どーんっ。
唐突に背中をおされ、転びかける。一歩、二歩――三歩めで、かろうじて踏みとどまる。ふり返ると春希さんがいた。こどもみたいに満面の笑みで。
あははっ。蒼真ってば、しっかりしてよ。ちょっと押しただけじゃん。
青空が割れそうなくらい響きわたるきみの笑い声。……青空? ぼくは目を疑う。今さっきまで、ここは夜だったはずなのに。
お腹をかかえて、目もとになみだを浮かべるきみのすがたを、朝の日ざしが照らす。
ねえ、いつのまに朝になったの?
何のこと? びっくりして頭おかしくなっちゃったかな。
きみは困ったように眉をひそめ、適当にあしらう。あの日の放課後……《《いつもの》》、《《最後の帰り道の再現》》を、きみは共有していないようだった。
あの日の放課後を思い返す。いっしょに下校した、最後の帰り道。
他愛のない、とりとめなく交わされる会話。自由なシームレス。ほとんど夜の手前。伸びていく影を恨みながら、宙ぶらりんの「また明日」。心残りのふるさと。
おたがいに委員会活動とかバイトがあっても、下校時間を合わせる。少しでもいっしょにいられるように。そういう暗黙のルールがあったし、ぼくは嫌いじゃなかった。
ずっと「もしかしたら」を、ひそかに期待していた。ぼくらの関係はこれから始まるんだと。ほんとうの恋人になれるかもしれないと。この日かぎりで、ふたりの恋人ごっこは幕を引くことになるとも知らず。みじめな思いあがり。修復不可避のすれちがい。
ぼくは教室のロッカーに手袋をわすれちゃって。きみの手袋――ぼくがクリスマスプレゼントにあげた手袋を片っぽ貸してもらって。はめてないほうの手をきみとつなぎ、ぼくのスクールブレザーのポケットのなかで体温を分け合った。
ぼくにとって「これから」の、きみには「これまで」だった、あの帰り道。
どうして教えてくれなかったんだろう。堂々巡りの自問自答。きみが転校すること。あの日が会える最後の日だったこと。
こんなぼくでも、きみの心のどこかに住めることを許されるなら。どんなことばでもいいから、伝えてほしかった。言葉じゃなくたってよかった。
どうして。ぼくは、ちゃんと――きみから伝えてもらえるように、立ち振る舞えなかった? もっと本音で語りあえる居場所になれなかった……?



