スノースマイル



 まっすぐな瞳がぼくをつかまえる。ぼくは魔法のようにうごけなくなる。この不合理かつ無秩序な空間で、時間は通っているんだと気づかされる。

 あたしと一緒に乗りたいんでしょ?

 とっぴな辞遣い。ぼくの頭はまっ白になる。そんなつもりは毛頭なかった。けど……まあ、乗れるなら乗ってみてもいいかな。思わず返事に窮していると、

 あいかわらずシャイなんだから。ちょうどふたり乗りできるタイプだし、いいよ。その勝負受けて立つ!

 オートマチックに進行する会話。そもそもこれ、どういう基準で勝敗をつけるんだろう? ぼくの疑問を置きざりに、きみは颯爽と駆けていく。ほら、蒼真。早くっ。唖然とするぼくを手招きしながら。

 一拍遅れてわれに返る。追いつこうと焦り、足がもつれる。わっ、あぶないよ蒼真! 慌てて踵を返したきみが、めいっぱい手を差しだす。とっさにぼくも手を伸ばす。握りしめたとたん、さらにバランス感覚を失い、ふたりそろって不格好なけんけんぱ擬きをくり返す。

 ようやく体勢を整えられたころ、ぼくらの息は切れぎれだった。折り紙の切り絵みたいに、おなじポーズで向きあいながら。ぎこちなく両手を繋いだまま、ごまかすような笑みを交わしながら。

 だいじょうぶ? 気をつけないと。

 うん。……ごめん、ありがとう。

 ちょっと、そんなに照れないでよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃん。拗ねた口調できみも視線をそらす。あたしら……登下校のときとか、ふつうに繋いだりしたもん。おぼえてるでしょ?

 当たりまえじゃないか。やっぱり声にならない。おぼえてるに決まってる。ずっと、あのころの記憶に囚われているから。

 ぼくらが手を繋いでいたのは、恋人のふりをしなきゃいけなかったからでしょ。それこそ言葉にできない。

 不用意な立ち振る舞いひとつで、このふしぎな空間の調和がみだれることだけはご免だった。


 本気で思えるから。果てしなくまっ白な、退屈すぎるこんな世界だろうと。きみがいるなら、永遠も……わるくないかなって。


 おはよう、ねぼすけ蒼真くん。夢のなかで眠っちゃうなんて、さすがだよねぇ。