「一つお尋ねしたいのですが行くのに良い国はありますか?」

「なんだ、ざっくりとした質問だな。この国も悪くはないと思うが……そうしたことを聞きたいんじゃなさそうだな」

 カミンは今一度エイルとミツナを見た。
 若い男と若い女の二人パーティー。

 長距離移動の護衛依頼を受けていて、他の国について聞いてきた。
 何かの訳ありのようだとカミンはすぐに勘づく。

 観光に行こうとしているなんてつもりじゃなさそうなことは明らかである。

「良い国か……うむ」

 カミンは腕を組んで考える。
 どんな事情があるのかは知らないけれどエイルとミツナは悪い人には見えなかった。

 ならば真面目に質問に答えてやろうと思った。

「ここから二つぐらい隣にウガチという国がある。そこなんか良いんじゃないか?」

「ウガチですか?」

「古くは開拓によって生まれた国で多くの開拓者が集まっていたためかよそ者にも寛容な雰囲気がある国だ。さらには五年ほど前に戦争があってな。今はだいぶ回復して物が流通するようになったが人は足りないでいる。若い奴らなら歓迎されるだろう」

 しっかりとした理由まで教えてくれた。
 不真面目そうに見えて良いおっさんであるとエイルは思った。

「あとは少し遠いがイセキテなんかいいだろう。あそこは獣人の町まである国だ。他にはそれこそ獣人の国にいってしまうのはどうだ? 人間はあまり歓迎されないかもしれないが認めてくれれば良い奴らだ」

「イセキテに獣人の国ですね」

 忘れないように覚えておこうとエイルは思った。

「他には何か……おっと?」

 馬車が急に止まった。
 エイルの隣に座っていたミツナが馬車の急ブレーキの勢いで

「護衛の皆さん、お願いします!」

 御者台の商人が焦った顔をして振り返る。
 エイルたちが馬車を降りて前の方に行ってみると十人ほどの男たちが道を塞いでいた。

 あまり綺麗な身なりをしていない男たちはニヤニヤとした表情を浮かべている。
 
「ここを通りたきゃ金を払いな」

 中でも体のデカい男が金を要求する。
 男たちはいわゆる山賊というやつで体のデカい男はリーダーのようである。

 金を要求する名目は通行料。
 通してやるから金を払えという話であるのだが正当な要求ではなく金を払わなきゃ暴力に出るというただの脅しに他ならない。

「ここら守っていらっしゃる方ですか。いつもご苦労様です。少ないですがこちらをどうぞ」

 護衛がいるから払わない。
 そんなことはしない。

 お金を払って無駄な争いを避けられるのならそうするべきであり、商人はあらかじめ用意してあったお金の入った小袋を取り出した。
 お金を多少の損はするけれど無用の戦いを生んで仮に負けてしまうことがあれば命すら危うくなる。

 ちょっとお金を払ってそれで終わりにできるのならその方がいいのである。
 護衛は万が一戦いになった時のために出てもらったということだ。

 いなければ足元を見られるし、いるなら山賊だって無駄に戦うことは避けたいのである。

「分かってるじゃないか」

 山賊のリーダーがお金の入った袋を受け取る。

「それと……そこの女置いてけ」

「な、なんですって?」

「そこの女だ。神迷の獣人のようだが綺麗な顔してやがる。俺が可愛がってやるよ」

 お金を受け取って終わりにしておけばいいのに山賊のリーダーはミツナに視線を向けてニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。

「それはどうか……」

 流石に護衛を差し出すわけにはいかないと商人が困り顔をする。

「なんだ? ここを通りたくないのか?」

「ですが流石にそれはちょっと」

「ならば10倍だ」

「へっ?」

「10倍の額を払えば見逃してやろう」

 なんとも傲慢だとミツナは顔をしかめる。
 気持ちの悪い視線を向けられただけでも嫌なのに堂々と置いていけと要求されるだなんて非常に腹立たしく思う。

「10倍だなんて……そんなの」

「ウダウダうるせぇんだよ!」

 そもそも真っ当に話し合いで解決できるような相手だったら山賊なんてやっていない。
 自分の要求が通らないことに激昂した山賊のリーダーは手に持っていた斧を振り上げた。

「エイル……」

 エイルはどうするつもりなのだろうかとミツナが横に視線を向けるとエイルは冷たい目で山賊のことを見ていた。

「ひっ……!」

 商人が慌てて引き下がりエイルたちの後ろに逃げる。
 正直なところ商人としては差し出してしまえと言いたいところであるがそこまで命令する権利は商人にはない。

 死にはしないだろうが死ねと命令するのと同じようなものである。
 そこまでの金も関係性も商人との間にない。

 ただお前のせいだからどうにかしろという目を商人はエイルに向けていた。

「……ミツナ」

「……はい」

「戦えるか?」

「……はい!」

 一瞬差し出されるのかなとミツナは思っていた。
 けれどエイルがそんなことをするはずはなかった。

「なんだ? 俺たちとやるつもりか?」
 
 今のエイルをヒーラーだと思う人はいない。
 ヒーラーというやつは白いローブのようなものを身につけていかにも治しますよという格好をしている。

 けれども今のエイルは普通に剣を腰に差していて、ローブも目立つ白いものではなく普通のローブだった。
 ただの剣士っぽい感じである。

 ヒーラーの格好にしても剣士の格好にしてもエイルはあまり強そうには見えない。
 なので山賊のリーダーは睨みつけるような目をしているエイルのことを鼻で笑っていた。