スノースマイル



 両手をぱんっ、と合わせる。わすれるところだった! ねえ、あれ見える?

 ぼくの肩をつかんで、強引にふり向かせる。はしゃぐように指さすからピントが合わせづらい。

 なんだ、あれ?

 まっさらな空間の果て、あそこは地平線? あたりいちめんオフホワイトの視界で、唯一《《色を帯びている》》ところ。優しい柑子色が、ほたるの発光より長い間隔で瞬いている。地球とおなじ――世界が笑うようなかがやき。

 どのくらい離れているんだろう。ぼくらが叫んでも声は届かなそう。てのひらを翳したら隠しきれるほど遠く、ひときれの景色がうかんでいる。

 あれは河川敷かな。黄金色にそよぐすすきの穂に気づいたとたん、微かにせせらぎをかんじる。それはきっと、プルースト効果の要領。

 どうやら風が吹いているらしい。最初はたんぽぽの綿毛と思った。もしくはコオロギの群れ。違うと気づいたときには魅了されていた。おもわず目をすぼめたくなる煌めき。天の川をひっくり返したような、怒涛のうねり。

 音もなく押し寄せてくる星の津波。ぼくら、どうなっちゃうんだろう。心境は凪いでいる。もし夢で死んだら目を覚ますのかな。

 そしたら。

 もう、きみに会えない……?

 きれい……。かろうじて拾えた、きみの感嘆の囁き。とってもきれい。ねえ、蒼真――

 視界の端っこ、きみの笑顔がとてもきれいだから。永遠のような一瞬、一瞬のような永遠。切なすぎて胸がしめつけられる。

 卒然と湧きたつ「とくべつな感情」。ふりの恋人からずっと、いまに至るまで。《《さよなら》》より遅く、たしかに育ちつづけていることば。

 ずっと、きみのことを――

 言いたくて、比例するように言えなくなる。一往一来の法則。告白の遺灰。奮わなかった勇気の貯金箱を、だけど。

 いま、壊してみせるよ。

 とっさにきみの手を握りしめる。自然に。いつもの習慣みたいに。驚いたきみの顔。ぼくは得意になる。夢物語の世界が、ぼくに魔法をかけて大胆にするみたい。

 おたがい鏡になって見つめ合う。きみが指をからめる。咎めるように。仮にも恋人だった当時の、不甲斐ないぼくをなじるように。ふたりの鼓動のリズムが調和するのをさとった瞬間、星の津波がぼくらを襲いかかった。