ふしぎな原理。些細なきっかけひとつ、声の調子とかしぐさで。あのころの関係値に巻きもどせる。ほんとうに? ぼくは自問自答する。きれいさっぱり、元通りになれる? あれは六年まえの冬。ぼくらは高校一年生で、付き合っていた。
正確には恋人のフリだけど。おまけにニヶ月半というタイムリミット付き。恋愛という作業は脆く、ぼくは幼かった。正解にこだわるあまり間違った手順を踏んで、きみを傷つけたりもした。
げんきそうでよかった。人さし指でぼくの胸を小突く。それに全然変わってないみたい。
そうかな。春希さんがいうなら、そうなのかも。
ううん、そうじゃなくて。
そっと目を伏せる。すべてを見透かしたような含み笑い。ぼくは思い知る。空白の六年を、ひと息でとびこえて。ふたりだけの時間がほんものだったこと。もっと一緒にいたかったこと、きみへの想いが演技じゃなくなっていったことが、きみの表情で証明されるから。
変わらないでいてくれたってこと。良い意味でいってるんだから。そう落ちこみなさんな。
やっぱり……かなわないよ。胸のなかで、そっとこぼす。なにか言うべきか悩んだけど、けっきょくどれも腑に落ちなくて。ことばの弱さにもどかしくなるばかり。
ぼくの頬をきみの視線がくすぐる。一歩、二歩ときみに近づく。目はそらしたまま。スクールコートの袖を軽く引っぱり、
せっかくだし歩いてみない? まっ白な空と大地がかさなる遠くかなたを指さす。ぼくらがここにいる意味、わかるかも。
うん、そうだね。きみは曖昧にうなづく。ここにいてもしょーがないし。気もそぞろに視線を泳がす。ていうか……いまさらだけど、制服着てるの恥ずかしくなってきた。あたしらのこれ、コスプレっしょ?
しぼんで消え入りそうな声と対照的に、ちいさな貝殻の耳は赤らんでいく。自信なさげな上目遣い。ぼくは意表を突かれる。きみの反応がめずらしくて。
いいじゃん。ぼくらはいま、高校生みたいだし。あのころみたいに制服デートってことで。
ふうん。そんなふうに誘ってきたこと、いちどもなかったのに。
まっさらな無の世界に鳴りひびく、コインローファーの革鳴り。自然と調律されてしまう足音のユニゾン。もし、あのころみたいに雪が降りつもっていたら。おなじ歩幅で刻まれているだろうな。足跡のℓ//m。
急に思い出したことがあるんだけど。
しれっと話逸らされたし。
トロッコに乗りたいって言ったことあったじゃん? おぼえてないかな。ほら、廃線のうえを漕いで走るやつ。音楽室から見わたせる山岳地帯の針葉樹林のすき間から、晴れの日は走ってるところが見えてさ。いっしょにやりたいねって誘ったことがあったんだけど。けっきょく達成できなかったなーと思って。



