スノースマイル



 きゃはっ。早くたすけてぇ、落ちたら蒼真のせいだからねー? ぼくの腕にしがみつき、ちからいっぱい体重をかけてくる。

 そのとき……だしぬけに辻褄が合う。ふざけたり冗談をいったり、こどもみたいにはしゃいだり。あのころ、きみが投げかけてくれていた、無数のヒント。表情とか仕草に秘められたメッセージ。ひたむきなシグナルを、ぼくはことごとく汲みとれなかったこと。

 たったひとつの冬のなか。きみがだれかと親しくしているところを、いちども見たことがなかった。窓ぎわのいちばん後ろの席、もの憂げに頬杖をつく横顔。それは見慣れた光景。きみのクラスのホームルームは長いことで有名だった。いつもいちばん乗りの特等席――廊下に面したガラス扉からのぞける、ちいさな別世界。

 なにかのきっかけで教室全体が喧騒に包まれても、きみだけ笑い声の外側にいて。

 だから……嘘みたいだったよ。たまに目が合うたび、ぱっと花が咲くように笑ってくれること。教科書にかくれて変顔したり、ふざけてウィンクしたり。

 こつ然と、ふたりだけで精いっぱいの国のできあがり。時間も色も、会話さえうかつに忍び入れない、だれにも邪魔されない場所に招かれてしまうことが。

 その理由に気づけなかった。知る由もなかった。ううん、手がかりはあった。先述したとおり、きみはずっと手を伸ばしてくれていたから。……自惚れすぎかもだけど。

 あの笑顔がほんもので、ぼくの想像とおなじ意味を湛えてくれていたのなら。もっと甘えさせてあげればよかった。ぼくの側で、こどものように笑ってくれるきみを。信頼してるから、わがままを言ってくれるきみを。もっとずっと、目に焼きつけておけばよかった。きみの居場所になってあげたかった。あげればよかった。

 きみは転校生だった。おまけに、つぎの転校がきまっていた。二ヶ月半のタイムリミット。ぼくらにとって、あまりにも時間がなかった。どんなに思い出を挟んでも、圧倒的に足りなかった――ずっと、きみの居場所になるためには。


 わわっ。蒼真、ちゃんと引っぱって……! 思わずちからが緩み、ぼくらは滑稽に転んでしまう。

 ごめん、春希さん。ケガしてない? とっさに庇おうと抱きとめた腕のなかで、きみの肩がゆれている。笑いをかみ殺した、声にならない声。

 ううん、あたしは大丈夫。助けてくれてありがとう。涙目になってぼくのからだをぺたぺた触る。蒼真こそ大丈夫? 痛かったでしょ?

 全然へいきだよ。やっぱり夢の世界なのかな、ここ。