「いて!」

 ベッドから落ちてエイルは目を覚ました。

「いてて……」

 普段はベッドから落ちるようなことはないのだけどお酒の影響かもしれない。
 ただ今は頭を痛いなとエイルは顔をしかめる。

「寝る前にやればよかったな」

 エイルは頭に手を当ててヒールする。
 自己へのヒールは他人にするものより効率が劣るものの痛みなく行うことができる。

 毒の解除とかもできてアルコールの分解も実はヒールで行うことができる。
 寝る前にヒールすればよかったのだけど普段からお酒を飲まないエイルはそんなこと忘れていた。

「……あれ?」

 ヒールで頭の痛みが取れてくるとぼんやりとした感覚も無くなってシャッキリとしてきた。
 部屋の中を見回すとミツナがいないことに気がついた。

「……宿にはいない」

 隷属の魔法でエイルとミツナは繋がっている。
 短距離ならばどこにいるのかなんとなく感じ取ることができるのだ。

 けれど今はミツナがどこかにいるぐらいにしか感じられない。
 宿内のすぐ近くにいるのではなさそうだった。

「ナイフがない……」

 テーブルの上の荷物を確認する。
 パンなどの食べ物には手をつけられていないがエイルのナイフがなくなっていた。

「まさか……」

 ミツナは裏切り者の冒険者に復讐するつもりだと言っていた。
 そしてエイルは寝る前にミツナに好きにしろと命令を出してしまっている。

 復讐をしに行った。
 エイルはそう思ったのである。

「……思い出せ!」

 冒険者たちのところに行った。
 寝る前に聞いたミツナの話の中でその場所をポロリと言っていたことはエイルは覚えていた。

 しかしその場所がどこなのか正確に思い出せない。

「フィ……フィルマー街? 違う……フィ、フィ……フィルディア通り……!」

 なんとか記憶を引っ張り出してミツナの言っていた冒険者の隠れ場所を思い出した。
 早く行かねば手遅れになるなるかもしれない。

 エイルは自分の剣を掴むと部屋を飛び出した。

「おい、あんたの奴隷こんな時間にどっか出ていったぞ」

 宿の受付のオヤジがめんどくさそうにエイルに声をかけた。
 面倒事は勘弁してほしい、そんな顔をしている。

「すいません。冒険者ギルドに伝言を頼みたいのですが」

「伝言だと? こんな時間に……」

 エイルはポケットから硬貨を取り出すと受付のオヤジに指で弾いて投げ渡す。

「何を伝えにいけばいい?」

 受付のオヤジはニヤリと笑うと態度を一変させた。

「ええと……」

 あまり長くても覚えきれない。
 エイルは簡潔に伝言を伝えた。

「もう一枚やるから走ってくれないか?」

「いいぜ、分かった。おーい! ヌーロ!」

「なんだオヤジ?」

 奥の部屋から受付のオヤジを若くしたような男が顔を覗かせる。
 誰だか分からなくてもオヤジの息子であることは一目瞭然であった。

「じゃあ俺は行くんで!」

 エイルは走って宿から出ていく。

「……なんだよ?」

「お使いだ。ちょっくら走ってくれ」

「……こんな時間に?」

「いいらからほら」

 受付のオヤジは自分の息子に受け取った硬貨の一枚を投げ渡す。

「ちぇっ、分かったよ。それで何すりゃいい?」

「冒険者ギルドに伝言だ。えーと……」

 受付のオヤジはエイルから言われた伝言をそのまんま息子に伝えた。

「走っていってくれ」

「こんな夜に……」

「なら金返せ」

「分かった分かった。行ってくるよ」

 ーーーーー

「ふざけたことしてないで大人しくしてりゃいいのに」

「うぅ……」

「痛み無効ってのは厄介だな。どれだけ殴りつけてもかかってきやがる」

 フィルディア通りの青い屋根の家ではミツナは血だらけで倒れていた。
 調べた通りに冒険者たちは家に隠れていた。

 ミツナはエイルの荷物から持ってきたナイフで冒険者たちに襲いかかったのだけど四人もいる相手には敵わなかった。
 スキルの痛み無効の力もあってある程度攻撃はできたけれど散々殴られた後足をへし折られて動けなくなっていた。

 それでも痛みを感じないミツナは冒険者たちを睨みつけていて、隙があればと歯を剥き出している。

「いけすかねぇ目をしやがって、神迷の獣人がよ!」

 目つきが気に入らなくて冒険者の一人がミツナの顔を蹴り飛ばす。
 痛みは感じないがダメージがないわけじゃない。

 床に転がったミツナは蓄積したダメージで動けなくなっていた。
 片腕もなく足も折られていては動くことも叶わない。

 ダメージと悔しさで思考がぐちゃぐちゃになる。

「どうする? こいつ奴隷みたいだぜ」

「本当に奴隷か? なんでこんなところにいるんだよ?」

「いらないとでも言われたんじゃないか?」

 冒険者たちはケラケラと笑い、ミツナはそんな笑い声にも腹が立ってしょうがない。
 誰かの奴隷だとしたら手を出すのはまずい。

 けれども襲われてただで帰すこともできないしまた襲われるかもしれない。

「殺しちまうか」

 非情な言葉が聞こえてきてミツナは心臓がキュッと掴まれた気分になった。
 相手を殺しにきたけれど殺されるような可能性があるということを忘れていた。

 今ミツナは逃げることすらできない。
 殺そうと思えば簡単に殺せる相手であるのだ。

「生きたまま腹を切り裂いたらどうなるんだろうな?」

「やめろよ、気持ち悪い」

「お前はちっちゃいすり傷だからいいんだ! 俺は肩刺されたんだぜ!」

 ミツナから奪い取ったナイフを持っている冒険者は肩を怪我していた。
 それはミツナに襲われた時にナイフで刺されたものであった。

 浅い傷ではあるもののしっかりと痛みがある。

「殺してどっかに放置しておこう。そうすりゃ魔物が処理してくれるだろうさ」

 奴隷の持ち主がどうなろうと知ったことではない。
 奴隷もちゃんと管理できていない人が悪いのだと思った。

「こいつが変なことを言って責任を追及されても困る。このまま殺して口を塞ぐのがいい」

「……まあそうだな」

「なんで生きて帰ってきたかな? 死んどきゃよかったものを」
 
「……最初からそのつもりだったのか……」

「あん?」

「私を犠牲にするつもりだったのか!」

「もちろんそうに決まってんだろ。誰が神迷の獣人なんか好き好んで仲間にするかよ」

 ミツナは唇を噛んで涙を堪えた。

「持ち回りで責任者は普通はやらねーよ。うまく調整して危ない依頼の時はお前が責任者になるようにしてたんだ」

 せめてギリギリの状況だったから見捨てられた方がよかったのだけど、冒険者たちは最初からミツナのことを都合のいい捨て駒だと見ていた。