田舎というのはなかなかに面倒だ。
実家にいれば『いいひとはいないの?』としょっちゅう探りを入れられるし、祖父母宅へ遊びに行けば『早く結婚しろ』と口うるさい。
確かに、もうすぐ三十路。
地元にいる私の友人たちは続々結婚し、子どもがもう小学生だなんて子もいる。
けれど、都会の女性は三十代独身なんて珍しくもないんじゃないの?
母にそう訴えたら、『ここは都会じゃないのよ』と一蹴された。
私だって結婚願望がないわけじゃない。
恋人はもう三年ほどいないし、ときめきがほしいという気持ちもある。
ただ、普通に生活していると、出会いというのがなかなかない。
そんなとき、マチアプで出会った男性と結婚した友人・繭子に勧められたのだ。
「ねえ紗知、このアプリ、ヤリモクじゃなくて普通に婚活で登録してるひと多いよ。やってみなよ」
「えーでもなんか怖そうだしめんどくさそう……」
「そんなことないって!行動起こさないといつまでも結婚できないよ」
女性は無料だからと繭子に諭され、アプリをダウンロードしてみる。
けれど、登録がやはり面倒だ。
出身地、現住所、年収、子どもは欲しいか、いつ頃結婚したいか、最初のデートはどちらがお金を出すか、なんてテンプレートの質問もある。
そんな質問欄を埋めて、いつだったか一人旅で行った金沢で自撮りした写真をアイコンに設定する。
ニックネームは思い浮かばず、本名からとって『サチ』にした。
本当は顔を晒したくないのだけれど、本気で婚活をする以上、最初に入るのはやはり顔だ。
マスクした写真を載せているひとは男女ともに少なくないけれど、そういう相手は私なら警戒してしまう。
登録完了すると、あっという間に数百のいいねがついた。
女性の需要はそんなに多いんだろうか。
それともギリギリ20代ということで、検索で引っかかる割合が高いんだろうか。
なんにせよ、こちら側の選択肢は幅広い。
メッセージアプリのアドレスを交換し、幾度かやりとりして会う約束を取り付けたのはふたり。
どちらも都内在住だ。
私は関東の端っこに住んでいるけれど、田舎での暮らしに飽き飽きしていたため、結婚するなら都内のひとがいいと思ったのだ。
自宅から都内までは、電車でおよそ二時間弱。
時間も交通費ももったいないため、昼と夜で一気にふたりの男性に会ってくることに決めた。
【ひとりめ――イチロウくん
三十二歳 仕事:営業 年収:六百万
趣味:ダイビング 国内色々な海を回っています】
私もダイビングが趣味のため、このひとだ!と瞬時に思った。
趣味が合うというのはすごく大事だ。
一枚だけ載せられた写真は爽やかな笑顔のアップで、好印象だった。
彼は非常に紳士的なひとだった。
『僕のことをある程度信頼できるようになるまでは、会わなくてもいいよ』
早く会おうと勝手に話を進めたがる男性も多い中、彼は一番信頼できると思った。
イチロウくんとは、昼に東京駅で待ち合わせをした。
服装を互いに教えてあったため、すぐにそれが彼だとわかった。
「あの、イチロウくんですか?」
彼がこちらを向いて、私の視線は思わず彼の頭のほうへいってしまった。
「そうです。サチさんですね」
「はい」
「行きましょう」
うっかりしていた。
彼の写真はドアップだったから髪の毛が見切れており、まさかこんなに髪の毛が薄いとは……
気にしちゃいけないと思いながらも、どうしても目線がそっちへいってしまう。
歩きながら、なぜかイチロウくんはため息を吐く。
「サチさん、写真と全然違いますね」
不機嫌を隠さない声色にショックを受けた。
こんなの、面と向かって『好みじゃない』と言われているのと同じだ。
同時に、メッセージではあんなにやさしかったのに、態度がコロッと変わったこともショックだった。
事前にイチロウくんがリサーチしてくれていたイタリアンの店に入り、それぞれ注文をする。
地獄の時間の始まりだ。
イチロウくんに何か話す気はないようで、ずっとスマホをいじっている。
私もそれに倣ってスマホを取り出す。
時折視界に入る彼の頭のてっぺんが、気になって仕方なかった。
食事中も話すことはなく、食べ終えて会計をする。
「奢らなくていい?」
「いいですよ。自分の分は自分で出すつもりだったので」
「そう」
初めてのデートは奢りたいタイプなのだとプロフィールに書いてあったけれど、私とのこれはデートと呼ばないのだろう。
こっちだって、そんな態度のひとに嫌々奢られたくない。
店を出たあと、「お疲れ様でしたー」となんとも的外れな感じの挨拶をして別れた。
【ふたりめ――シュウくん
三十〇歳 仕事:会社員 年収:七百万
趣味:語学の勉強 四カ国語話せます】
とにかく顔が好みだった。写真は三枚載せられており、アップから全身が写ったものまであった。
メッセージはあまり得意でないのか簡潔な文が多かったけれど、冷たい印象はなかったし、許容範囲内だ。
ちなみにイチロウくんとの食事のとき、念のためスマホを確認し直したら、髪の毛はちゃんとふさふさしていた。
……けれど。この期に及んで私は迷っていた。
さっきのイチロウくんの態度に、すっかり自信を無くしてしまったのだ。
『私、写真とイメージが違うみたい。がっかりさせちゃうと嫌だから会わないで帰ろうかな』
思い切ってそう送ってみたら、意外な返事がきた。
『そんなことないよ。予定通りに会おう』
相手もこう言っているんだし、もうここまで来たら会うだけ会って帰ろうと覚悟を決めた。
夜十九時、休日出勤だったらしい彼はスーツ姿で現れた。
彼は会うなり爽やかに微笑んだ。
「イメージ通りだよ。かわいい」
あなたのほうがイメージ通りでかっこいいよー!と心の声をダダ漏れさせながら、飲み屋へと入る。
イチロウくんと違い、話はとても盛り上がった。
本当は夜の電車で帰宅する予定だったのだけれど、それを変更してシュウくんの部屋に泊めてもらうことになった。
つまりはその夜から交際が開始したのだ。
そこからはとんとん拍子に話が進んだ。
付き合って一ヶ月後には同棲。
三ヶ月後には結婚。
このスピードには家族友人親戚一同みな驚いていた。
幸せな新婚生活を始めた私は浮かれまくっていた。
無料相談サイトで、マッチングアプリの上手な返信の仕方やヤリモクじゃない男の見分け方などの質問に、よく知りもしないのにお節介な回答を書き込みし、最後に『ちなみに、私はアプリ婚ですよ』なんて自慢を入れてみたりした。
けれど、その幸せは長くは続かなかった。
「ねえ紗知、やっぱり結婚相談所じゃない?」
「えーけっこうお金かかるんでしょ?」
繭子が私にスマホをかざしてみせる。
画面には結婚相談所のホームページが表示されていた。
「お互いバツイチなんだしさ、結婚相談所のほうが早いって」
「まあ、アプリはもういいかも」
「でしょ? なんで男はあんなのにハマるんかねー」
繭子も私も、結婚から一年ほどのスピード離婚。
理由は簡単。
結婚後も夫たちはマッチングアプリをやめられず、未婚のふりをして何人もの女性と会っていた。
隠そうと思っても、いくつものマチアプが一日中着信通知を画面に表示させているのだから隠しようがない。
加えて我が家の場合、夫のモラハラ気質も発覚したため、早々に離婚を切り出した。
「じゃあ婚活パーティーは? 今って個室になってるらしいよ」
「個室なの? 結婚相談所よりはいいかな」
「よし! じゃあ行ってみよう」
バツイチアラサー女子は、今日も永遠の愛とやらを探して奔走中だ。
実家にいれば『いいひとはいないの?』としょっちゅう探りを入れられるし、祖父母宅へ遊びに行けば『早く結婚しろ』と口うるさい。
確かに、もうすぐ三十路。
地元にいる私の友人たちは続々結婚し、子どもがもう小学生だなんて子もいる。
けれど、都会の女性は三十代独身なんて珍しくもないんじゃないの?
母にそう訴えたら、『ここは都会じゃないのよ』と一蹴された。
私だって結婚願望がないわけじゃない。
恋人はもう三年ほどいないし、ときめきがほしいという気持ちもある。
ただ、普通に生活していると、出会いというのがなかなかない。
そんなとき、マチアプで出会った男性と結婚した友人・繭子に勧められたのだ。
「ねえ紗知、このアプリ、ヤリモクじゃなくて普通に婚活で登録してるひと多いよ。やってみなよ」
「えーでもなんか怖そうだしめんどくさそう……」
「そんなことないって!行動起こさないといつまでも結婚できないよ」
女性は無料だからと繭子に諭され、アプリをダウンロードしてみる。
けれど、登録がやはり面倒だ。
出身地、現住所、年収、子どもは欲しいか、いつ頃結婚したいか、最初のデートはどちらがお金を出すか、なんてテンプレートの質問もある。
そんな質問欄を埋めて、いつだったか一人旅で行った金沢で自撮りした写真をアイコンに設定する。
ニックネームは思い浮かばず、本名からとって『サチ』にした。
本当は顔を晒したくないのだけれど、本気で婚活をする以上、最初に入るのはやはり顔だ。
マスクした写真を載せているひとは男女ともに少なくないけれど、そういう相手は私なら警戒してしまう。
登録完了すると、あっという間に数百のいいねがついた。
女性の需要はそんなに多いんだろうか。
それともギリギリ20代ということで、検索で引っかかる割合が高いんだろうか。
なんにせよ、こちら側の選択肢は幅広い。
メッセージアプリのアドレスを交換し、幾度かやりとりして会う約束を取り付けたのはふたり。
どちらも都内在住だ。
私は関東の端っこに住んでいるけれど、田舎での暮らしに飽き飽きしていたため、結婚するなら都内のひとがいいと思ったのだ。
自宅から都内までは、電車でおよそ二時間弱。
時間も交通費ももったいないため、昼と夜で一気にふたりの男性に会ってくることに決めた。
【ひとりめ――イチロウくん
三十二歳 仕事:営業 年収:六百万
趣味:ダイビング 国内色々な海を回っています】
私もダイビングが趣味のため、このひとだ!と瞬時に思った。
趣味が合うというのはすごく大事だ。
一枚だけ載せられた写真は爽やかな笑顔のアップで、好印象だった。
彼は非常に紳士的なひとだった。
『僕のことをある程度信頼できるようになるまでは、会わなくてもいいよ』
早く会おうと勝手に話を進めたがる男性も多い中、彼は一番信頼できると思った。
イチロウくんとは、昼に東京駅で待ち合わせをした。
服装を互いに教えてあったため、すぐにそれが彼だとわかった。
「あの、イチロウくんですか?」
彼がこちらを向いて、私の視線は思わず彼の頭のほうへいってしまった。
「そうです。サチさんですね」
「はい」
「行きましょう」
うっかりしていた。
彼の写真はドアップだったから髪の毛が見切れており、まさかこんなに髪の毛が薄いとは……
気にしちゃいけないと思いながらも、どうしても目線がそっちへいってしまう。
歩きながら、なぜかイチロウくんはため息を吐く。
「サチさん、写真と全然違いますね」
不機嫌を隠さない声色にショックを受けた。
こんなの、面と向かって『好みじゃない』と言われているのと同じだ。
同時に、メッセージではあんなにやさしかったのに、態度がコロッと変わったこともショックだった。
事前にイチロウくんがリサーチしてくれていたイタリアンの店に入り、それぞれ注文をする。
地獄の時間の始まりだ。
イチロウくんに何か話す気はないようで、ずっとスマホをいじっている。
私もそれに倣ってスマホを取り出す。
時折視界に入る彼の頭のてっぺんが、気になって仕方なかった。
食事中も話すことはなく、食べ終えて会計をする。
「奢らなくていい?」
「いいですよ。自分の分は自分で出すつもりだったので」
「そう」
初めてのデートは奢りたいタイプなのだとプロフィールに書いてあったけれど、私とのこれはデートと呼ばないのだろう。
こっちだって、そんな態度のひとに嫌々奢られたくない。
店を出たあと、「お疲れ様でしたー」となんとも的外れな感じの挨拶をして別れた。
【ふたりめ――シュウくん
三十〇歳 仕事:会社員 年収:七百万
趣味:語学の勉強 四カ国語話せます】
とにかく顔が好みだった。写真は三枚載せられており、アップから全身が写ったものまであった。
メッセージはあまり得意でないのか簡潔な文が多かったけれど、冷たい印象はなかったし、許容範囲内だ。
ちなみにイチロウくんとの食事のとき、念のためスマホを確認し直したら、髪の毛はちゃんとふさふさしていた。
……けれど。この期に及んで私は迷っていた。
さっきのイチロウくんの態度に、すっかり自信を無くしてしまったのだ。
『私、写真とイメージが違うみたい。がっかりさせちゃうと嫌だから会わないで帰ろうかな』
思い切ってそう送ってみたら、意外な返事がきた。
『そんなことないよ。予定通りに会おう』
相手もこう言っているんだし、もうここまで来たら会うだけ会って帰ろうと覚悟を決めた。
夜十九時、休日出勤だったらしい彼はスーツ姿で現れた。
彼は会うなり爽やかに微笑んだ。
「イメージ通りだよ。かわいい」
あなたのほうがイメージ通りでかっこいいよー!と心の声をダダ漏れさせながら、飲み屋へと入る。
イチロウくんと違い、話はとても盛り上がった。
本当は夜の電車で帰宅する予定だったのだけれど、それを変更してシュウくんの部屋に泊めてもらうことになった。
つまりはその夜から交際が開始したのだ。
そこからはとんとん拍子に話が進んだ。
付き合って一ヶ月後には同棲。
三ヶ月後には結婚。
このスピードには家族友人親戚一同みな驚いていた。
幸せな新婚生活を始めた私は浮かれまくっていた。
無料相談サイトで、マッチングアプリの上手な返信の仕方やヤリモクじゃない男の見分け方などの質問に、よく知りもしないのにお節介な回答を書き込みし、最後に『ちなみに、私はアプリ婚ですよ』なんて自慢を入れてみたりした。
けれど、その幸せは長くは続かなかった。
「ねえ紗知、やっぱり結婚相談所じゃない?」
「えーけっこうお金かかるんでしょ?」
繭子が私にスマホをかざしてみせる。
画面には結婚相談所のホームページが表示されていた。
「お互いバツイチなんだしさ、結婚相談所のほうが早いって」
「まあ、アプリはもういいかも」
「でしょ? なんで男はあんなのにハマるんかねー」
繭子も私も、結婚から一年ほどのスピード離婚。
理由は簡単。
結婚後も夫たちはマッチングアプリをやめられず、未婚のふりをして何人もの女性と会っていた。
隠そうと思っても、いくつものマチアプが一日中着信通知を画面に表示させているのだから隠しようがない。
加えて我が家の場合、夫のモラハラ気質も発覚したため、早々に離婚を切り出した。
「じゃあ婚活パーティーは? 今って個室になってるらしいよ」
「個室なの? 結婚相談所よりはいいかな」
「よし! じゃあ行ってみよう」
バツイチアラサー女子は、今日も永遠の愛とやらを探して奔走中だ。

