「ここガトーショコラとプリンが有名みたいっすね」
「そうみたいですね、どっちもおいしそうです」
「ね、めっちゃ迷う」
 QRコードからスマホで読み取ったメニューを、机を挟んで一緒に見合う。私はけっこう悩んでしまうタイプだから、彼も同じことに安心しつつ、私はガトーショコラを選んだ。
「じゃあ俺はプリンにしよっかな。注文しちゃいますね~」
「はい、ありがとうございます」
 テキパキと注文し、カラトリーケースから手拭きを渡してくれる。それにこのカフェを選んでくれたのも彼だった。レトロな雰囲気で壁には絵画のようなインテリアが飾ってあり、とても私では見つけられないような場所。今のところ何もかもリードしてもらって申し訳なくありながらも、これがデートというものなのかなと思った。
 マッチングアプリを始めて二週間が経った今日、私は初めて男性とデートをしている。
 目の前にいる男子、理央くんは私からいいねをした相手だった。
 元々愛花からの情報でいいねをたくさんもらえて、わざわざこちらからする必要はないと聞かされていた。
 でも、やっぱり私からいいなと思った人と出会いたい。
 そう思って勇気を振り絞ったところ、見事理央くんとマッチすることができた。
 彼と会ってみたいと思ったのは、何より穏やかな印象を持ったからだった。写真やメッセージはもちろん、通話した時もそう。きっとスポーティな好青年が来るのだろうと、勝手に思い込んでいた。
 けれど、完全に真逆だった。
 ハイトーンな金髪に長い襟足のウルフ。指には武骨なリングがはめられ、パーカーにワイドデニムと、かなりチャラそうな恰好。おしゃれだとは思うけど、私の雰囲気とは似ても似つかない。
 プロフィール写真とあまりにも違いすぎる。黒髪短髪の男性を想像していたから、最初見た時は別人かと疑ったほど。
 というか、何を話したら良いんだろう。
 そう頭を悩ませつつ、手拭きと自分の指とを交互ににぎにぎしてしまう。このような人種と接したことがなさすぎて、話題が全然思い浮かばない。通話の時は平気だったのに、想定とギャップがありすぎて頭がこんがらがる。
「真帆さんはカフェよく行くんすか?」
 唐突に会話が始まり、「え、あ、はい」と言葉を詰まらせながら返事をしてしまう。
「俺もっす。コーヒー好きで、あとカフェのスイーツもつい食べたくなるんすよねぇ」
 彼は柔らかく目元を細め、目線を合わせてくれる。そのおかげなのか、強張った体が緩んでいく。
「あ、わかります。季節のものとかあると、特に」
「あー季節限定良いっすよね。今だとイチゴ? たしかスタバでも新作出てた気がする」
「ですね。フラペチーノは私なら飲みました」
「え、いいなぁ。うまかったですか?」
 羨ましそうに唇を尖らせ、私もつい口角が上がってしまう。男子相手には失礼なのかもしれないけど、少しかわいいなと思ってしまった。
「はい、おいしかったです」
「やっぱそうっすよね、今度俺も飲もっと」
「ぜひぜひ」
 そう会話が一区切りつくと、ちょうど注文したメニューが届く。ガトーショコラにバニラアイスが乗っていて、余熱で少しとろけていた。
「おいしそう」
「ね、おいしそう」
 そうテンションを上げている彼の方には、サクランボと生クリームが乗ったレトロなプリン。迷って選んだけど、やはりこっちもおいしそう。
 そうじっと見てしまうと、彼の方からそっとプリンを寄せられる。
「一口どうぞ」
「え、良いんですか?」
「いいっすよ、もとからそのつもりだったんで。代わりにそっちも一口良いですか?」
「あ、はい、どうぞ」
 同じようにガトーショコラを渡して、お互い交換して一口を食べた。これなら間接キスにならないで済むと安心してフォークを通そうする。
 だけど、フォークだとどうしても滑ってうまくすくえない。その様子を見てか彼はまだ使っていないスプーンを差し出してくれた。
「大丈夫です、気合でなんとかします」
 なぜか意地になってフォークを使い、震えながらも集中して一口食べることが叶った。ホッと一息つくと、くすっと笑い声が聞こえる。まずい引かれたかなと、とっさに見ると彼は「すいません」と言う。
「一生懸命でなんかカワ……あ、いや、何でもないです」
 彼は途中で口ごもってから、私のガトーショコラを一口食べる。さっきまでの余裕さはなく、どこかせっかちに。私はその様子をぼうっと見ていることしかできなかった。
 え、かわいいって言いかけた?
 一瞬でもそんな思考をしてから、すぐにそんなわけないと思い直す。私がそんなふうに言われるはずがないと。それでも、顔は妙に熱くなってしまう。
 お互い一口食べ終えて元に戻し、また彼の方から話しかけてくれた。レトロカフェに行くとプリンが食べたくなるとか、好きな食べ物とか、お酒は何を飲むとか。あとは一緒の趣味の漫画とアニメの話で盛り上がって、その日は解散となった。
 一緒にいた時間は二、三時間ほどだったけど、あっという間のひと時だった。
 いつの間にか彼の派手な外見も気にならなくなり、何ならそれについて質問できるくらいには打ち解けていた。
 どうやら彼には美容師を目指している友人がいて、カットモデルとして今は金髪になっているらしい。実は服装も彼のセンスではなく、友人に選んでもらったもの。彼自身は流行に疎いから、友人にお任せしているのだとか。私もファッションセンスは皆無で愛花に助けてもらっているから、親近感を湧かずにはいられなかった。
 派手だけど、温かくて、お日様みたいな人。
 また会いたい。そう自然と思えている自分に一番驚いていた。
 それは彼も同じだったようで、帰り際にまた会う日を約束してくれた。今度は一緒に飲みに行くことになっていて、お店はまた彼が探してくれることになった。改めて頼もしい人だなって思った。
 帰りに電車で揺られていると、理央くんからメッセージが来る。
『今日はありがとうございました! とても楽しかったです~』
 おもわず顔が緩んでしまいそうになる。私は急いでトークを開き、『私も楽しかったです!』と即答した。それからもメッセージで他愛もない会話は続いて、気づけば最寄り駅までついていた。
 それから、ふと彼のことを思い出してしまう。彼も大学で講義中かなとか、この漫画好きだって言ってたなとか。良いことばかりではなく、もしかして他の女の子とも会っているのかなって考えたりも。
 理央くんが、私の知らない世界へと彩っていく。
 これが好きっていう感情なのだろうか。
 恋愛免疫ゼロの私には、見当もつかないことだった。