正体は星でもなかった。インスタグラムのエフェクト加工みたいに、ぼやけた輪郭の水玉模様。それがきみのすがたを包み隠してしまうけど。
不器用にからめた指の感触。ホログラムのしぶきが、きみの瞳のまえを横切るとき、ひらいた瞳孔と干渉しあいパステルカラーにかがやくから。きみを側にかんじられる。無彩限のケミストリー。
まばゆい静寂の嵐がすぎ去っていった。ぼさぼさの髪、脱ぎかけのブレザー。身なりを整えることもわすれ、放心の態。ぼくときみの手は繋がれたまま。より親密に結ばれている。指さきから鼓動をかんじる。切実にこいねがう……いつか、夢から醒めても。夢のなかでぼくらはこのままでいられますように。
びっくりしたね。
あの、蒼真さん? めっちゃポーカーフェイスだけど。説得力なさすぎ。わざとらしいため息ひとつ。ぼくの襟もとに両手を伸ばす。ほら、動かないで。ウッディ系の匂いがゆれる。きみの華奢な指が、ぼくのネクタイを手際よく結びなおす。
じゃーん。どうよ? あのころより腕をあげたもんっしょ。ちゃんとした結び方、おとうさんで練習したもんねー。えへへ。
ありがとう。なんだか、ふしぎな気分。もうずっとまえのはずだけど、きのうのことみたい。……ねえ、春希さんはどのくらい憶えてる?
べつに。忘れたこと、ないし。めずらしく素っ気ない声音。蒼真みたいに薄情者じゃないから。
ぼくが返事に窮していると、きみは通常運転のあどけなさでつづける。
へんな嵐はいっちゃったけど、まだちょっと風吹いてる。
うん。涼しくて気持ちいい……秋の入り口みたいな風。春希さん、こういうの好きじゃなかった? 季節の変わりめをかんじる瞬間。
あはっ。よく覚えてたね。これさ、秋の夜風っぽくない? 虫の鳴き声を響かせて、いつも待ち焦がれる、あの切なさにそっくり。
ぼくは奇妙に思う。こんな世界にも風が吹いていること。どういう原理だろう。気温とか自転の概念があるんだろうか。……ううん。火星にも風は吹くし、夢をつかまえて理屈に従わせること自体、ナンセンスかな。
ふと、ホログラムのしぶきから、ひと雫。ガラス玉よりずっとちいさい光が、瞬きで見失いかけるほど儚く、ひらりひらり舞いおりる。軽風とたわむれながら、ふたりの重ねた手に、そっと優しく。



