◇◇
「──なんか望月痩せた?」
「……分かる……!?」
とある日のお昼休み。机をくっつけて一緒にご飯を食べていた友達の海野くんにそう言われ、空のお弁当箱を片付けるのもそこそこに僕は身を乗り出す。
「なんと、この2カ月で4キロ痩せました!」
「マジで?すげぇな」
「へへ、制服はまだちょっとキツイんだけどね」
“素敵な彼氏にお姫様抱っこをしてもらう”という小学生の頃からの夢を捨てきれず、ダイエットを決意してから2カ月。高校入学時の体重に完全に戻ったとは言えないものの、僕の減量計画は順調に進んでいた。
「そーだよな、俺の手作りスイーツ食わなくなってからお前随分楽しそうだしなぁ」
「そ、それは本当にごめんね?」
感心する海野くんの隣で購買のパンを食べていた山根くんが、中身のなくなった袋を縛りながらジト目で僕を見てくる。
「もうちょっとコントロール出来るようになったらまた山根くんの作るお菓子食べたいって思ってるんだけど……」
「っていうか最近は放課後遊んでくれないのも腹立つ!今日こそ付き合ってもらうからなっ」
「それが、今日はバイトがあって……」
「じゃあ終わるまで待ってる!夜には海野も部活終わってるだろうし、久しぶりに三人で晩メシ食おうぜっ」
「賛成。望月ダイエットとほぼ同時にバイト始めちゃったから放課後集まれてなかったし。言って、ダイエット中の外食ってどうすれば良いんだろうな?」
「あっ、自分の食べる分はちゃんと選ぶから僕のことは気にしないで二人の好きなお店選──」
「──基本は桜太クンの言う通り食べるもの選べばどこでも問題ないけど、メニューが豊富で選べるファミレスが無難かな」
「桑原くん!」
「桜太クン、お昼食べ終わった?」
「うんっ」
そこで僕の後ろからす、とやって来たのは桑原くん。同じクラスで、この2カ月食事制限の基本を僕に教えてくれた人だ。
「ちなみにオレだったら焼肉行く」
「えっ、焼肉って太りそうなイメージなんだけど……」
「白米食べ過ぎないとかなるべくタレは使わないで塩で肉食べるとかすれば大丈夫。牛肉の赤身はダイエット中にも嬉しい成分がたくさん含まれてるし──あ、来週にでも一緒に行く?桜太クン食事制限ちゃんと頑張ってるから奢ってあげる」
「マジか、ごちそうさまでーす!」
「俺も部活休んで参戦するわ」
「山根と海野には言ってないし」
焼肉に誘われ僕が返事をする前に食いついた山根くんと海野くんに、シッ、シッ、と片手を振って追い払う仕草をする桑原くん。2ケ月前までは桑原くんを遠巻きに見ていた二人だけど、僕がダイエットを始めてからこうして彼と少しずつ関わるようになった結果今ではだいぶ親しげ(?)だ。
「お前がわざわざ俺らのところに来たんだろーが!あとしれっと望月のこと下の名前で呼ぶようになったのスルーしてやらないからなっ」
「ちゃんと桜太クンの許可もらって呼んでるんだから問題ないでしょ。……オレのこともリヒトって呼んでいーよって言ってんのに全然呼んでくれないんだよね」
「なんとなく照れくさくて……。ごめん……」
「へっ、それ見たことか!望月はなぁ、信頼した奴じゃないと下の名前を呼ばないんだよ!」
「落ち着け山根。その理論でいくと俺たちも信頼されてないことになる」
「はぁ!?嘘だろ望月!!」
「呼び方関係なくみんなのこと信頼してるよっ。それより桑原くんっ、何か用事があってこっちに来たんじゃない?」
これ以上は収集がつかなくなりそうだと、どこかの席から借りてきたらしい椅子を僕の隣に持ってきて座る桑原くんにそう切り出す。
「あーそうそう。……桜太クン、昨日食べたものLIMEで送って来なかったでしょ」
「あっ……」
桜太くん頑張ってるから──と褒めてくれた時よりもだいぶ低い温度で言う桑原くんに、その場凌ぎで話を振った数秒前の自分を恨めしく思いながら目を泳がせる。
食事制限を始めるとなった時に、その日食べたものを毎日寝る前に桑原くんにメッセージアプリのLIMEで報告すると約束したんだけど、昨日は学校の課題とか部屋の掃除に追われているうちに日付が変わる直前にその日の食事内容を送ってないことに気づいた。桑原くんは送った後必ず電話であのメニューのここが良いとかこの間食はこうするとカロリーを抑えられるとか丁寧に教えてくれるから(フィードバック?っていうらしい)、あの時間にそれをさせてしまうのは気が引けて敢えて送らなかったのだ。
「思い出したの夜中だったから……。でも今朝ちゃんと送っ」
「桜太クンからだったら何時でも大丈夫だよ。いつも送ってきたのが来ないと心配になるから、次はどんなに遅くなってもちゃんと送って?」
「わ、分かった……心配かけてごめんね」
「分かってくれたなら良いよ。で、今日の夜は外食行くんだよね?解散したら連絡して、迎え行く」
「えっ?そんな、そこまでしてもらうのはさすがに悪いよ!」
「どっちみち今日は学校終わったら撮影で外いるし、帰りは桜太くんの家の近く通るんだから大した手間じゃないよ」
「でも……っ」
「ちょーっと待った!」
そこで席から立ち上がりこちらへ駆け寄って来た山根くんが、痩せたと言ってもまだまだ平均より重めな僕が座ったままの椅子を「うっ」と苦戦する声を漏らしながら動かして──そうして空けた桑原くんとのわずかな隙間に自分の身体を捻じ込んでくる。
「お前これ密着し過ぎっ、望月だってちっちゃい子供じゃないんだから夜遅くなっても自分で帰れるっつの!」
「そうかもしれないけど。……桜太クン誰にでも優しいし、勘違いした変な奴がつけ狙ってるかもしれないでしょ」
「俺からすればお前も変わらねーから!」
「……は?」
「ちょっ、ちょっと二人ともやめ……」
「──望月」
何やら僕のせいで一触即発の状態になった二人を止めようと立ち上がると、片腕を海野くんに引かれて桑原くんたちから少し離れたところへ誘導される。
「あの二人は放っといて良い。……それより、お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫って……?」
「あいつだよ」
あいつ、と言って海野くんが顎で指したのは、威嚇を続ける山根くんに対して面倒くさそうな態度を隠しもしない桑原くん。
「最近あいつお前に対してすごくね?食った飯送れとか、今日も俺らと解散したら迎えに行くから教えろとか」
「ああそれは……実はここ2ヶ月桑原くんにダイエットのこと色々教わってて」
「だとしても迎えに行くとかはダイエット関係ないから。2ヶ月前に始めたバイトだって、桑原の紹介だろ?」
「うん、桑原くんのお母さんが経営してるカフェ。バイト中は結構歩き回るから良い運動になるし、スタッフさんみんな優しくて賄いもおいしいんだよ」
前回のバイト終わりに食べた彩り豊かな豆腐ハンバーグプレートと元モデルだというオーナー ──もとい桑原くんのお母さんの朗らかな笑顔を思い出しながらそう答えるけど、海野くんの表情は『そういう問題じゃない』と言っている。
「家族にも会わされて確実に外堀埋められてるじゃん。そんな執着されて望月は嫌じゃねぇの?どっかでビシッと言わないとずっと彼氏ヅラされるぞ」
「……」
ここでなんとなしに桑原くんの方を見るとタイミング良く目が合ってにこ、と微笑まれる(山根くんとの会話の内容は、いつの間にか僕に食べさせてもギリギリ許せる低糖質スイーツの話に変わっていた)。
「……彼氏ヅラ……」
海野くんの言う通り、ダイエットについて桑原くんに色々教わる中で、毎日通話をしたりバイトの時や今日みたいに帰るのが遅くなりそうな日は必ず家まで送ろうとしてくれたりと、まるで恋人同士でやることみたいだなと思うことは何度かあったけど――それを嫌だなんて思ったことはない。
──嫌……じゃ、ない。
──むしろ──……。
恋愛対象が同性で、恋愛は少女漫画で学んだ僕が、桑原くんみたいな見た目も中身も綺麗な男の子にこんなに気にかけてもらって、ときめかないわけがない。……僕がダイエットの最終目標として掲げているお姫様抱っこだって、彼がしてくれたらどんなに幸せだろうって、夢見てしまった瞬間も正直言うとあった。
──だけど。
『好きな子が一人で教室に残ってるの見かけた時は即会いに行っちゃうし』
2ヶ月前、桑原くんの家で食事制限仲間になると決めた時に彼が言っていたことが思い出されてチリッ、と胸の内側が痛む。
──桑原くんには他に好きな人がいる。
初めてそんな話を聞いた時はモデル仲間じゃなくてこの学校の人なんだ、女子にとっては夢のある話だよな。なんて軽く聞いていたけど、桑原くんの“唯一の食事制限仲間”として2ヶ月間いっしょにいた今では別の感情が芽生えている。……きっとこの気持ちは、これ以上育てちゃいけないやつだ。
「望月?」
「あっ、ごめん。確かに桑原くんって彼氏っぽいなって思って。……結構スパルタな彼氏」
「ふは、なんだそれ。まぁお前が気にしてないなら良いんだけど」
心配そうにこちらを見たままだった海野くんに冗談めかして答えると、少し笑ってから「何かあったらすぐ相談しろよ」と軽く僕の背中を叩いて話を終わらせてくれた。
──実際、桑原くんと付き合えた人はすごく甘やかしてもらえそうだな。
そんな幸運な人って一体誰なんだろう。モデル仲間じゃないと言っても、きっと桑原くんの隣に並んでも全然違和感のない人なんだろうな。うちのクラスで言えば、いつも近くにいる葉山さんとか?
「──桑原、そろそろこっち帰ってきて」
なんて桑原くんの好きな人に思いを馳せていると、ちょうど候補に上がった葉山さんがやって来る。クラスで1番目立つ女子のグループに所属している彼女は、クールビューティーっていう言葉がしっくり来る容姿とモデル顔負けのスタイルの良さから、とあるSNSでは1万人近いフォロワーが付いているらしい。
「最近アンタとちゃんと話せなくて他のみんなも寂しがってる」
「たまたま葉山のグループと席近いだけなのにそんなこと言われても困るんだけど」
「はぁ。──で、アレ聞いてくれた?」
「アレ?なんの話?」
「やっぱ忘れてる。……山根、海野」
もうすぐお昼休みも終わるしここで席の近い桑原くんと葉山さんがいっしょに戻るのかなと思いきや、次に彼女が声をかけたのは山根くんと海野くん。
「隣のクラスの私の友達がアンタたちのことかっこいいって言ってて、LIME教えてほしいんだって」
「LIME?」
「……あー」
時々忘れちゃうけど、山根くんと海野くんは僕と仲良くしてくれてるのが不思議なレベルで女子に人気があるんだよな……と一人心の中で頷くけど、当の二人はLIMEと聞いた途端に顔を顰めている。
「悪いけど俺、そういうの興味ないから」
「俺もパス。基本LIMEは望月と海野からのしか見ねぇし」
「……そ。友達に言っとく」
その返事に葉山さんがなぜか僕の方をちらりと見てから頷いたのとほぼ同時に、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
「次って確か数学だよね、昨日やった課題出しとかなきゃ」
「飯の後の数学とか寝る自信しかねーわ」
「山根お前、今日も寝たらマジで成績に響くからな」
「あ、桜太クンそっちぶつかるよ」
「えっ?あっ、ありがとう……!」
お昼ご飯を食べるためにくっつけた机をみんなで直したあと、課題を持ってくるためにロッカーへ行こうとして、前からやってきた他のクラスメイトとぶつかりそうになった僕を桑原くんがさりげなく肩に手を回してぐっ、と抱き寄せて回避させてくれる。お礼を言うのもそこそこに速やかに離れ……ようとすると逃がさないとばかりにがっちりとホールドされて、
「今日の夜は絶対に迎えに行くから」
と僕にしか聞こえないくらいの声量で囁かれた。
「分かった?」
「わ、分かった……。お願いします……」
「うん」
こくこくと小さく頷く僕を見て満足げに頷いた桑原くんにそこでやっと解放してもらい、ひら、と片手を上げながら自分の席へと戻っていくその背中を見送る。
──だからっ、桑原くんは僕が数少ない食事制限の仲間だから優しくしてくれてるだけなんだってば!
連続で訪れた少女漫画のような展開に心の中で踊り狂う自分を押さえつけるのに必死だった僕は──残された葉山さんがどんな顔でこちらを見ていたかなんて、気づくはずもなかった。
「──なんか望月痩せた?」
「……分かる……!?」
とある日のお昼休み。机をくっつけて一緒にご飯を食べていた友達の海野くんにそう言われ、空のお弁当箱を片付けるのもそこそこに僕は身を乗り出す。
「なんと、この2カ月で4キロ痩せました!」
「マジで?すげぇな」
「へへ、制服はまだちょっとキツイんだけどね」
“素敵な彼氏にお姫様抱っこをしてもらう”という小学生の頃からの夢を捨てきれず、ダイエットを決意してから2カ月。高校入学時の体重に完全に戻ったとは言えないものの、僕の減量計画は順調に進んでいた。
「そーだよな、俺の手作りスイーツ食わなくなってからお前随分楽しそうだしなぁ」
「そ、それは本当にごめんね?」
感心する海野くんの隣で購買のパンを食べていた山根くんが、中身のなくなった袋を縛りながらジト目で僕を見てくる。
「もうちょっとコントロール出来るようになったらまた山根くんの作るお菓子食べたいって思ってるんだけど……」
「っていうか最近は放課後遊んでくれないのも腹立つ!今日こそ付き合ってもらうからなっ」
「それが、今日はバイトがあって……」
「じゃあ終わるまで待ってる!夜には海野も部活終わってるだろうし、久しぶりに三人で晩メシ食おうぜっ」
「賛成。望月ダイエットとほぼ同時にバイト始めちゃったから放課後集まれてなかったし。言って、ダイエット中の外食ってどうすれば良いんだろうな?」
「あっ、自分の食べる分はちゃんと選ぶから僕のことは気にしないで二人の好きなお店選──」
「──基本は桜太クンの言う通り食べるもの選べばどこでも問題ないけど、メニューが豊富で選べるファミレスが無難かな」
「桑原くん!」
「桜太クン、お昼食べ終わった?」
「うんっ」
そこで僕の後ろからす、とやって来たのは桑原くん。同じクラスで、この2カ月食事制限の基本を僕に教えてくれた人だ。
「ちなみにオレだったら焼肉行く」
「えっ、焼肉って太りそうなイメージなんだけど……」
「白米食べ過ぎないとかなるべくタレは使わないで塩で肉食べるとかすれば大丈夫。牛肉の赤身はダイエット中にも嬉しい成分がたくさん含まれてるし──あ、来週にでも一緒に行く?桜太クン食事制限ちゃんと頑張ってるから奢ってあげる」
「マジか、ごちそうさまでーす!」
「俺も部活休んで参戦するわ」
「山根と海野には言ってないし」
焼肉に誘われ僕が返事をする前に食いついた山根くんと海野くんに、シッ、シッ、と片手を振って追い払う仕草をする桑原くん。2ケ月前までは桑原くんを遠巻きに見ていた二人だけど、僕がダイエットを始めてからこうして彼と少しずつ関わるようになった結果今ではだいぶ親しげ(?)だ。
「お前がわざわざ俺らのところに来たんだろーが!あとしれっと望月のこと下の名前で呼ぶようになったのスルーしてやらないからなっ」
「ちゃんと桜太クンの許可もらって呼んでるんだから問題ないでしょ。……オレのこともリヒトって呼んでいーよって言ってんのに全然呼んでくれないんだよね」
「なんとなく照れくさくて……。ごめん……」
「へっ、それ見たことか!望月はなぁ、信頼した奴じゃないと下の名前を呼ばないんだよ!」
「落ち着け山根。その理論でいくと俺たちも信頼されてないことになる」
「はぁ!?嘘だろ望月!!」
「呼び方関係なくみんなのこと信頼してるよっ。それより桑原くんっ、何か用事があってこっちに来たんじゃない?」
これ以上は収集がつかなくなりそうだと、どこかの席から借りてきたらしい椅子を僕の隣に持ってきて座る桑原くんにそう切り出す。
「あーそうそう。……桜太クン、昨日食べたものLIMEで送って来なかったでしょ」
「あっ……」
桜太くん頑張ってるから──と褒めてくれた時よりもだいぶ低い温度で言う桑原くんに、その場凌ぎで話を振った数秒前の自分を恨めしく思いながら目を泳がせる。
食事制限を始めるとなった時に、その日食べたものを毎日寝る前に桑原くんにメッセージアプリのLIMEで報告すると約束したんだけど、昨日は学校の課題とか部屋の掃除に追われているうちに日付が変わる直前にその日の食事内容を送ってないことに気づいた。桑原くんは送った後必ず電話であのメニューのここが良いとかこの間食はこうするとカロリーを抑えられるとか丁寧に教えてくれるから(フィードバック?っていうらしい)、あの時間にそれをさせてしまうのは気が引けて敢えて送らなかったのだ。
「思い出したの夜中だったから……。でも今朝ちゃんと送っ」
「桜太クンからだったら何時でも大丈夫だよ。いつも送ってきたのが来ないと心配になるから、次はどんなに遅くなってもちゃんと送って?」
「わ、分かった……心配かけてごめんね」
「分かってくれたなら良いよ。で、今日の夜は外食行くんだよね?解散したら連絡して、迎え行く」
「えっ?そんな、そこまでしてもらうのはさすがに悪いよ!」
「どっちみち今日は学校終わったら撮影で外いるし、帰りは桜太くんの家の近く通るんだから大した手間じゃないよ」
「でも……っ」
「ちょーっと待った!」
そこで席から立ち上がりこちらへ駆け寄って来た山根くんが、痩せたと言ってもまだまだ平均より重めな僕が座ったままの椅子を「うっ」と苦戦する声を漏らしながら動かして──そうして空けた桑原くんとのわずかな隙間に自分の身体を捻じ込んでくる。
「お前これ密着し過ぎっ、望月だってちっちゃい子供じゃないんだから夜遅くなっても自分で帰れるっつの!」
「そうかもしれないけど。……桜太クン誰にでも優しいし、勘違いした変な奴がつけ狙ってるかもしれないでしょ」
「俺からすればお前も変わらねーから!」
「……は?」
「ちょっ、ちょっと二人ともやめ……」
「──望月」
何やら僕のせいで一触即発の状態になった二人を止めようと立ち上がると、片腕を海野くんに引かれて桑原くんたちから少し離れたところへ誘導される。
「あの二人は放っといて良い。……それより、お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫って……?」
「あいつだよ」
あいつ、と言って海野くんが顎で指したのは、威嚇を続ける山根くんに対して面倒くさそうな態度を隠しもしない桑原くん。
「最近あいつお前に対してすごくね?食った飯送れとか、今日も俺らと解散したら迎えに行くから教えろとか」
「ああそれは……実はここ2ヶ月桑原くんにダイエットのこと色々教わってて」
「だとしても迎えに行くとかはダイエット関係ないから。2ヶ月前に始めたバイトだって、桑原の紹介だろ?」
「うん、桑原くんのお母さんが経営してるカフェ。バイト中は結構歩き回るから良い運動になるし、スタッフさんみんな優しくて賄いもおいしいんだよ」
前回のバイト終わりに食べた彩り豊かな豆腐ハンバーグプレートと元モデルだというオーナー ──もとい桑原くんのお母さんの朗らかな笑顔を思い出しながらそう答えるけど、海野くんの表情は『そういう問題じゃない』と言っている。
「家族にも会わされて確実に外堀埋められてるじゃん。そんな執着されて望月は嫌じゃねぇの?どっかでビシッと言わないとずっと彼氏ヅラされるぞ」
「……」
ここでなんとなしに桑原くんの方を見るとタイミング良く目が合ってにこ、と微笑まれる(山根くんとの会話の内容は、いつの間にか僕に食べさせてもギリギリ許せる低糖質スイーツの話に変わっていた)。
「……彼氏ヅラ……」
海野くんの言う通り、ダイエットについて桑原くんに色々教わる中で、毎日通話をしたりバイトの時や今日みたいに帰るのが遅くなりそうな日は必ず家まで送ろうとしてくれたりと、まるで恋人同士でやることみたいだなと思うことは何度かあったけど――それを嫌だなんて思ったことはない。
──嫌……じゃ、ない。
──むしろ──……。
恋愛対象が同性で、恋愛は少女漫画で学んだ僕が、桑原くんみたいな見た目も中身も綺麗な男の子にこんなに気にかけてもらって、ときめかないわけがない。……僕がダイエットの最終目標として掲げているお姫様抱っこだって、彼がしてくれたらどんなに幸せだろうって、夢見てしまった瞬間も正直言うとあった。
──だけど。
『好きな子が一人で教室に残ってるの見かけた時は即会いに行っちゃうし』
2ヶ月前、桑原くんの家で食事制限仲間になると決めた時に彼が言っていたことが思い出されてチリッ、と胸の内側が痛む。
──桑原くんには他に好きな人がいる。
初めてそんな話を聞いた時はモデル仲間じゃなくてこの学校の人なんだ、女子にとっては夢のある話だよな。なんて軽く聞いていたけど、桑原くんの“唯一の食事制限仲間”として2ヶ月間いっしょにいた今では別の感情が芽生えている。……きっとこの気持ちは、これ以上育てちゃいけないやつだ。
「望月?」
「あっ、ごめん。確かに桑原くんって彼氏っぽいなって思って。……結構スパルタな彼氏」
「ふは、なんだそれ。まぁお前が気にしてないなら良いんだけど」
心配そうにこちらを見たままだった海野くんに冗談めかして答えると、少し笑ってから「何かあったらすぐ相談しろよ」と軽く僕の背中を叩いて話を終わらせてくれた。
──実際、桑原くんと付き合えた人はすごく甘やかしてもらえそうだな。
そんな幸運な人って一体誰なんだろう。モデル仲間じゃないと言っても、きっと桑原くんの隣に並んでも全然違和感のない人なんだろうな。うちのクラスで言えば、いつも近くにいる葉山さんとか?
「──桑原、そろそろこっち帰ってきて」
なんて桑原くんの好きな人に思いを馳せていると、ちょうど候補に上がった葉山さんがやって来る。クラスで1番目立つ女子のグループに所属している彼女は、クールビューティーっていう言葉がしっくり来る容姿とモデル顔負けのスタイルの良さから、とあるSNSでは1万人近いフォロワーが付いているらしい。
「最近アンタとちゃんと話せなくて他のみんなも寂しがってる」
「たまたま葉山のグループと席近いだけなのにそんなこと言われても困るんだけど」
「はぁ。──で、アレ聞いてくれた?」
「アレ?なんの話?」
「やっぱ忘れてる。……山根、海野」
もうすぐお昼休みも終わるしここで席の近い桑原くんと葉山さんがいっしょに戻るのかなと思いきや、次に彼女が声をかけたのは山根くんと海野くん。
「隣のクラスの私の友達がアンタたちのことかっこいいって言ってて、LIME教えてほしいんだって」
「LIME?」
「……あー」
時々忘れちゃうけど、山根くんと海野くんは僕と仲良くしてくれてるのが不思議なレベルで女子に人気があるんだよな……と一人心の中で頷くけど、当の二人はLIMEと聞いた途端に顔を顰めている。
「悪いけど俺、そういうの興味ないから」
「俺もパス。基本LIMEは望月と海野からのしか見ねぇし」
「……そ。友達に言っとく」
その返事に葉山さんがなぜか僕の方をちらりと見てから頷いたのとほぼ同時に、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
「次って確か数学だよね、昨日やった課題出しとかなきゃ」
「飯の後の数学とか寝る自信しかねーわ」
「山根お前、今日も寝たらマジで成績に響くからな」
「あ、桜太クンそっちぶつかるよ」
「えっ?あっ、ありがとう……!」
お昼ご飯を食べるためにくっつけた机をみんなで直したあと、課題を持ってくるためにロッカーへ行こうとして、前からやってきた他のクラスメイトとぶつかりそうになった僕を桑原くんがさりげなく肩に手を回してぐっ、と抱き寄せて回避させてくれる。お礼を言うのもそこそこに速やかに離れ……ようとすると逃がさないとばかりにがっちりとホールドされて、
「今日の夜は絶対に迎えに行くから」
と僕にしか聞こえないくらいの声量で囁かれた。
「分かった?」
「わ、分かった……。お願いします……」
「うん」
こくこくと小さく頷く僕を見て満足げに頷いた桑原くんにそこでやっと解放してもらい、ひら、と片手を上げながら自分の席へと戻っていくその背中を見送る。
──だからっ、桑原くんは僕が数少ない食事制限の仲間だから優しくしてくれてるだけなんだってば!
連続で訪れた少女漫画のような展開に心の中で踊り狂う自分を押さえつけるのに必死だった僕は──残された葉山さんがどんな顔でこちらを見ていたかなんて、気づくはずもなかった。



