あれ、春希さん。どうして……ぼく――鈍い思考がめぐる。透明な車輪の音。あたりいちめんオフホワイトの世界。いま置かれている状況を、トロッコの振動がささやかに証明してくれる。
いつのまにか寝ちゃったみたい。ごめん、春希さんにだけ漕がせちゃって。
えへへ。じつはね……さっき気づいたんだけど。漕がなくても動いてくれるみたい、このトロッコ。すごくない? だから、とっくに漕ぐのさぼってる。さぼって、蒼真の寝顔みてた。
スチール製ハンドルの上、頬杖をついたきみの上目遣い。そのまなざしに奇妙な既視感をおぼえる。いつのことだろう?……あの冬、きみの一番側にいられたころの毎晩。眠りにつく瞬間まで、思い出の貯金箱に保存した「今日限定」のきみの声とかしぐさをループし続けたものだけど。
思い出は瞳に似ている。瞬きを切るたび、埃かぶったストレージに埋もれていく無数の光景。孤独な白内障に閉じられても、同じ温かさに再会できる。くすんで視えてもかがやき自体は風化しない。同じリズムで刻み、ぼくを動かしてくれる。
蒼真。……蒼真。ちゃんと起きてる? あはっ、まだ眠そうな顔してる。きみの指がぼくの袖をくいくい引く。ブレザーの下、ワイシャツのかわりに着こんだパーカーの袖。
ひさしぶりに舞い降りる記憶のかけら。恋人ごっこ期間のほとんど終盤。もとどおりすらかなわない距離に引きはなされる数日まえ。ふだんのノリで、きみが軽口をたたく。「蒼真だから許されるファッションだよね、それ。背伸びしてる田舎のヤンキーみたいな。ダサかわいいっていうやつ?」的なニュアンスのことを。冥色の街、寂然としたローカル駅のホーム。世界が示し合わせたように「ふたりっきりの圏域」。「きみといる今日」を、めいっぱい引きのばす帰り道。
ふふっ、冬眠まっ最中のカエルみたいな目。なつかしいな。あなたってば、居眠りの常習犯だったよね。窓ぎわの席で船を漕いでるところ、こっちのクラスが体育のとき、グラウンドからめっちゃ見えたもん。
頭の片隅が疼く。ぼくもそう。選択テニスのグラウンド、洗練されたフォームのきみに釘付けだった。渦巻く喧騒のなか、きみの掛け声しか聴こえなかった。
移動授業の渡り廊下、全校集会のアリーナ棟、昼休憩の売店。とても数えきれない。校舎のどこもかしこも、きみにまつわる記憶を映す、さわがしいプロジェクターに変貌していく。
か、カエルって……。もっと他の例えがよかったかな。あはは……。
えーなんで? かわいいじゃん、カエル。あたし好きなのにー。



