「で、お前は? まんま本名?」
「ああ、灯りの夜と書いて灯夜だ」
そうして灯夜は俺の隣に並んだ。
「で、なんで配信止めたんだ? 真白センパイ」
「……粘着に遭ったんだよ」
仕方なく、俺は去年の本当は思い出したくもない話をすることにした。
「粘着?」
「そ。最初はお前と同じでよく俺の配信に来てくれる奴だったんだけど、何が気に食わなかったのか急に荒らしになって」
「荒らし? そんな奴いたか?」
「え?」
そう言われて気が付いた。
「あー、確かにお前がいるときには来なかったかも。ま、基本俺の配信そんなに人来なかったし」
「報告は」
「したした。それで一度消えても、すぐにまた別アカ作って来んだよ。何度も何度もしつこく、きりがなくってさ。SNSの方にまで突撃されて……」
今こうしてなんとか普通に話せているけれど、当時は本気でしんどかった。
楽しかった分、ガチでメンタルに来た。
……正直、今だってまだ少し引きずっている。
「なんつーか、配信すんの怖くなっちまって。トラウマ、みたいな? そんで、止めた」
「そうだったのか……」
隣を見れば、灯夜が怖い顔で地面を睨んでいて。
怒ってくれているのがわかってふっと笑みが零れた。
良かった。やっぱり『トウヤ』は悪い奴じゃなかった。
昼間、中田が話していたようなヤバイ奴じゃない。噂はあくまで噂だ。
「でも、もういいんだ」
「え?」
俺は笑顔で言う。
「俺が配信始めたきっかけな。去年、俺高校デビューに完全に失敗しちまって友達が全っ然出来なくってさ。毎日ガチでつまんなくて、そんであのアプリを入れたんだ。でも2年になったらそれなりに友達が出来てさ。だから諦めがついたってのもある」
「友達……」
「あぁ。お前だって友達いんだろ?」
しかし、灯夜はふるふると首を振った。
あ、一匹狼ってのは本当なのか。
「じゃあ、去年の俺と同じだな」
「……俺は、友達はいなくても別に。ひとりの方が気楽でいい」
そう涼しい顔で答えた奴に小さく驚く。
マジで一匹狼みたいだ。
「へぇ。強いな、お前」
「強い?」
瞳を大きくした奴に俺は頷く。
「あぁ、そう思えるの、めちゃくちゃカッケーし羨ましいわ」
「そう、か……」
そこでふいと視線を外されて、俺も前に向き直って続けた。
「ま、そんなわけでさ。楽しみにしていてくれたお前には悪いけど、俺はもう配信はしない」
でも初めてこうして誰かに話せて、大分すっきりした気がした。
やっと、完全に踏ん切りがついたかもしれない。
「そうか……」
「でもよ、なんで俺なんかの配信をそんなに気に入ってくれてたんだ?」
この際だからと気になっていたことを訊く。
「声に惚れた」
「ブハっ!」
思わず盛大に吹き出した。
一気に顔の熱が上がる。
そんな俺を見つめ灯夜は真顔で続けた。
「今も、ハクの声を生で聴けて興奮してる」
「そ、そりゃ、どーも?」
……そうだ。こういう奴だった。
よくそんな恥ずかしいセリフを真顔で言えるな。
嬉しいけど、聞いているこっちが恥ずかしくなる。
それに。
「なんつーか、こんな奴で悪かったな」
「? 何が」
きょとんとした顔で訊かれ俺はなんとなく視線を外しながら言う。
「や、中の人がこんな普通の奴で、がっかりしただろうと……」
『ハク』の外見はイケメンだった。折角ならと俺がそうキャラメイクしたのだ。
なのに中身はこんなんで……『トウヤ』がガチのイケメンだっただけに妙な後ろめたさを感じた。
「別に」
「そ、そっか」
今の『別に』は、どう取ればいいのだろう。
悪い意味ではなさそうだけれど……。
「ハク、いや、真白センパイに頼みがある」
「頼み?」
「トウヤって名前呼んでみてくれないか」
「トウヤ?」
そういえばまだ直接呼んだことはなかったかとその名を口にすると、その顔が爆発したみたいに真っ赤に染まった。
(――は?)
なんだ、その可愛い反応。
俺にはあんな恥ずかしいセリフを平然と言ってのけるくせに、俺が一度名前を口にしただけでこの反応かよ。
「あ、ありがとう」
短く礼を言って赤くなった顔を隠すようにさっと俯いてしまった奴を見て、つい、悪戯心が芽生えてしまった。
「トウヤ」
「!」
「灯夜くん?」
「わ、わかった。もういい」
「トウヤ~」
「もういい。十分だ」
「ト・ウ・ヤ」
ガンっ!
(へ?)
目の前が急に暗くなったかと思えば間近でそんな大きな音が聞こえて俺は目を瞬く。
灯夜の据わった目が眼前にあって、俺のすぐ耳横に意外と筋肉質な腕が伸びていた。
――これ、あれだ。壁ドンとかいうやつ。
壁というか、俺の後ろはブロック塀だけれど。
「……これ以上はヤバイから、ガチでやめろ」
「わ、悪ィ!」
慌てて謝罪する。今のは完全に俺が悪い。調子に乗り過ぎたと即反省する。
すると灯夜はすぐに俺から身を引いてくれた。
恐る恐る横目で見ればブロック塀の一部が抉れていて、ひぇっと声が出そうになった。
(ひょっとして、中田が言ってた「何度も警察沙汰になってる」ってのも、マジのやつだったり……?)
流石に痛かったのか拳を摩っている奴に俺は慌てて笑顔を作って言う。
「今日はさ、お前と色々話せてすっきりしたわ。俺なんかのファンでいてくれてありがとな」
「ファン……」
「え、そう言ってたよな?」
今更違うとかやめてくれよ。
俺、すげぇ勘違い野郎になるからな。
「……今日、こうして直接話してはっきりしたんだが」
「うん?」
灯夜が、またあの射貫くような視線を俺に向けていた。
「俺、あんたにガチ恋してるみたいだ」
「…………は?」
たっぷり一拍置いて、俺の口から間抜けな声が漏れた。
……ガチ恋、とは?
「ハクが消えて、ここにぽっかり穴が開いたみたいになって」
ダラダラと冷や汗を流す俺の前で、灯夜は自分の胸に手を当てて続ける。
「そんときから、もしかしてと思ってた。でも今日あんたと話して確信した。俺、あんたのことが」
「ちょちょちょ、ちょっと待てって!」
危うく告られそうになって(だよな! 今コイツ俺に告ろうとしたよな!?)俺は慌てて遮る。
「ハクに、だよな? 俺じゃないだろ!?」
「? あんたがハクだろう」
「そ、そうだけど、そうじゃなくて……お、俺、男だけど!?」
「見ればわかる」
平然と答えられて更に焦る。
アレか、最近よく聞く多様性の時代とかいうやつ。いや、でも俺は男はちょっと……。
そう言いたいけれど、うまく言葉が出てきてくれない。それほどに焦っていた。
この妙な雰囲気を早くなんとかしなくてはと頭を巡らせているうちに、じり、と再び距離を詰められて。
「あんたの声が好きだ」
「ゔっ」
「もっと、あんたの声が聴きたい」
「ぐっ」
嬉しい……けども!
そんなんで絆されねーからな!
「これからも、あんたの声を傍で聴いてたい」
「そ、それなら友達に」
「他の奴らと同じは嫌だ。……多分、例の粘着野郎も、あんたのガチ恋勢だったんだろ」
「え……?」
「俺とか他の奴らと仲良く話してるのを見たくなかったんだ。どんなことをしてでもあんたを独占したかった。今なら、その気持ちが少しわかる気がする」
な、何言ってんだ、こいつ。
言ってることがおかしくないか。
なんかちょっと、ヤバくないか……?
射貫くような目が、いや、獲物を前にした獣のようなギラギラとした目が俺を見ていて、今更のように頭の中でけたたましく警鐘が鳴り響く。
「でも俺はこうしてあんたに逢えた」
もう一度俺を塀に追いやって、灯夜は勝ち誇ったように口端を上げた。
「もう絶対に逃がさない」
――このとき、若干涙目になりながら俺は本能で悟った。
(あ。これマジ詰んだかも)
俺がそんな奴の猛攻に押し切られ(絆され)付き合うまで、あとXX日――。



