声をかけてくれるようになった。

「綺麗だから?」

 ミツナのざっくりとした態度は距離を感じさせないのでイルージュも気に入っているようだった。

「確かに綺麗ね。でもそれだけならこのドレスにこだわる必要はなかったの」

「こだわる何か理由があるということですか?」

「そうなの。このドレスはね……弟がオレイオスがデザインしたものなの」

「オレイオス様というと……」

「あの卑怯者に暗殺された子よ。あの子は……デザイナーになりたがってた。体が弱くて剣を振ることには不向きだけどセンスがあってもうあの年でドレスのデザインを考えていたの」

 イルージュは窓の外を見た。

「いつか私が結婚するときに自分がデザインしたドレスを来てもらうんだって……」

 お化粧が崩れてしまうからとイルージュは涙を堪える。

「あの子が残したスケッチブックの最後に残っていたのがこのドレスだったの。一流のデザイナーに出直してもらって、私は絶対にこのドレスを着るんだって決めたんです」

 だからボムバードの羽にこだわっていた。
 イルージュにはフェニックスの羽のような美しいボムバードの羽が似合うだろうとオレイオスはデザインを描いていた。

 ボムバードの羽だけはなんとしてもドレスに使わねばならなかったのだ。

「オレイオス……あなたのドレスを着て私は結婚するわ。あなたの分まで幸せになるから。あなたを殺した卑怯者も捕まえたわ。ありがとう……見守ってね…………」

 窓の外を一羽の赤い鳥が飛んだ。
 お姉様と呼んで笑うオレイオスの笑顔がイルージュのまぶたの裏に浮かんで、消えた。

「イルージュ、もう時間だ」

 控えめにノックをしてキリアンが部屋に入ってきた。

「ええ、いきましょう」

 イルージュはそっと目尻を拭うとキリアンの手を取って立ち上がる。
 きっとイクレイとシュダルツには平和が訪れるだろう。

 新たなる未来が手を取り合っていがみ合うのではなく互いに協力し合って生きる未来が見えるとエイルは思った。

「エイルのヒールのおかげだね」

 戦いにおいてもエイルのヒールは役に立った。
 無影の魔法使いとは魔法の影すらないのに相手を倒していくエイルにつけられたあだ名であり、一瞬で敵を気絶させたり行動不能にする能力はみんなが認めるものであった。

 そしてエイルのヒールがなければ今頃イルージュは頬に隠しようもない大きな傷をつけた花嫁になっていた。
 こうしてイルージュが心から幸せそうに笑えるのはエイルのヒールあってのことである。

「二人の愛の力さ」

 確かにエイルのヒールが実際に果たした役割は大きいかもしれない。
 しかしたとえ傷があっても二人は最後にはそれを乗り越えただろうとエイルは思う。

 ヒールの痛みを乗り越えたのも心から愛した人がいたからできたことだ。
 それこそ愛の力というものだろう。

「羨ましいなぁ……」

 ミツナはエイルに聞こえないように呟く。
 愛する人と幸せそうに笑い合う。

 そんな未来を羨ましく思う。
 チラリと隣に視線を向けるとエイルは優しい目をして二人を見ている。

「人間は……苦手。でもエイルのことは苦手じゃない……」

「どうした?」

「ううん、なんでもない」

 エイルはミツナが見ていることに気づいて微笑みを向ける。
 まだまだ関係は始まったばかり。

 でももうちょっと仲良くなりたいなとミツナは思ったのだった。