小道を抜け、大通りに出る。さっきまでと同じように世間話をして、たまに沈黙になって、そんなことを繰り返す。今までと変わらないはずなのに、指先が冷えて、別のことで頭がいっぱいになる。
もしかして、何か話があるのだろうか。
告白。
そう気分が高まる人もいるのだろうけど、私にはとても思えなかった。
もしかして、これが最後と告げられるのかな。
それともただ、本当に散歩をしたかっただけ?
こんなこと考えたって意味がないのに、ぐるぐると思考が駆け巡る。
「そういえばさ、恋愛っぽい話をしたことなかったよね」
「う、うん」
「付き合うならどういう人が良いとかある?」
「や、優しい人かな?」
「たしかに一番大事。あと俺は趣味を理解してくれる人かな」
「あ、私も推しを受け入れてくれないと無理かも」
「だよね。真帆さんは、アプリを始めたきっかけとかある?」
頬をかき、珍しくこっちを見ずにいる彼。どこかぎこちない空気感に、私もつられて緊張してしまう。でもその問いに、私は一安心していた。よかった、ここで終わるわけではないのかと。
きっかけは友人に勧められたからだけど、もっと根本的なことを言えば違う。でもそれを知られてしまっていいのだろうか。
あやふやにしたまま、受け流すこともできる。
だけど、それは正しいことではない気がする。せっかくこうして時間を作ってもらっているのだから、私の姿を知ってもらわなければ意味がない。
「私、彼氏がいたことも、好きな人がいたこともないから。変わりたくて、始めてみたの」
喉に力を込めて、震えそうになる声をどうにか堪える。言葉にした後も、胸の辺りが苦しい。隣が見られない。
けど、彼は「そっかぁ」と納得するような声を漏らす。おそるおそる隣を見ると、彼は宙を見上げ、考えこむように目を細めていた。
「俺も実は、同じような理由なんだよね」
つい「え」と声を漏らして驚いてしまうと、彼は頭をかいて苦笑いする。
「今まで好きって感覚がわからなくて、誰かと付き合ってみたら変わるかなと思ったけど、結局何も感情は芽生えなくて。だから自分の視野の外の人と出会ってみれば変わるかもって思って、始めてみたんだよね」
それを聞いて、モテそうな彼がわざわざマチアプを使っているのが腑に落ちた。たしかにリアルの恋愛では、お互い好きだから恋人になるとは限らないのだから。
「ぶっちゃけると、二回目のデート誘ったの、真帆さんが初めてだったんだ」
「え、他の人は誘わなかったの?」
驚いてつい聞いてしまうと、彼は困ったように頬をかく。
「まあ、そういう感じに進まなかったっていうのもあるけど、俺の方もなんか違うかもしれないと思ったから。まあ、相手もきっと同じこと思ってそうだったけどね」
なぜか申し訳なさそうに彼は視線を下げていた。今まで会った女性に対する罪悪感なのか、そもそもこの話自体が気まずいからなのか。分からないけど、真剣に向き合っているは確かで、誠実な人なんだなと改めて思った。
だからこそ、気になってしまう。
「それなら、どうして私は誘ってくれたの?」
「うーん、わかんないけど、純粋に楽しかったんじゃないかな。元々女子が苦手で、男だけで良いじゃんって思ってたから」
「それは純粋に、私が女の子っぽくないからじゃ……」
たしかに色気やあざとさのかけらもない私からは、女性らしさを感じないに決まっている。おまけにスタイルもよくないし。すると彼は慌てて首を左右に振る。
「いや、そんなことはなくて、ほら、一緒にいて緊張するし、それが楽しいみたいな」
やや早口で言う彼に、私は目を丸くしてしまう。
「緊張、してたんだね」
「それはまあ、さすがに」
少し目を伏せ、語尾を弱くする。同じように、私も俯いてしまう。女性として見られていたことに安心しつつ、意識されていることが急に恥ずかしくなってきた。服とかメイクとか頑張ってよかったと、口角がつり上がりそうになるのを堪える。
「今度はさ、この前話してたアニメ映画観に行かない?」
一つ咳払いをし、途端に別の話題へ変えられる。ちょっと気まずくなっていたから私もそれに乗っかった。
この感じだと、このまま駅まで歩いて解散になるんだろう。次の予定も決まったことで、何も悪いことなんてない。
それなのに、胸の辺りがざわつくのはどうしてだろうか。
ぽつりと、頬に何か触れる。手を広げれば数滴の雫がつき、一気に雨が降り注ぐ。
「やば、雨か」
「私、折り畳み傘持ってるよ」
「まじか。入れてもらってもいい?」
「うん、入って」
急いで傘を差し、半分が彼の体で埋まる。折り畳み傘だからか狭くて肩が触れ、一気に心臓が騒がしくなる。「持つよ」と彼は傘を取ってくれた。
「ごめん、俺が寄り道なんかしたから」
「大丈夫だよ――」
続きの言葉が出る前に、とっさに口を噤む。こんなこと言ったら恥ずかしくて死ぬ。でも、世の中の女の子は恥ずかしくて、こういうところで気持ちを伝えているのかもしれない。私は勢いよく彼の方を向き、目を合わせる。私の中で、無理やり逃げ場を無くす。
「……私も、もう少し一緒にいたいって思ったから」
でもまた目線を落としてしまい、彼から一歩距離を取ってしまう。すると彼に肩を掴まれ、引き寄せられる。
「濡れちゃうから、離れないで」
そう言って、もう少しだけ私の方に傘を傾けてくれる。彼の肩を見れば濡れていて、私の方にずっと寄せてくれていたことがわかる。濡れないように、もう少しだけ彼の方に寄った。すると彼は「ありがと」と囁く。
彼の自然な優しさに触れると、温かくて心地よい。ドキドキするのに、心地よい。変な感情。でもその感情の意味を、私はもう知っている。
好き。
彼の横顔をちらっと見て、想いが溢れる。
恋愛未経験の私でも、はっきりと感情に気づいてしまっている。
少女漫画みたいに告白してくれれば、今すぐにでも受け入れるのに。
でも、そんな悠長なことを思っていて良いのかな。
もしさっきみたいなことが他の女の子と起きて、良い感じになって、それで……。
私は足を止め、彼の手を握る。唇を丸めて、緊張を抑え込もうとしたけど、それでも少しだけ手が震えてしまう。
男性からとか、何回目のデートとか、出会い方とか、そんなものどうだって良い。
言葉にして、伝えないと。
恋を自覚して、彼がまだ誰のヒーローでもない今この時に。
恋のシナリオみたいに、思い描いた結末になるとは決まっていないのだから。
「あの、理央くんに伝えたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「うん、聞くよ」
一瞬目を丸くしたけど、私の目を見据えて微笑む。
じめっとした寒さを甘く溶かすような、柔らかな眼差し。
それを向けられたとき、目じりにクシャっと寄る皺が愛らしく、気づけば私は笑顔になっているんだろう。
心につっかえていたものが、すとんと落ちる。彼と見つめ合い、初めての想いを言葉に乗せた。
「私、理央くんのことが――
もしかして、何か話があるのだろうか。
告白。
そう気分が高まる人もいるのだろうけど、私にはとても思えなかった。
もしかして、これが最後と告げられるのかな。
それともただ、本当に散歩をしたかっただけ?
こんなこと考えたって意味がないのに、ぐるぐると思考が駆け巡る。
「そういえばさ、恋愛っぽい話をしたことなかったよね」
「う、うん」
「付き合うならどういう人が良いとかある?」
「や、優しい人かな?」
「たしかに一番大事。あと俺は趣味を理解してくれる人かな」
「あ、私も推しを受け入れてくれないと無理かも」
「だよね。真帆さんは、アプリを始めたきっかけとかある?」
頬をかき、珍しくこっちを見ずにいる彼。どこかぎこちない空気感に、私もつられて緊張してしまう。でもその問いに、私は一安心していた。よかった、ここで終わるわけではないのかと。
きっかけは友人に勧められたからだけど、もっと根本的なことを言えば違う。でもそれを知られてしまっていいのだろうか。
あやふやにしたまま、受け流すこともできる。
だけど、それは正しいことではない気がする。せっかくこうして時間を作ってもらっているのだから、私の姿を知ってもらわなければ意味がない。
「私、彼氏がいたことも、好きな人がいたこともないから。変わりたくて、始めてみたの」
喉に力を込めて、震えそうになる声をどうにか堪える。言葉にした後も、胸の辺りが苦しい。隣が見られない。
けど、彼は「そっかぁ」と納得するような声を漏らす。おそるおそる隣を見ると、彼は宙を見上げ、考えこむように目を細めていた。
「俺も実は、同じような理由なんだよね」
つい「え」と声を漏らして驚いてしまうと、彼は頭をかいて苦笑いする。
「今まで好きって感覚がわからなくて、誰かと付き合ってみたら変わるかなと思ったけど、結局何も感情は芽生えなくて。だから自分の視野の外の人と出会ってみれば変わるかもって思って、始めてみたんだよね」
それを聞いて、モテそうな彼がわざわざマチアプを使っているのが腑に落ちた。たしかにリアルの恋愛では、お互い好きだから恋人になるとは限らないのだから。
「ぶっちゃけると、二回目のデート誘ったの、真帆さんが初めてだったんだ」
「え、他の人は誘わなかったの?」
驚いてつい聞いてしまうと、彼は困ったように頬をかく。
「まあ、そういう感じに進まなかったっていうのもあるけど、俺の方もなんか違うかもしれないと思ったから。まあ、相手もきっと同じこと思ってそうだったけどね」
なぜか申し訳なさそうに彼は視線を下げていた。今まで会った女性に対する罪悪感なのか、そもそもこの話自体が気まずいからなのか。分からないけど、真剣に向き合っているは確かで、誠実な人なんだなと改めて思った。
だからこそ、気になってしまう。
「それなら、どうして私は誘ってくれたの?」
「うーん、わかんないけど、純粋に楽しかったんじゃないかな。元々女子が苦手で、男だけで良いじゃんって思ってたから」
「それは純粋に、私が女の子っぽくないからじゃ……」
たしかに色気やあざとさのかけらもない私からは、女性らしさを感じないに決まっている。おまけにスタイルもよくないし。すると彼は慌てて首を左右に振る。
「いや、そんなことはなくて、ほら、一緒にいて緊張するし、それが楽しいみたいな」
やや早口で言う彼に、私は目を丸くしてしまう。
「緊張、してたんだね」
「それはまあ、さすがに」
少し目を伏せ、語尾を弱くする。同じように、私も俯いてしまう。女性として見られていたことに安心しつつ、意識されていることが急に恥ずかしくなってきた。服とかメイクとか頑張ってよかったと、口角がつり上がりそうになるのを堪える。
「今度はさ、この前話してたアニメ映画観に行かない?」
一つ咳払いをし、途端に別の話題へ変えられる。ちょっと気まずくなっていたから私もそれに乗っかった。
この感じだと、このまま駅まで歩いて解散になるんだろう。次の予定も決まったことで、何も悪いことなんてない。
それなのに、胸の辺りがざわつくのはどうしてだろうか。
ぽつりと、頬に何か触れる。手を広げれば数滴の雫がつき、一気に雨が降り注ぐ。
「やば、雨か」
「私、折り畳み傘持ってるよ」
「まじか。入れてもらってもいい?」
「うん、入って」
急いで傘を差し、半分が彼の体で埋まる。折り畳み傘だからか狭くて肩が触れ、一気に心臓が騒がしくなる。「持つよ」と彼は傘を取ってくれた。
「ごめん、俺が寄り道なんかしたから」
「大丈夫だよ――」
続きの言葉が出る前に、とっさに口を噤む。こんなこと言ったら恥ずかしくて死ぬ。でも、世の中の女の子は恥ずかしくて、こういうところで気持ちを伝えているのかもしれない。私は勢いよく彼の方を向き、目を合わせる。私の中で、無理やり逃げ場を無くす。
「……私も、もう少し一緒にいたいって思ったから」
でもまた目線を落としてしまい、彼から一歩距離を取ってしまう。すると彼に肩を掴まれ、引き寄せられる。
「濡れちゃうから、離れないで」
そう言って、もう少しだけ私の方に傘を傾けてくれる。彼の肩を見れば濡れていて、私の方にずっと寄せてくれていたことがわかる。濡れないように、もう少しだけ彼の方に寄った。すると彼は「ありがと」と囁く。
彼の自然な優しさに触れると、温かくて心地よい。ドキドキするのに、心地よい。変な感情。でもその感情の意味を、私はもう知っている。
好き。
彼の横顔をちらっと見て、想いが溢れる。
恋愛未経験の私でも、はっきりと感情に気づいてしまっている。
少女漫画みたいに告白してくれれば、今すぐにでも受け入れるのに。
でも、そんな悠長なことを思っていて良いのかな。
もしさっきみたいなことが他の女の子と起きて、良い感じになって、それで……。
私は足を止め、彼の手を握る。唇を丸めて、緊張を抑え込もうとしたけど、それでも少しだけ手が震えてしまう。
男性からとか、何回目のデートとか、出会い方とか、そんなものどうだって良い。
言葉にして、伝えないと。
恋を自覚して、彼がまだ誰のヒーローでもない今この時に。
恋のシナリオみたいに、思い描いた結末になるとは決まっていないのだから。
「あの、理央くんに伝えたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「うん、聞くよ」
一瞬目を丸くしたけど、私の目を見据えて微笑む。
じめっとした寒さを甘く溶かすような、柔らかな眼差し。
それを向けられたとき、目じりにクシャっと寄る皺が愛らしく、気づけば私は笑顔になっているんだろう。
心につっかえていたものが、すとんと落ちる。彼と見つめ合い、初めての想いを言葉に乗せた。
「私、理央くんのことが――



