「泣いてる?」
純粋無垢そうな顔をして、アイツが言った。
「たかがペットのインコが死んだだけで泣いたの?」
私の涙を見てせせら笑うように、私から溢れるものを指さしながら口角を上げる。
それがアイツと私の、初めての接点だった。
❀
ある日、学校からの帰り道。
お母さんからメールが来る。
目を通して、愕然とした。
どうやら私が生まれた時から飼っていたインコの〝ぴ助〟が死んだらしい。
「なんで……」
朝は元気だったのに。
分かれて、まだ8時間くらいしか経っていないのに。
生まれた時から一緒にいたのに、離れ離れになった8時間の間に去ってしまった。こんなことなら今日学校へなんか行かなかったのに。
「うぅ……」
通学路には誰もいない。
いや、誰もいない道をわざわざ選んだのだ。
泣いていることが誰にもバレませんようにと祈りながら。バレたら「あの沙織が泣いているー」とからかわれるから。
私こと水野沙織は、顔が派手なだけで根は大人しい性格だ。それなのに心まで派手だと思われているようで、所謂サバサバ系女子と認定されている。だけど私は泣き虫だし、かなり涙脆い。前に告白に失敗した下級生の女子を見て、泣いたことかある。その時に「そんなことで泣くの?」と周りから野次を飛ばされた。
皆が勝手に決めたイメージと違うからって、なぜからかわれないといけないんだろう。そう言い返したい気持ちはあれど友情に亀裂を走らせたくない。だから私はぐっと涙を堪えて「冗談だよ」と笑ってやり過ごした。その日から私は、学校で一度も泣いていない。涙が出そうになった時はとにかく隠れることを心がけている。
今もそうだ。誰にも見られない場所で涙を流している。ハンカチは持っているが、ほとんど濡れてしまって意味が無い。仕方ないから、左右五本の指を代わる代わる使ってこまめに涙を拭いていく。
「ぴ助ぇ……」
かわいい子だった。いつも私の周りを飛んでおしゃべりしてくれた。教えると何でも吸収するから飽きることがなかった。私の名前を言ってくれた時は感動したなぁ。もっともっと教えたいことがあったし、話したいことがあった。だけど、もう叶わない。帰ったらおしゃべりしない冷たいぴ助に会わないといけない。とても耐えられそうにない。
「悲しいなぁ……っ」
大きな涙が一粒がこぼれ落ちた、その時だった。
「こんな所でなにしてんの?」
同じクラスの問題児、佐々木くんが隣に立っていた。「……」あまりにも急なことで言葉を失う。この人、今どこからやって来た?ポカンとした私に近づき、顔を覗き込む。虫一匹も殺したことありません、みたいな純粋無垢そうな顔。佐々木くんは信じられないくらい優しい顔をしている。イケメン特有の甘いマスクに惹かれる女子は多い。特に口元のホクロは人気の一つだ。だけど先述したように、佐々木くんは問題児なのだ。その証拠に、口元のホクロに血が付着している。
「ケンカしてた。今は逃中」
「……」
正直、関わりたくない人物だ。クラスメイトでなければ話さえしたくない。その感情の根底にあるのは、彼への「羨ましさ」だろう。佐々木くんは優しい顔立ちだからこそ、泣き顔が似合うのだ。私とは違う顔の系統、涙を流しても違和感がない。だから何度も「佐々木くんと心を交換したい」と思ったことがある。見た目を変えられないのであれば、心をかえてみたい。佐々木くんに「私の泣き虫をあげるよ」と言ったら、彼は嫌がるだろうか。……嫌がるだろうな。
というのも、本人はケンカ大好き不良少年なのだ。あまり授業に出ない、不真面目な生徒。久しぶりに会えたと思ったら、こうやってケンカをしていたりする。そんな彼が泣き虫だったら大変だ。ケンカになる前に泣きそうだもの。最悪、不良でいられなくなる可能性がある。といっても彼には先生もお手上げらしいから、不良をやめるなら万々歳だろうけど。それに私も佐々木くんから〝けんかっ早い心〟をもらっても困る。一言に「交換」と言っても課題は山積みだ。
「ってか水野、泣いてる?」
「え」
「涙、顔についてるけど?」
「!」
しまった。佐々木くんに会った衝撃で、泣いていたことを失念していた。急いで顔を両手で擦る。結構な涙の量がそのまま頬に残っていただったらしく、両手がびちゃびちゃだ。既にハンカチは使い物にならない。この手をどうしようか。悩んでいると「ん」と佐々木くんから手が伸びる。見ると、彼の手に握られていたのはタオル。
「使いなよ。まだ新品だから安心して」
「新品?佐々木くんが何かに使おうとしていたんじゃないの?」
「大丈夫。ばーちゃんが〝血を拭け〟って勝手に渡してきただけだから」
言い方は雑だけど、そのタオルをわざわざ持ってきている事実に、佐々木くんへの好感度が少し上がる。それにおばあちゃんがいたんだ、初耳だ。
ありがたくタオルを借りて、手についた涙を拭き取る。そんな私を見ながら佐々木くんが「そもそも」と、血がついた口を動かした。
「なんで泣いてたわけ?」
「えっと……」
泣いてたのはバレたから、もう誤魔化しようがないとして。ぴ助が死んだと正直に言っていいものか。もしかしたらからかわれるんじゃ――そう思い佐々木を見る。すると彼は「ん?」と、にっこり笑ったまま首を傾げた。その笑顔を見ると、「事実を言っても大丈夫」と根拠の無い信頼を生むらしい。気づけば私は「飼っていたインコが死んだ」と話していた。
「大事なインコで、すごく可愛かったの」
ぴ助を思い出すと涙が溢れる。せっかく止まっていたのに、振り出しに戻ってしまった。だけど佐々木くんがタオルを貸してくれてよかった。遠慮なく涙を拭き取っていく。同時に「ありがとう」とお礼を言おうとした、その時だった。
「たかがペットのインコが死んだだけで泣いたの?」
衝撃的な言葉が、佐々木くんの口から飛び出す。
彼の口は容赦なく、私に向けて弧を描いていた。
純粋無垢そうな顔をして、アイツが言った。
「たかがペットのインコが死んだだけで泣いたの?」
私の涙を見てせせら笑うように、私から溢れるものを指さしながら口角を上げる。
それがアイツと私の、初めての接点だった。
❀
ある日、学校からの帰り道。
お母さんからメールが来る。
目を通して、愕然とした。
どうやら私が生まれた時から飼っていたインコの〝ぴ助〟が死んだらしい。
「なんで……」
朝は元気だったのに。
分かれて、まだ8時間くらいしか経っていないのに。
生まれた時から一緒にいたのに、離れ離れになった8時間の間に去ってしまった。こんなことなら今日学校へなんか行かなかったのに。
「うぅ……」
通学路には誰もいない。
いや、誰もいない道をわざわざ選んだのだ。
泣いていることが誰にもバレませんようにと祈りながら。バレたら「あの沙織が泣いているー」とからかわれるから。
私こと水野沙織は、顔が派手なだけで根は大人しい性格だ。それなのに心まで派手だと思われているようで、所謂サバサバ系女子と認定されている。だけど私は泣き虫だし、かなり涙脆い。前に告白に失敗した下級生の女子を見て、泣いたことかある。その時に「そんなことで泣くの?」と周りから野次を飛ばされた。
皆が勝手に決めたイメージと違うからって、なぜからかわれないといけないんだろう。そう言い返したい気持ちはあれど友情に亀裂を走らせたくない。だから私はぐっと涙を堪えて「冗談だよ」と笑ってやり過ごした。その日から私は、学校で一度も泣いていない。涙が出そうになった時はとにかく隠れることを心がけている。
今もそうだ。誰にも見られない場所で涙を流している。ハンカチは持っているが、ほとんど濡れてしまって意味が無い。仕方ないから、左右五本の指を代わる代わる使ってこまめに涙を拭いていく。
「ぴ助ぇ……」
かわいい子だった。いつも私の周りを飛んでおしゃべりしてくれた。教えると何でも吸収するから飽きることがなかった。私の名前を言ってくれた時は感動したなぁ。もっともっと教えたいことがあったし、話したいことがあった。だけど、もう叶わない。帰ったらおしゃべりしない冷たいぴ助に会わないといけない。とても耐えられそうにない。
「悲しいなぁ……っ」
大きな涙が一粒がこぼれ落ちた、その時だった。
「こんな所でなにしてんの?」
同じクラスの問題児、佐々木くんが隣に立っていた。「……」あまりにも急なことで言葉を失う。この人、今どこからやって来た?ポカンとした私に近づき、顔を覗き込む。虫一匹も殺したことありません、みたいな純粋無垢そうな顔。佐々木くんは信じられないくらい優しい顔をしている。イケメン特有の甘いマスクに惹かれる女子は多い。特に口元のホクロは人気の一つだ。だけど先述したように、佐々木くんは問題児なのだ。その証拠に、口元のホクロに血が付着している。
「ケンカしてた。今は逃中」
「……」
正直、関わりたくない人物だ。クラスメイトでなければ話さえしたくない。その感情の根底にあるのは、彼への「羨ましさ」だろう。佐々木くんは優しい顔立ちだからこそ、泣き顔が似合うのだ。私とは違う顔の系統、涙を流しても違和感がない。だから何度も「佐々木くんと心を交換したい」と思ったことがある。見た目を変えられないのであれば、心をかえてみたい。佐々木くんに「私の泣き虫をあげるよ」と言ったら、彼は嫌がるだろうか。……嫌がるだろうな。
というのも、本人はケンカ大好き不良少年なのだ。あまり授業に出ない、不真面目な生徒。久しぶりに会えたと思ったら、こうやってケンカをしていたりする。そんな彼が泣き虫だったら大変だ。ケンカになる前に泣きそうだもの。最悪、不良でいられなくなる可能性がある。といっても彼には先生もお手上げらしいから、不良をやめるなら万々歳だろうけど。それに私も佐々木くんから〝けんかっ早い心〟をもらっても困る。一言に「交換」と言っても課題は山積みだ。
「ってか水野、泣いてる?」
「え」
「涙、顔についてるけど?」
「!」
しまった。佐々木くんに会った衝撃で、泣いていたことを失念していた。急いで顔を両手で擦る。結構な涙の量がそのまま頬に残っていただったらしく、両手がびちゃびちゃだ。既にハンカチは使い物にならない。この手をどうしようか。悩んでいると「ん」と佐々木くんから手が伸びる。見ると、彼の手に握られていたのはタオル。
「使いなよ。まだ新品だから安心して」
「新品?佐々木くんが何かに使おうとしていたんじゃないの?」
「大丈夫。ばーちゃんが〝血を拭け〟って勝手に渡してきただけだから」
言い方は雑だけど、そのタオルをわざわざ持ってきている事実に、佐々木くんへの好感度が少し上がる。それにおばあちゃんがいたんだ、初耳だ。
ありがたくタオルを借りて、手についた涙を拭き取る。そんな私を見ながら佐々木くんが「そもそも」と、血がついた口を動かした。
「なんで泣いてたわけ?」
「えっと……」
泣いてたのはバレたから、もう誤魔化しようがないとして。ぴ助が死んだと正直に言っていいものか。もしかしたらからかわれるんじゃ――そう思い佐々木を見る。すると彼は「ん?」と、にっこり笑ったまま首を傾げた。その笑顔を見ると、「事実を言っても大丈夫」と根拠の無い信頼を生むらしい。気づけば私は「飼っていたインコが死んだ」と話していた。
「大事なインコで、すごく可愛かったの」
ぴ助を思い出すと涙が溢れる。せっかく止まっていたのに、振り出しに戻ってしまった。だけど佐々木くんがタオルを貸してくれてよかった。遠慮なく涙を拭き取っていく。同時に「ありがとう」とお礼を言おうとした、その時だった。
「たかがペットのインコが死んだだけで泣いたの?」
衝撃的な言葉が、佐々木くんの口から飛び出す。
彼の口は容赦なく、私に向けて弧を描いていた。



