「なに、(ひいらぎ)と知り合い?」
「え」

 椅子に座って一息ついていると前の席の中田にそう訊かれてドキリとする。
 話しているところを見られていたようだ。

「や、なんか人違い? されたっぽい」

 そう言って苦笑する。

(……柊っていうのか、アイツ)

 柊トウヤ。
 いや、トウヤが本名とは限らないか。

「ふーん、アイツが誰かと話してるとこ初めて見たわ」
「そっちこそ知り合いなのか?」
「同中なだけ。でも中学じゃアイツ結構有名人でさ」
「有名人?」

 中田の表情を見て、それが良い意味ではないのはなんとなくわかった。

「いつも一人でいて誰ともつるまなくってさ、カッコ良く言やぁ一匹狼な奴なんだけど」
「うん」
「色々噂があってさ、裏でヤバイ奴らとつるんでるとか、何度も警察沙汰になってるとか、色々?」

 確かに目つきは悪いと思ったが、それほどヤバイ奴には見えなかった。
 それは俺が配信での『トウヤ』を知っているからかもしれないけれど。

「ま、あんま関わらない方がいいのは確か」
「そっか、わかった。気を付けるわ」

 俺はそう笑顔を返したのだった。



(一匹狼ねぇ)

 なんでそんな奴が俺なんかの配信を聞きに来てくれてたんだ?

 ――あんたの声は唯一無二だ。

 先ほど言われた言葉を思い出して、じわりと顔が熱くなった気がした。
 ……正直、めちゃくちゃ嬉しかった。
 ガチファンだというだけで有難いのに、あんな言われ方をして嬉しくないわけがない。
 あの頃そんなことを書き込まれていたら確実にスクショを撮っていただろう。
 そういえば、あの頃も『トウヤ』は俺の声をよく褒めてくれていた気がする。

(あの頃に会えていたらな……)

 そうしたら友達になれていたかもしれないのに。
 ……相談、出来ていたかもしれないのに。
 そこまで考えて俺は小さく首を振る。

(や、もう関わらないのが一番だ)

 もう俺は『ハク』ではないのだから。


 ――なのに。


「いやいや、流石にしつこ過ぎんだろ!」
「あんたが認めないからだ」

 放課後、今度は校門で待ち伏せされていて声を荒げると、奴は平然とした顔でそう返してきた。
 はぁ、と俺はわざと大きく溜息をついて最寄り駅に向かって歩きはじめる。

「だから人違いだって、何度言やいいんだよ」
「あんたはハクだ」
「あのな、一応俺先輩だから。“あんた”はやめろ」
「じゃあ、ハク」
「ふじの。俺の名前は藤野だ。藤野先輩と呼べ」
「……藤野センパイ、なんで配信止めたんだ?」
「だから俺は」
「俺がウザかったから?」
「え?」

 ふいにその声が掠れたようになって、俺は足を止めて振り返る。
 なんだか思い詰めたような瞳がじっと俺を見つめていた。

「俺、毎回のように配信行ってたし、よく絡んでたし、ウザかったか?」
「ちっげーよ!」

 思わず、そう強く否定していた。

「お前はなんも関係ない。俺が配信を止めたのは……あ」
「やっと認めたな、ハク」
「お前……っ」

 にっと満足げに唇の端を上げた奴を見て、まんまと策に引っ掛かってしまったのだとわかった。

 ていうか、よく見たらめちゃくちゃイケメンじゃねーかコイツ。
 目つきは悪いけれど、そうして笑うと整った綺麗な顔立ちをしているとわかる。隠れファンがいるタイプだ、絶対。
 本当に、なんでこんな奴が俺なんかの配信を……や、今はそんなことはどうでもいい。

(流石に、これ以上は誤魔化せないか)

 俺は観念して、もう一度大きな溜息を吐いた。

「あーそうだよ。ハクだよ。本当の名前は真白。だからハクって呼ぶのはもうやめてくれ」
「わかった。真白」
「先輩」
「真白センパイ」

 素直に、しかも嬉しそうに呼ばれて一気に毒気を抜かれ、俺は再びゆっくりと静かな路地を歩き始めた。