「えっ、この漫画映画化するんだー!懐かしっ」
 「ん?」
 
 朝の自宅。学校へ行くために家族のいるリビングに顔を出し行ってきます、と掛けようとした声はテレビを見ていた姉のそれで止まる。

 【もちろん、掲載当時大好評だったあの“お姫様抱っこ”のシーンも完全に再現されているとのことです!】
 「……!」

 なんてアナウンサーの案内と一緒に画面に映し出された、小学生の時に何度も見たシーンに思わず息を飲む。

 ──お姫様抱っこ……。

 「あれ桜太(おうた)、学校行くんじゃないの?」
 「あっ、そうだ!──行ってきますっ」
 「気をつけてねー」

 リビングに顔を出した状態で立ち尽くす僕に気づいた姉がそう声をかけてくれたことで、当初の目的を思い出した僕は玄関へと駆け出す。

 ──うわ、またズボンきつくなってきたかも。
 ──ベルトの穴、後でもうひとつゆるめとこ……。

◇◇
 
 突然ながら僕・望月 桜太(もちづき おうた)には、“いつか素敵な彼氏とお付き合いをしてお姫様抱っこをしてもらいたい”という夢がある。

 小学生の頃、姉が持っていた少女漫画(さっきテレビで映画化が報じられていたやつだ)を暇つぶしに読ませてもらっていた際にそんなシーンが出てきて、学校の王子様的存在な男子に軽々と抱き上げられている主人公の女の子に猛烈な羨ましさを感じたのだ。……それは、自分の恋愛対象は同性だと気づいたきっかけにもなった。
 小学校の卒業文集に設けられた“僕・私の夢”という欄にまで書いてしまうくらいにはその夢に本気になっていて、高校生になった今も密かに胸に抱き続けてはいたんだけど……。
 
 「だっ、だから!僕はもうお菓子は食べないって決めたのっ」
 「そんなこと言うなよー!」

 登校して教室に入るなり、いくらお断りしてもいい香りの漂う紙袋を掲げながら迫り来る友達から後ずさりで距離を取る僕。

 「いい加減やめろ山根(やまね)。望月がこんな嫌がることなんて今までなかったんだから」
 「だって、これを望月に食わせるために今日は学校来たようなもんなのに……っ」
 「本当にごめんね山根くんっ、でもそろそろダイエットしないと本当にヤバくて……!」
 「ヤバい?」
 「……あー……」

 両手を胸の前に合わせて拝むようにして謝罪する僕の頭からつま先にかけてまでを、二人の友達の『確かにヤバいかも』と言いたそうな視線が行ったり来たりする。

 ──そう。元々食べるのが好きだった僕は、お菓子作りが趣味だという山根くんの好意に甘えてスイーツや軽食をありがたくいただき続けた結果、彼と出会って……つまり高校に入学してから半年経った今では体型的な意味ですっかり丸くなってしまっていた。
 
 「まぁ望月は本当に美味そうに食うし、いっぱい見たくなるの分かるけど」
 「海野(うみの)もそう思うだろ?あー俺、望月に最高の菓子を作るためだけにバイト始めたまであるのに!」
 「それはさすがに望月に依存し過ぎ」
 「くそっ、なんで急にヤバいとか言うんだよ、昨日までは普通に食ってたじゃん!」
 「そ、それは……」

 僕の両肩を掴んでガクガクと揺さぶりながら問い質してくる山根くんに言葉に詰まる。

 ──『昔好きだった少女漫画の映画化を知って“素敵な彼氏にお姫様抱っこしてもらう”という夢を捨てきれてないことに気づいたからです!』なんて言えるわけない……!
 ──万が一 ──……本当に万が一だけど、今素敵な彼と出会えたとしてもこの体重で『お姫様抱っこして♡』なんて身を委ねようものならその人の両腕を危険に晒してしまうことになる……!
 
 この半年は高校生活に慣れることでいっぱいいっぱいだったけど、中学生の頃より出来ることとか行けるところの幅がぐんと広がったわけだし、今からちゃんと体重を減らすための努力をしておけば高校在学中にはいい感じの人に出会ってその夢を叶えることができるんじゃないか?と学校(ここ)に来るまでの道中で思い至ったのである。

 「言えっ、俺が納得できる理由じゃないと明日から毎日ホールケーキ作って持ってきちゃうからな!」
 「それは山根くんのお財布のためにもやめておいた方が……」
 「ぶっちゃけ最近制服キツそうだなーって思ってはいたけど、お前身長170はあるんだし今の状態キープしとけば太ってるとまでは言われねぇよ!もし悪く言う奴がいたら俺が──……」

 「──あーっ、桑原くんだっ!」
 「桑原ーっ、おはよ!!」
 
 「!?」
 「なんだなんだ!?」
 
 山根くんの怒涛の追及は、クラスの女子たちが突然わっ、と沸き立ったことで中断された。

 「あー、桑原(くわばら)が来たのか」
 「女子たちは毎日よく飽きもせずあのテンションになれるよな」

 「──お前ら朝から騒ぎすぎ」

 そうぼやきながら女子の歓声に迎えられて教室に入って来たのは、桑原 リヒト(くわばら りひと)くん。
 185センチもあるらしい長身に、どこかは分からないけど外国の血が入っているという浮世離れした美形。ワイルドっぽい雰囲気だけどそれを怖いと思わせないような優雅な感じもあって、雑誌の専属モデルをやっていると本人から聞いた時は心の底から納得したものだ。
 
 「相変わらず周り女子ばっか」
 「男子の友達いなそうだよな。俺もあのイケメンの近くに行くのだけでもちょっと勇気いるし」
 「二人だって背高いしじゅうぶんかっこいいんだから並んでも違和感ないよ、僕なんか選択授業で隣に座る時は毎回公開処刑受けてる気分になっ……あっ、そうだ桑原くん!」

 選択授業と言えば、と思い出したことがあって少し遠くにいた桑原くんに駆け寄る。
 
 「あ、望月クンおはよ」
 「おはようっ」
 「何か用事?」
 
 耳より少し長めに伸ばした癖のない髪はバイオレットアッシュ──色の名前は桑原くんに教えてもらった──に染められていて、内側は別の色にしているようで首を傾げた時にさらりと揺れたそこからは鮮やかな青色が覗いていた。

 「えっと、来週の美術の選択授業は2Bの鉛筆持参だって!」
 「あー了解、いつもありがと。2Bの鉛筆とかどこに売ってんの?」
 「こないだ駅前の本屋さんで見たよ。文房具コーナーの下の段だったかな、僕も来週までには買いに行くつもり」
 「意外と近いんだ。……望月クン、今日の放課後暇だったらさ――」
 「ねーもちもち、話もう終わった?友達待ってんじゃない?」

 桑原くんが何か言いかけていた気がするけど、彼のすぐ傍にいた女子の葉山さんに名指しされる(“もちもち”って僕のことだよな……?)のと同時に鋭い視線を投げられて、怖気付いた僕は軽く会釈だけして小走りで山根くんたちの元へ戻る。……僕の足の動きに合わせて葉山さんが「どすっ、どすっ、どすっ」と効果音を付けているのがばっちり聞こえてしまって心の中で少し泣いた。

 「おかえりー」
 「ただいま……」
 「『いつもありがとう』って言われてたけど、望月いつもああやって教えてやってんの?」
 「あ、うん。桑原くん雑誌の撮影か何かで選択授業いない時あるから、その時に何か連絡事項があったら伝えるようにしてるの」
 「そんなん教えてくれる女子いくらでもいるだろ?」
 「それが、美術には女子いなくて……」
 「へー、俺ら選択音楽だから知らんかった」

 定期的に授業を欠席する桑原くんのことを美術の先生は好ましく思っていないようで、授業中も彼にだけは妙に当たりが強い。
 ある日桑原くんがいない時に次の授業では小テストをすると告げられ『桑原には敢えて言わないで痛い目見せてやろう』と口元を歪めて言う先生に賛同する他のみんなを見て、いくらコミュ障の僕でも見てみぬフリは出来ないと桑原くんにこっそりと教えてあげてことなきを得たというのが始まりだった(ちなみにこのことは校長先生に報告して、後日美術の先生は厳重注意を受けたらしい)。
 それ以来、僕と桑原くんは選択授業の時の合間に軽い雑談をするようになった。普段は所属してるグループも違うし、進級して選択授業が変わってしまえば終わっちゃう関係なんだけど、出された課題をこなしながら2人で何気ない話を淡々とするあの時間は僕にとっては密かな楽しみだったりする。

 「さっきは公開処刑とか言ってたクセに自ら駆け寄るとか……望月ってほんとお人好しだよな」
 「まぁ望月のお人好し(それ)があったから、俺たちこうして仲良くしてるんだけど」
 「そう言えばそうだった。望月には感謝を込めてこのバターたっぷりのクッキーを贈ろう」
 「ジュースもあるぞ」
 「ちょっ……、だからお菓子はもう食べないんだってば!海野くんもさりげなくジュース入れようとしないでっ」
 「ちっ、流されなかったか」
 「実は俺も望月に飲ませたくてジュース(これ)買って来ちゃったんだよな」

 制服のジャケットの左右それぞれのポケットにお菓子とジュースを入れて来ようとする山根くんと海野くんから距離を取りながら、僕は心に誓う。

 ──絶っ対に、この誘惑に打ち勝ってみせる……!
 ──お姫様抱っこのために!

 ……と、ここでさっき僕が桑原くんと話していた辺りからこちらへの視線を感じて振り返るけど、誰とも目が合うことはなかった。
 
◇◇

 「……負けそう……」

 放課後。
 バイトに遅刻しそうだと飛び出していった山根くんと、部活へ行くという海野くんを見送るのもそこそこに、さて帰る前にどうやってダイエットを進めれば良いのか調べておくかとスマホを起動した僕は──その数秒後には座っている机に突っ伏していた。ちなみに『負けそう』というのは、お菓子の誘惑にということではない(それも結構ギリギリだったけど……)。
 
 ──こんなに方法があるなんて知らなかった……!

 確実なのはカロリー制限だというネット記事を読み終えた後に、いやカロリーより糖質を気にした方が良いという記事が目に入る。あとは置き換え、断食、朝バナナなど──ネットには無数のダイエットで溢れていて、何から始めれば良いのかすら方法によって違って行き詰ってしまったのだ。

 ──スタートラインの立ち方も分からないとか何事……!?
 ──せっかく今日一日山根くんのおいしい手作りお菓子を我慢出来たのに、今後の方針が決まらないんじゃいつかなし崩し的に食べちゃいそうで怖い……!
 
 「ただ痩せたいだけなのに……!」

 なんて思わず心の声が漏れてしまって一瞬焦るけど、今教室(ここ)には僕以外誰もいないし大丈夫だろうと思い直したところで──
 
 「──なに、望月クン痩せたいの?」
 「ひゃっ!?」

 背後から掛けられた声に僕の身体は跳び上がった。

 「くっ、桑原くん……!」

 おそるおそる振り返った先にいたのは、なぜか少し息を切らしている桑原くん。

 「帰ったんじゃなかったの……?」
 「うん、葉山たちがカラオケ行こうってうるさいから撒いて来たとこ。……望月クンはもう帰る?」
 「……うんっ、そのつもり!」

 桑原くんにそう聞かれたのを良いことに、即座に机から立ち上がり脇にかけてあった鞄を取って肩にかけるけど、背中を伝う嫌な汗が止まらない。
 
 ──まずい、よりにもよってモデルやってる人に運動もしないで『痩せたい』って言ってるだけなの見られちゃった……!
 ──甘えんじゃねぇって思われた?明日学校でおもしろおかしく言いふらされたらどうしよう……!

 「じゃ、じゃあ桑原くん、また……」
 「──基礎代謝」
 「……えっ?」

 さっさと帰ってベッドで泣こう……ジョギング……いやウォーキングでもしてから……と半ば現実逃避のように考えながら桑原くんにまた明日、と声をかけようとすると、まるで呪文のような……いやギリギリ聞いたことのある言葉に遮られる。
 
 「きそたいしゃ……」
 「そ。ざっくり言うと呼吸とか生きてるだけで消費するエネルギーのこと。スマホで検索すれば簡単に計算出来るサイトあるから、まずはそれで自分の基礎代謝計算して。次にそこに自分の活動レベルに対応した数字を掛けていくんだけど、体育の授業にちゃんと参加してるなら大体レベル3だとして……1.55を基礎代謝に掛ける。これで望月クンが一日に消費するカロリーの目安が分かるから──減量したいなら摂取カロリーをそれより少なめにするっていうのが始めに意識することになるかな」
 「えっ……今始めって言った……!?」

 ダイエットのはじめ方すら分からず途方に暮れていた僕にとってものすごく有益な情報を教えてくれていたらしい桑原くんを二度見して、次にスマホを取り出してかろうじて聞き取れた単語をメモ機能に打ち込んでいく。

 「えっと……、基礎代謝、活動レベル……」
 「あー、メモしなくて良いよ。後で分かりやすくまとめたやつ送ってあげるからLIME教えて」

 LIME?メッセージアプリの?どうして週一の選択授業くらいでしか話さない彼がこんな親切にダイエットのことを教えてくれるんだ……??なんて頭の中でクエスチョンマークが渦巻く僕を置いてきぼりにするように、一呼吸置いてから「あとさ」、と切り出す桑原くん。
 
 「望月クン、このあと空いてる?」
 
◇◇

 「──というわけで、食べ過ぎを防ぐことも出来るから間食はタイミングと種類を選べば全然アリだよ」
 「そうなんだ……!」
 「ナッツ系はカロリー高いけど栄養あって腹持ち良いからちょっとで満足出来るし──オレは最近はこのアーモンドフィッシュ持ち歩いてる」
 「へぇ……」
 「あとはゆで卵とか鯖缶──は学校じゃ食べづらいだろうからやっぱこの辺かなぁ」
 「確かに、学校で鯖缶開けるの勇気いるかも……」
 「そうそう。それで言うと、イチオシは気軽に飲めるプロテイン。細かい注意はあとでLIMEで送っておくからとりあえずこれあげる。シェイカーも余分にあるから一個持っていって」
 「えっ、そんな。こんな大きい袋もらっちゃうのは申し訳な──じゃなくて!」

 桑原くんに『このあと空いてる?』と聞かれ素直に頷いた僕は、気づけば彼の自宅だという豪邸にお邪魔していた。モデルルームのようなリビングの端の方につつましく置いてはあるけど見るからに高級そうな木とガラスで出来たテーブルに所せましと並べられているのは、ここに案内されてすぐに『間食におすすめ』と持ってきてもらった食品たち。
 『これあげる』と差し出されたプロテインの大袋を両手を振りながら断ったところで、思い出したように声を上げる僕。

 「ん?何か分からないとこでもあった?」
 「ううんっ、すっごく分かりやすくて助かったよ!ただ……どうしてこんなに僕に良くしてくれるのかなって」
 
 クラスは同じでも所属しているグループが違う僕たちが話をするのは週一の選択授業か、それに関する連絡事項がある時だけだ。にも関わらず桑原くんは、僕が『痩せたい』とぼやいたのを聞いただけで自宅に招いて、モデルをやる中で培ったと思われるダイエットの基本を教えてくれている。

 ──実はダイエットの話は入口で、これから高い壺とか売りつけられる……?
 ──それか、何かの罰ゲームとか?何にしても理由が分からないとアドバイスも素直に聞けないよ……!
 
 「……ごめんね」
 「えっ?」

 善意からくる理由であってほしいと祈るような気持ちで桑原くんを見ていると、唐突な謝罪と共に形の良い眉がみるみるうちにへにょ、と下がっていく。え、まさか本当に罰ゲームだったの……?

 「……オレ、ほんとは豚骨ラーメンが大好きなんだけど」
 「……豚骨ラーメン……?」

 何やら思ってたのとは違う方向の告白に、とりあえず全部聞いてみようと次の言葉を待つ。

 「あれって脂質と糖質の塊だからいつでも食べに行けるわけじゃないんだよね、モデルってその辺の食事制限厳しくしなくちゃいけないから。愚痴れる相手でもいれば良いんだけど……知っての通りオレ学校で男の友達いないし、モデル仲間はいるっちゃいるけど隙があれば蹴落としてやろうって思ってる奴らばっかで弱音なんか吐けないし」
 「そうなんだ……」
 「なんか息苦しいなーって思ってた時に、望月クンが『痩せたい』ってぼやいてるの聞こえて。選択授業の時ふたりで話すの何気に楽しみだったし、この子がオレの食事制限の仲間になってくれたら良いなって」
 「桑原くん……」
 「でもごめん、望月クンにとってはたまにしか話さないような奴に突然家連れ込まれて、聞かれてもないこと語られて迷惑だったよね?」
 「――迷惑なんかじゃないよっ!」

 俯きながら目線だけをこちらにうつす桑原くんの、両手に持たれたままのプロテインの袋に手を添えて力強く否定する僕。

「痩せたいなって思ったのは本当だし、桑原くんが教えてくれたこと全部今すぐ実践できそうなものばっかりですっごくありがたかった!」
 「……ほんと?」
 「本当!」

 何度も頷くと顎にぶら下がってる余分な肉がぶるぶる震えるのが分かって恥ずかしいけど、この綺麗な顔にこれ以上悲しい顔をさせたくなくてとにかく必死に頭を縦に振る。

 ──壺を売りつけられるかもとか罰ゲームなんじゃと疑っていた自分が恥ずかしい!

 桑原くんはモデルとして華やかな生活を送る一方で、好きなものを気軽に食べられず友達にも恵まれずに孤独な思いをしてきたんだ。僕だって──桑原くんと僕を同列で考えて良いのかはこの際置いておいて── 一人だったらスタートラインすら分からず途方に暮れていたわけだし仲間が出来るなら心強い。

 「桑原くんさえ良ければ、僕も食事制限の仲間になりたいっ」

 現役モデルの桑原くんが味方となれば良いモチベーションになって、“素敵な彼氏にお姫様抱っこしてもらう”という夢に近づけるというものだ。……なんて少しの下心も抱いてそう申し出ると、桑原くんは下げた眉を緩めて「良かった」と微笑んでくれる。

 「そう言ってくれて嬉しい。これからヨロシクね」
 「うんっ、こちらこそ!」
 
 「……こんなんで絆されてくれるんだ。やっぱあの演技の仕事受けてみようかな」
 
 「何か言った?」
 「ううん、ひとりごと」

 桑原くんが何かつぶやいたのが気になったけど、ひとりごとなら無理に聞き出すことはないかと「そっか」とだけ返しておく。
 
 「それで早速なんだけど――さっきLIME交換したよね。今日から毎日、食べたものから飲んだもの……とにかく口に入れたものは夜寝る前に必ずオレに報告して」
 「報告……?」
 「望月クンの食事の傾向が分かればもっと具体的なアドバイスが出来ると思うから。人に見てもらうってだけでもモチベーションになるし」
 「なるほど……。でも桑原くんただでさえも忙しそうなのにそんなトレーナーみたいなことまでさせるのは……」
 「それは気にしないで大丈夫。――好きだから」
 「……えっ……」

 唐突に僕の顔を覗き込んで、バサバサのまつ毛に囲まれた深いブルーグレーの瞳を緩めて好きだと言う桑原くんに一瞬呼吸が止まる。
 あと今更だけど、テーブルを囲むのは頑張ればサッカーチームひとつ分の人数が座れてしまうくらいの大きさのコの字型ソファーなのにも関わらず、端に座る僕の真隣に桑原くんがいるというこの距離感も心臓に悪い。彼がちょっと動くたびに柑橘系?な爽やかな匂いが鼻をくすぐってきてソワソワする。
 
 「好きって何が……あっ、もしかしてこうやってダイエットのこと教えるのが?確かに桑原くんの説明、すごく分かりやすいもんねっ」
 「……まぁ、そんな感じ」

 聞いている途中で答えを思いついてそう言うと謎の間はあったものの、桑原くんはあっさりと頷いてくれる。

 ――危ない危ない、雰囲気的に“もしかして僕のことが……!?”なんて思わなくもなかったけど、思い上がりも甚(はなは)だしいよな。

 「それにしても……選択授業の時は気づかなかったけど、桑原くんってすごく気さくなんだね。もっと隙がない感じかと思ってた」
 「そう、よく誤解されるけどオレも結構可愛いところあるんだよ。好きな子が一人で教室に残ってるの見かけた時は即会いに行っちゃうし」
 「確かにそれは可愛い……。桑原くんが好きになるくらいなんだから素敵な人なんだろうね」
 「うん、すっごく優しくて良い子だよ。例えば──とある授業でオレだけテストのこと知らされなくて嵌められそうになった中、危険を顧みずこっそり教えに来てくれた……とか」
 「えっ、そんなことあったの?この高校で?」
 「……望月クンってよく鈍感って言われない?」
 「鈍感?どんくさいとはよく言われるけど……」
 「そうかぁ」

 ん?今の話から考えると、桑原くんには今好きな人がいて、その人は僕も通うあの高校の生徒ってこと?僕ひょっとしたら、とんでもない情報を掴んでしまったんじゃないだろうか。桑原くんの今後のモデル活動のためにも誰にも漏らさないようにしなくちゃ……。

 ――ところで、今桑原くんが話してたとある授業の話、すごく聞き覚えのあるエピソードな気がするんだけど、何だったかなぁ。