「田舎でイモでも作るか?」

 エイルはまだ若い。
 今から農業を学び始めればお金が尽きる前にちゃんと利益の出せるところまでいけるかもしれない。

 ゆっくり考え事をしながら酒を飲んでいると酔いが回ってきた。
 エイルはまだ若いがそれでも若すぎることはない。

 今から職人に弟子入りするのにはやや遅い。
 パンでも作ろうかとか冒険者ギルドで働けないかとかいろんな考えが浮かんでは消えていく。

 けれど何か一つに決まることはない。
 どの仕事を選ぶにしても経験もなければツテもない。

 誰に言うわけでもないのに頭の中でその仕事がダメな理由を見つけては勝手に諦める。

「やっぱり薬屋でもやるか……」

 自分で持っている技量を考えた時に良さそう、できそうだなと思える仕事は意外と少ない。

「それなら最初から誘わなきゃよかったのにな……」

 涙が出そうになってエイルはうつむく。
 パーティーに誘ってきたのはケルンの方だった。

 誘われなきゃヒーラーなんてやらずに別の仕事についてたのに。
 その時は今頃ギルドでコツコツと働いていたかもしれない。
 
「師匠……」

 ふとエイルの頭に自信にヒーラーとしての全てを叩き込んでくれた人のことが思い出された。
 すごい変な人だった。

 ただちょっと憧れはしたし、自分のあんな風にできるかなと一瞬思った。

「ダメだな……」

 酒は胸の痛みを和らげてくれるけれど思考を妨げる。
 何をするにも臆病な自分が顔を出してくるだけでうまく考えがまとまらなくなってきた。

 エイルは店を出ると空を見て目を細めた。
 まだ日は高いところにあって光が目に染みるようだった。

 完全に酔い潰れるまで飲みはしなかったので足取りはややふらつくぐらいで問題はない。
 家に帰って酒を抜いてから改めて考えをまとめようと思った。

 「お兄さん、お兄さん、一人どう?」

 人の活気に当たりたくなくて人通りが少ない道をゆっくりと歩いていた。
 普段は歩かないような道なので知らなかったけれど、奴隷を売っているようなお店がある通りだったらしくて奴隷はどうかと声をかけられた。

 軽薄そうな男は奴隷商で働いていていわゆるキャッチである。

「可愛い女の子から男の子まで揃ってるよ?」

「奴隷か……」

 いつもならばいらないと答えて早足に立ち去るところだ。
 けれど弱っていたエイルは奴隷に興味を持った。

「少し見せてもらえるか?」

「どうぞ! 見るだけでも歓迎です」

 かなり不純な動機だった。
 奴隷を見てみようと思ったのは奴隷だったら自分よりも下だから思ったからだ。

 パーティーをクビになってどん底のような気分のエイルだったけど奴隷という身分にまで落ちてはいない。
 最低の動機だけど自分よりも下の人を見れば少しは気分が軽くなるのではないかなんて考えてキャッチの男についていく。

 大きな建物に入ってキャッチの男からちゃんとした奴隷商人に案内がバトンタッチする。
 ややふくよかで人の良さそうな笑みを浮かべる奴隷商人の前にエイルは座る。

「どのような奴隷をお探しですか?」

 歩いていると少し酔いが回ってきた。
 ぼんやりとした頭でどんな奴隷がいいのか考えるけれど元々買うつもりもないので特別な希望もない。

「…………痛みに強い奴隷はいるか?」

「痛みに強い奴隷ですね」

 ふとヒールが痛すぎると言われたことが頭の中でこだました。
 仮に痛みに強い人ならばと考えたことがそのまま口に出てきた。

 奴隷商人はそれを聞いてエイルの思惑とは違って暴行でも振るうのかもしれないと考えていた。

「……でしたらちょうどいい奴隷がいますよ」

 少し考えるようにしながら奴隷のリストをめくっていた奴隷商人はニコリと笑顔を浮かべた。

「ただいま連れて参りますので少々お待ちください」

 奴隷商人が立ち上がり部屋を出ていく。
 エイルは少し眠気が襲ってきたなと思いながら奴隷商人の席の後ろに並べられている酒のコレクションを眺めていた。

「お待たせいたしました」

 奴隷商人が一人の奴隷を連れて戻ってきた。

「これは……」

 エイルは思わず顔をしかめてしまう。
 ひどいものだと思った。

 奴隷商人が連れてきたのは獣人の奴隷だった。
 ただしただの獣人ではない。

 獣人も多少の差があってケモノ的な特徴が強く全身が毛で覆われているものからケモノのミミやシッポしかなくそれ以外の見た目が人間とのほとんど同じものまで様々。
 全身が毛で覆われていて顔もケモノの形に近い人を獣人と呼び、ミミやシッポしかケモノの特徴がない人を半獣人と呼ぶ。

 けれど目の前の獣人はミミやシッポがあり手足は毛に覆われているけれど、顔は毛に覆われておらず普通の人と変わりがない。
 獣人と半獣人の間にいるような容姿をしている。

 基本的には獣人は完全な獣人か半獣人で生まれてくる。
 しかし時として半端な獣人が生まれてくることがある。

 こうした半端な獣人は神が迷ったために中途半端であるとされ、獣人の間で忌避されているのだ。
 神迷獣人などと呼ばれているが決して良い意味で言われることはない。

「多少ボロボロですが……これはうちでやったことではなく身売りする前からこうだったのです」

 しかもただの神迷獣人ではなく、全身が傷だらけだった。
 傷だけならまだいい。

 左目は包帯で覆われているし、毛に包まれているはずの右腕は肘から先がない。
 それでいながら非常に反抗的な目をしていてエイルのことを睨みつけている。

 首輪や手錠といったものがつけられていることはあるのだが口輪までつけられている。
 怪我の状態もそうだし人を憎んだような目をしていて何があったのかと思わざるを得ない。