あーね、そうなんかも。間の抜けたきみの声。だって、ほら。
ぼくの真うしろを、きみが指さす。鼻腔をくすぐるウッディ系の香り。人懐っこいコートの袖がぼくの頬にふれ。肩ごしにふり返るとレールトロッコがぽつん、と停止してる。
こんなの、さっきまでなかったよね。
うん。うつけた頭でこたえる。なかったと思う。あったとしても、見えてなかった。
なんかそれ、めっちゃ哲学じゃん。ほんとうはずっと目のまえにあったけど、見ようとしなかっただけ。みたいな?……そういう考え方、蒼真っぽいな。
きみは猫みたいな顔で目を細める。よいしょと起きあがり、ホコリひとつないスカートの裾をぽんぽんはたく。
さすが夢の国じゃん。なぜか誇らしげに胸を張るきみ。そうこなくっちゃね。
春希さん、適応力高くない? すっかりこの世界になじめてる。
こういうのは楽しんだもん勝ちでしょ? あたしらはいま、ここの住人なんだし。
そういうところは春希さんらしいな、と思う。思うだけで口にすることはなかった。いつもそう。コーヒーを濾すペーパーフィルターよりもっと、思いうかんだことばを声に乗せるには時間がかかる。タイミングを見誤り、逸して胸のなか、ずっと迷子のまま。
変わりたいけど変われなくて。ブックシェルフに収納しきれない、ため息混じりのひとりごと。後悔するのは行動していないから。おとなになったいまでも変わらない。
きっと、きみがうらやましかった。あいてが先輩だろうと教師だろうと、ためらわず反論できちゃうきみが。芯の通ったまなざしが、声が、信念が。たったひとつの冬、だれよりきみの側にいたからこそ知り得たパーソナリティ。めったに思い出さないけど、ちゃんと憶えていた――顔なじみの劣等感。
動くのかな、あれ。レールも敷かれてないけど。銀河鉄道みたいに天の川まで行ったりして。
何となくばつが悪くなり、ぽそっと呟く。きみは弾かれたようにふり返る。ねえ。あなたがいま考えていること、当ててみよっか。



