「相田帰宅部だったのかよ。てっきり美術部員だと」

 テキストを抱えて廊下を歩きながら俺は言う。

「おっと」

 よろけると相田が横から支えてくれた。
 そんな相田は俺より多い量を持っている。文化系なのに力持ちだ。

「人といっしょに何かするっていうこと苦手なんですよね。昔から」

 体育館の前を通ると部員が一心不乱に走っている。体育会系は苦手なのか走っている姿を暑苦しそうな目で見て相田は言った。

「先輩はどうして部活入ってないんですか?」
「んー。えーとな」

 バスケのダンクシュートがきまるのを横目で見る。俺も少し前まではあそこにいたっけ。

「中学はバスケ部だったんだけど。膝痛めてうまく走れないようになったから高校からやめたんだわ」

 ニッと笑う。

「体育の授業ぐらいなら大丈夫だけど、試合出るのはもう無理というか」
「……すみません」

 相田が真顔になると俯いて言った。

「余計なこと聞きました」
「そんな顔すんなよ。別に特別スポーツが好きっていうわけでもないし俺はそれでいいから」

 慰めでも何でもなく心の底から思っていることなのでそう言う。

「……先輩は強いんですね」

 相田は目を細めて少し笑った。

「俺は絵が描けないと無理、かも」

 小さな声で呟いてふと立ち止まった。

「……ということは……」

 宙を見て何か考えている。
 それからニヤリと笑った。

「じゃあ放課後の時間使い放題ってわけですね」

 んん?
 なんか目の色が怪しいぞ。
 相田は誘うようにこっちを見つめて言う。

「ちょっと付き合ってくれますか、先輩」


 どこに連れて行かれるのかと思った。
 正解は。

「……」

 相田が棚の前から動かない。数十分はすぎたのではないか。
 画材屋。
 俺たちは絵の具の棚の前にいた。

「あの、相田」

 急かしたくはないが声をかける。

「まだ決まらねえの?」
「先輩はちょっと黙っていてください」

 それから待つことさらに数分、やっと俺の存在を思い出したかのように振り返った。

「決まったのか?……このやりとり三回目なんだけど」
「すみません、退屈でしたか?」

 しゅんとした顔がずるい。

「いや、お前の気が済むまで選べばいいよ」

 俺は思わず根負けする。

「大体決まりました。会計行ってきます」

 相田は絵の具をいくつかカゴに入れてレジに行った。
 俺は待つ間ぶらぶらと店内を見て回る。
 筆や絵の具をじっくり見たことはなかったけれど、これだけ種類があるのかというほど品物が多い。
 勉強になるなと思った。

「お待たせしました」
「おー、おつかれ」
「付き合っていただいてありがとうございます。帰りましょう」

 二人して店を出る。


「今日はありがとうございました」

 改めて言われたのでいやいやと俺は首を振る。

「お礼言われるほどのことしてないんだけど。俺いる意味あった?」
「それはもう。先輩を見て使う色とかも決めたかったので」
「へー。こだわるんだな」

 その時、声をかけられた。

「あれ、鶴見じゃん」
「あ、本当だ」

 俺のクラスメイトの男女数人がたむろっている。

「おう、おつかれ」
「おつかれちゃん」

 駅前は店が多いので帰る前に少しはめをはずしているんだろう。

「鶴見ちゃんも遊んでかない?」

 手にゲームセンターで取った景品の袋を持った女子が俺に話しかけてくる。

「悪い。今日は遠慮しとくわ」

 そのとき、相田が声をかけてきた。

「先輩」
「あ、ごめん相田。んじゃまた」

 クラスメイトとすれ違う。
 相田はなにやら険しい目でジッと通り過ぎて行ったクラスメイトを見ている。

「どうした?」
「いえ、べつに」

 呟く声は低かった。
 疲れたのだろうか?

「先輩は行かなくてよかったんですか?」

 気をつかわせてしまったのだろうか。少し申し訳ない気持ちになりながら俺は言う。

「いや、今日は帰りたい気分だったし」
「そうですか」

 何やらホッとした顔である。

「途中まで送ります」
「べつにいいよ」

 そう言ったが相田は首を振る。

「送ります」

 なんだか強情だ。

「はいはい好きにしな」

 相田は帰り道、駅前は人が多いからと雑踏をかき分けてくれたり盾になるように前を歩いてくれたりした。背が高いとこういうとき得だなと思う。
 荷物も持ちますと言ったときにはさすがに俺がやらせているみたいなので断ったがなんだかやたら世話を焼きたがった。

「ついてきてもらったんだからこれぐらい普通です」

 相田はそう言ったがそういうものなのだろうか。


「じゃ俺こっちだから。送ってくれてありがとうな」

 結局家の近くになってから俺は相田にそう言った。そういえば相田はどこに住んでいるんだろう。
 あたりはすっかり暗くなってきている。こんな時間までいっしょにいて悪いなと思った。

「こちらこそありがとうございました。先輩さよなら」
「ん、またな」

 相田は小さく笑った。
 その顔が駅前で歩いていたときから少し陰っているように見えたのは夕方の暗がりのせいだろうか。
 俺たちは背を向けて家路につく。

「やべ早く帰らないと」

 夕飯を片付けられてしまう時間だと俺は小走りに帰った。