「あの女だけ木に縛りつけていかないか?」

「気持ちは分かるけどダメだよ……」

 事情を知ってしまったエイルとミツナは最後方からブラチアーノたちが乗る馬車の近くに配置された。
 それはいいのだけど若干の問題があった。

 エリオーラがうるさいのである。
 ミツナが気に入らないことはもちろん冒険者であるエイルのことも気に入らないらしい。
 
 ブツブツと文句を言ってはブラチアーノにたしなめられている。
 たしなめられることもまた気に入らないようだ。

「なぜあんな人と結婚したんですか?」

「ミツナ……それは……」

 野営においてもエイルとミツナはブラチアーノの近くにいた。
 ただ目に見える場所にいるとエリオーラがうるさいので目につかないようにしている。

 エリオーラが寝たので少し緩く護衛を続けようと思っていたらミツナがブラチアーノに突撃してしまった。
 流石にその質問は失礼だろうとエイルは焦る。

 確かにブラチアーノの人の良さからしてエリオーラが釣り合っていないようにはエイルも思ってしまう。

「真っ直ぐだな。……気まぐれに答えようか」

 妻をあんな人と言われれば良く言われているように感じる人はいない。
 怒り出してもおかしくないのにブラチアーノは小さくため息をついただけだった。

「エリオーラも昔はああじゃなかった」

 ブラチアーノはゆっくりと首を振る。
 エリオーラの昔の姿をまぶたの裏に思い起こす。

「出会った頃のエリオーラは大人しい娘だった。そうだな……今のイルージュにも似ている」

「イルージュさんと……」

 エイルはイルージュの姿を思い浮かべた。
 人が苦手というだけあってあまり姿を現したがらない。

 だが姿を現せば静かで周りに心配りのできる人であって、兵士たちの信頼も高い。
 特に話したことはないので人となりは知らないけれど、外から見た感じでは見た目から大きく性格がズレることはないだろう。

 対してエリオーラは美人なことは間違いないが性格が顔に出ているようでキツい目つきをしている。
 大人しくしていればいいのにずっと馬車の外を見ていて兵士たちが何かしようものならすぐに文句を口にする。

 兵士には辟易としている人もいたぐらいだ。
 イルージュが裏で文句を言いまくっている人でもない限り似ているとは思えない。

「エリオーラは変わってしまったのだ。そして彼女を変えたのは人の死だ」

「……何があったのかお聞きしてもよいのですか?」

 少し重たそうな話だとエイルは思った。
 かなり内輪の踏み込んだものにもなりそうで、聞いてもいいものかとブラチアーノを見る。

「今宵は月が美しい。少しぐらい夜更かししても怒るものはいない」

 遠回しのイエスの返事。
 ブラチアーノがいいと言うのなら聞きませんとエイルが答えるのは失礼になる。

「私には息子が二人、娘が一人いる。だが十年前は息子が三人だった」

 ゆっくりとブラチアーノは語り出した。

「末の子は上の兄たちと違って線の細い子だった。穏やかで優しく戦いに向かない性格をしていた。やんちゃなこともなくエリオーラはその子をとても可愛がっていた」

 噂を聞いて集めた時には三人目の息子がいることは聞こえてこなかった。
 あまりいい結末の話ではなさそうだということはエイルも覚悟して話を聞く。

「当時ギャルチビーと仲が悪かったのはうちの方なのだ。何かにつけてちょっかいを出してきて、成人したばかりのギャルチビーの倅の一人が国境を越えてきたのだ。おそらく間違ったのだろう。しかし国境を越えてくれば完全にやり過ぎた行為だ。我々も兵をあげて攻撃した」

 若い指揮官がやる気を空回りさせて目測を誤り越えてはならないラインを超えてしまうことはあることかもしれない。
 しかし隣国の国境を許可もなしに兵力を抱えて越えることは許されざることである。

 結果としてイクレイとギャルチビーの間で小競り合いを越えた小規模な戦闘が起きてしまった。
 相手の副官の判断だろう、比較的早くギャルチビーは兵を引いたのだが、その後が良くなかった。

「ギャルチビーの倅が帰る途中で魔物に襲われて死んでしまったのだ」

「えっ!?」

「失敗を焦ったのか、なぜそんなことになったのかは知らない。しかしギャルチビーは我々のせいだと非難したのだ」

「どこらへんが?」

 話を聞いている限りイクレイ家に非難される謂れはない。
 ミツナは顔をしかめた。

「どこにも我々の責任はないさ。ただ越境した挙句魔物にやられたなど恥の上塗りでしかない。だからギャルチビーは少しでも責任を負わなくていいように噂を用いて攻撃してきた」

 政治的なやり方である。
 イクレイが息子を暗殺したとか、魔物をけしかけたとかなんの証拠もないがイクレイにも責任がありそうなことを言って自分たちの責任をうやむやにしようとしたのである。

 ギャルチビーという連中はどうにも好きになれないなとミツナは思った。
 
「どう噂を流そうとも我々に責任などない。好きなように噂を流せばいい。そう思って構えていたのだがある時事件が起こってしまったのだ」
 
 木の枝がパチリと弾けた。