ありありと蘇る想い。ぼくらは学校の帰り道、いつも遠回りしたくなった。ふたり乗りの自転車で、きみの家にたどりつくアプローチを星の数くらい拾いあつめた。平等に刻みつづける時計のうらめしさ、送電鉄塔に沈みかける宝石の夕日が、瞼のうらに再燃する。
もちろん憶えてるよ。棘のある声。ふり返らなくても唇を尖らしている表情が思いうかぶ。あたしが風邪ひいたから中止になっちゃったやつね。
それは冬休みの花火大会じゃなくて? ちがうよ。花火は蒼真が日付けを勘ちがいしてバイトの予定いれちゃったからリスケしたんじゃん。はーあ、思いだしたらむかついてきた。ばか蒼真。
きみはなんどもぼくの肩を押すけど、びくともしないものだから終いには体当たりする始末。まったく……まったくもうだよ、まったく。
ぼくは平謝りしながらなだめる。あはは、ごめん。ぼくの記憶が混同してたみたい。
あたし、ちゃんとおぼえてるのになー。拗ねた声でなじる。頬をふくらませながら愚痴をこぼす、きみの高等技術。ていうかさ。
ていうか、誘ったのあたしだもん。蒼真の部屋でいっしょに観た映画に、草原のなかを手漕ぎトロッコで駆けぬけるシーンがあったんだよ。カップル同士でさ。
うん。ふたりで何回も巻き戻したよね、リモコン争奪戦になってさ。どうしてだろう。あのシーンだけ、とっても印象に残ってるんだよな。映画の内容はわすれちゃったけど。
なによ、おぼえてるじゃん。わざと知らないふりしたんだ。蒼真のいじわる。
ううん、そうじゃなくて。そこだけ憶えてたんだよ。いっしょに観た映画のことだけ。
ふうん。ま、いいんだけど。だからね、あたしから誘ったわけよ。 そっちはきれいさっぱりわすれちゃってるみたいですけど。
春希さんには、いつも迷惑かけました。
ちゃんと、いまもかけられてるのよ。
ふいに視線がふれ、鏡のように破顔する。ぼくの脇腹を、きみの肘が小突く。くすぐったくて身をよじった拍子に、きみは体勢をくずし、とっさにぼくの腕がきみを抱きとめる。
あぶないよ春希さん。注意するぼくのことばをかき消す、きみの豪快な笑い声。



