「どうしてこんなことで結婚を取りやめなきゃいけないんだ!」

「顔にこんな傷のある女……」

「関係ない! 僕は……君を愛してるんだ!」

 キリアンがイルージュを抱き寄せる。

「血が……」

「構いやしない! 確かに……最初は君の容姿に惹かれたのかもしれない。だけど今は君の優しいところや人を思いやれる心に惹かれているんだ!」

「キリアン様……」

「たとえ顔に傷があってもこの思いに変わりはない!」

 服に血がついても構わないとキリアンはイルージュを抱きしめる。

「ありが……とうございます」

 イルージュは涙を流す。
 キリアンはただイルージュの見た目だけを見ている人ではなかった。

 こんなところまで助けに来るのだ、やはりキリアンの愛は深い。

「失礼ですが一ついいですか?」

「あっ、すいません。イルージュを助けてもらったのに」

 良いところ悪いがエイルにも少し急がねばならないことがある。

「お二人の仲の良さはわかりました。傷があってもいい。そのことはいいと思いますがやはり傷はない方がいいですよね?」

「……何か、方法が?」

「一つだけあるんです」

「どのような方法ですか?」

「俺はヒーラーです。俺なら傷を完全に治すことができます」

 結婚に問題ないならばと少し悩んだけれどエイルは勇気を出して提案してみることにした。

「ヒーラー……」

「ただし俺のヒールは痛いです。普通のヒールよりも。ですが頬に傷があったことも分からないぐらいにお治しできることは保証します」

 時間が経つほどにヒールも難しくなる。
 傷をつけられたばかりの今が綺麗に治すチャンスでもある。

「……治してください!」

「イルージュ!」

「傷がなくてもキリアンが愛してくれることは分かってる……でもやっぱり綺麗な私であなたのそばにいたい……最初にあなたが見つけてくれた綺麗な私でいたいの……」

 治せるなら治したい。
 これから結婚式も待っているのだし、やはり綺麗な状態で迎えたいのは女心である。

 まだキリアン以外に傷のことを知っている人はいない。
 痛みに耐えて傷が治せるならとイルージュは決断する。

「これを噛んでください」

 エイルはタオルを巻いて差し出す。
 気を失わないように文字通り歯を食いしばってもらうのだ。

 気絶しても治療は続けられるけれども痛みがどれほどのものになるのか分かりにくい。
 深い傷を瞬間的に治さない限り相手が死ぬことはほとんどないけれど、痛みに弱い人だと死ぬ可能性がある以上慎重にならざるを得ない。

「行きますよ」

 エイルはイルージュの頬に手をかざして治療を始める。
 できるだけ力を抑える。

 一気に治すとそれだけ痛みも強くなる。
 治す時間はかかっても少しずつ治さねばイルージュの身が危ない。

「うっ……」

「傷が治っていく……」

 時間が戻るように頬の切り傷がくっついて治っていく。
 イルージュはすごい痛みに耐えてタオルを強く噛み締める。

 キリアンはイルージュの手を握って少しでも楽になればと祈る。
 痛みに汗をかき気が遠くなりそうになりながらも必死に痛みを堪えて、イルージュはキリアンを見つめる。

 キリアンのためならどんな痛みにも耐えてみせる。
 たとえ傷がついていても愛してくれると言ってくれたキリアンのために誰にも後ろ指を刺されない花嫁になるのだと意識を保つ。

 エイルの方も強すぎる力を抑えるのに必死だった。
 これ以上ヒールが強くなるとイルージュが危ないギリギリのところで治療していく。

「はぁ……はぁ……終わり、です」

「完全に傷が塞がった」

 肩で息をするエイルがイルージュの頬から手を離す。
 キリアンはゆっくりと傷があったところに触れる。

 本当にまるで何もなかったかのように傷は治り、血を拭うと白い肌しかなくなっていた。

「終わったよ、イルージュ」

「どう……ですか? 綺麗……ですか?」

「ああ、綺麗だ。僕が一目惚れをした時の君そのまんまだ」

「なら……よかった」

「イルージュ……イルージュ!」

 イルージュはスッと目を閉じた。

「大丈夫です。気を失っているだけですから」

 治療には本人の体力も使う。
 痛みに耐えることにもまた体力も使うのだから治される方もかなり消耗するのである。

「行きましょう。ここはギャルチビーの領地らしいですから」

 イルージュをあまり動かしたくないがここは敵領である。
 キリアンにイルージュを任せ、エイルはナデクロシを抱えて小屋を立ち去った。