「じゃあ二人一組になってー」
先生のその合図で俺はそいつの前に座った。
「よろしくな」
「……どうも」
ぼそぼそと話す声は不明瞭で。
目線も合わないけれど、俺はなんだかわくわくどきどきするばかりだった。
こう言うと遠足前の小学生みたいだけど。
うちの高校にはペア講座というのがある。
俺が所属しているのは芸術専攻コース。名前こそしっかりしているがなんでもアリの自由な選択コースだ。
絵に彫刻に服飾、建築や習字と本当にやることは多種多様。
なんでもいい。自分の「美しい」を極める。
それがコースが掲げるスローガンである。
話を戻そう。
ペア講座というのは一年と二年が二人一組になって作品創作の手助けをし合うという授業である。
協調性を高めるのが目的ということだがうちのコースにはとにかく色んな意味で個性的なやつが多い。
ペラペラ喋るのが好きなやつもいれば、職人気質で黙々と作業するのが好きで要するに他者を受け入れないやつもいる。ペアをみつけるのも場合によっては一苦労だ。
第一回の授業はペアを組むことからはじまる。
男子と女子は分かれていて、男子組は体育館に二年と一年が一気に集められる。ある意味むさくるしく人の熱気がすごい。
すでに決まっているやつもいるが二年生から一年生をスカウトすることが多い。
制限時間が決まっているのでどんどん周りはペアでくっついていく。
俺はなかなか決まらず少し焦ってきた。
これというやつがなかなかみつからない。
「決まってないやつはあみだ決定な」
そう言って担任はあみだくじを出してくる。
「んなっ」
踏まれた猫のような声を上げてしまった。
冗談じゃない。
気の合わないやつと組まされて一学期を無駄にするなんてもったいない。
……いや別に誰とでもそれなりにやれるという気はするのだがどうせなら自分が選んだやつと組みたいというのが本音だろう。
その時、隅っこでぽつんとしているやつが目に入った。
目にかかる長い黒髪、けっこうデカくてスタイルがいい。内にこもる気質なのかやる気がないのかむしろあみだくじを待っているような気さえする。
俺はそいつを一目見てダッシュで近づくと腕を掴んだ。
「なあ俺とペア組まない?」
思わず圧強めで言ってしまった。
ハッと気づいたときにはドン引いた目で見つめられている。
「ハルちゃんが後輩口説いてるー」
「やかましいわ」
そんな言葉にも構っているヒマはない。
待っている間にも担任は非情に告げる。
「あと三分だぞ」
時間切れが近づいている。
ええい、逃してたまるか。
「イエスかノーで答えて」
そういうとふいと目をそらされた。
もしかして拒絶された?
「……別に、俺でよければ」
横を向いたまま小さく言う。
わかりにくいけどオーケーってことか。
「よしきーまり!先生決まりました!」
小躍りしながら担任に報告に行く。
「やかましいぞ鶴見」
バインダーではたかれる。
「スイマッセン」
暴力反対だ。
「お前は小学生か。というか遅いんだよ」
たしかに周りはもう座ってガヤガヤ話している。
むうと唇を尖らせる。納得いかない。
仲良くペアで座りしばしの雑談タイムだ。
「そういえばお前何専門?何作ってんの」
「……絵描いてる」
俺が聞くとそいつは無愛想に答えた。
「どんな絵?」
「……いろいろ」
向こうからは何も質問してこない。
話が続かない、と思う。
「じゃあ今更だけど互いに自己紹介しろー」
担任がそう言うのでそういえばまだ名前も聞いていないと思う。
「俺は鶴見晴夜。えっとこういう字」
ペア記入用紙に書いて渡す。
「……相田灰清」
雑な俺の字とは違って習字専門じゃないかというほどのきっちりした字だ。
「そうか、よろしくな相田」
「……よろしく先輩」
ボソリと小さい声ながらそう言う。
おお、先輩という呼び名は新鮮だ。
ところで相田の前髪は本当に前が見えているのかというほど長く、目が合わない。
「なあ、前髪切らねえの?」
顔のバランスはいいのにもったいない、と思ったからそう聞くと冷えた声で言われた。
「……あんたには関係ないだろ」
「ご、ごめん。なんか地雷踏んだ?」
相田の雰囲気に俺はとっさに謝る。
無表情だからよくわからないけど今の声音は怒ってる感じがする。
ぷいと相田は横を向いた。
「……べつに」
「あの……」
授業の終わりのチャイムが鳴った。
「はい、今日はここまで。各自解散な」
うぃーっすと周りの人間は立ち上がる。
言おうとしていたことは言いかけのまま途切れる。
相田は無言で立ち上がるとさっさと行ってしまった。
やってしまった。
「やっちゃったよ……」
机に突っ伏す。
「ハルちゃんが落ちこんでるー」
ケタケタと笑われる。
「うるせ」
昔から思ったことはすぐ口に出して言ってしまうのが欠点だ。直そうとしても今さらどうにかなるものでもない。
いや、でもさすがに俺が無神経だった。なにが悪かったのかは分からないけれど相田なりに髪を切りたくない理由があるのだろう。
よし、と立ち上がる。
謝りに行くか。
思ったら即行動である。
とりあえず昼休みに会いに行くことにした。自販機でジュースを買う。
賄賂……にしては安すぎて考えとしては浅すぎる気がするが少しでも機嫌を直してもらいたい。
一年、たしか一組って書いてあったよな。ペア記入用紙に書いてあったことを思い出す。
一年一組をのぞいてそのあたりにいるやつに声をかける。
「なあ、相田っている?」
聞いてみるが、全員反応が薄い。
「相田?」
「知らないです」
「さっきまでそこらへんにいた気がする」
席を聞くと窓側の一番後ろらしい。
ここでも隅っこなのか。
たしかに席に姿は見当たらなかった。
別の場所で食べているのだろうか。
「ありがとう。ちょっと探してみるわ」
そう言って俺は教室をあとにした。
そうは言ってもな、と思う。
いつも自分は教室で食べているので他にどこで食べるかなんて知らない。
教室以外で食べる場所……。
うちの高校には食堂はないし、文化部は部室で食べるやつもいるというがよく知らない。
絵描いてるって言っていたし美術室行けばいるかな……とそちらに向かおうとして、窓から入ってくる気持ちいい風に気づいた。
「いい天気だな」
そしてこの天気ならもしかして外ということもありえるのでは、と中庭を見下ろす。
「いた……」
相田はベンチに座っている。昼ご飯を食べているようだ。
中庭に出てベンチに駆け寄って行く。
「相田……ってうわ!」
土の盛り上がっている部分に足を取られて転んだ。
自分のドジ具合がイヤになる。
「……なにしてるんですか」
ベンチに座っている相田が呆れた顔で転がっている俺を見下ろしていた。
そりゃ呆れるよな……。
「大丈夫ですか?」
手を伸ばして俺を助け起こす。
「だ、大丈夫。あ、相田はどっちがいい?」
買ってきたジュースをさしだす。
缶でよかった。無事に潰れずにすんだようだ。
「……じゃあオレンジで」
オレンジジュースを取る。
「それで何しにきたんですか?」
「へ?」
「ジュース渡しにきたわけじゃないですよね?」
「あー、そのな……」
モゴモゴしてから顔の前で手を合わせた。
「ごめん!」
「は?」
「……あの、さっきの俺の無神経発言。前髪のやつ」
「……ああ」
忘れていたという顔だ。
「べつに気にしてません」
相田は無表情に手の中でジュースを転がす。
「……けど気をつかわせてしまってすみません」
ピュウと風が吹いた。
相田の前髪がなびく。
前髪の下の顔が見えた。
左目の眉のあたりに切ったような傷がある。
俺に見られたのがわかって顔をしかめた。
ソッと手で髪を押さえて言う。
「……醜いでしょ」
「……かっけえ」
俺の視線に相田は訳がわからないという顔をしている。
「相田ってケンカ強いのか?それはもしかして名誉の負傷とか?」
ブッと変な音がすると相田は口をおさえた。
ひょっとして今噴き出した?
「……先輩、想像力逞しすぎ」
次の瞬間には元の無愛想な顔に戻っているが。
「というかドラマとか見すぎ?」
呆れた声で言って俺を見る。
「俺がケンカ強いように見えますか?」
「自分から暴力を振るうようには見えないな」
それからちょっと考えて。
いや、もしかして家庭内暴力とか……?と青くなる。
「……あのその俺で力になれるか分からないけどご家庭で問題あるなら」
「何を想像しているかわからないから言っておきますが家族とはそれなりに仲良いので」
それなりが気になるが。
じゃあ、と言う。
「なんでかは……。ごめんやっぱ聞かない」
「そうですか」
ジッとこっちを見つめて言う。
「なんで?」
純粋に疑問に思っている声だ。
「さっき失敗したから。相田が言いたくないなら聞かないよ。それにケンカなんてするわけないよな。絵を描く手は大事だろ?」
「それはわかっているんですね」
ベンチに置いた手に自分の手を重ねてみると意外に大きい手をしている。
いや、俺より背が高いから意外というほどでもないか。
指は長いが皮が厚いしっかりした男の手だ。繊細そうなのでギャップだなと思う。
「いい手だな」
俺が笑いながら言うと相田の様子がおかしい。
目を見開いて、首まで真っ赤になっている。
「……どうかした?」
「べつに」
それから言う。
「先輩は誰に対してもそんなに距離が近いんですか?」
んん?
これはもしかしなくても照れているのだろうか。
「いや別にいいだろ、男同士なんだし」
そう言うと少し沈黙してから相田は言った。
「じゃあ男同士なら、これも普通ですか?」
相田の手がスルと手首をつたって今度は俺の手をぎゅっと握る。
「へ?」
意外に力が強い。
「動かせないんだけど」
「そうしてますからね」
「え、なんで?」
俺が目をぱちくりしていると、フッと相田は笑って立ち上がった。
「ジュースありがとうございました」
そして顔を背けて校舎に入って行く。
俺は首を傾げた。
「……なんだいまの」
先生のその合図で俺はそいつの前に座った。
「よろしくな」
「……どうも」
ぼそぼそと話す声は不明瞭で。
目線も合わないけれど、俺はなんだかわくわくどきどきするばかりだった。
こう言うと遠足前の小学生みたいだけど。
うちの高校にはペア講座というのがある。
俺が所属しているのは芸術専攻コース。名前こそしっかりしているがなんでもアリの自由な選択コースだ。
絵に彫刻に服飾、建築や習字と本当にやることは多種多様。
なんでもいい。自分の「美しい」を極める。
それがコースが掲げるスローガンである。
話を戻そう。
ペア講座というのは一年と二年が二人一組になって作品創作の手助けをし合うという授業である。
協調性を高めるのが目的ということだがうちのコースにはとにかく色んな意味で個性的なやつが多い。
ペラペラ喋るのが好きなやつもいれば、職人気質で黙々と作業するのが好きで要するに他者を受け入れないやつもいる。ペアをみつけるのも場合によっては一苦労だ。
第一回の授業はペアを組むことからはじまる。
男子と女子は分かれていて、男子組は体育館に二年と一年が一気に集められる。ある意味むさくるしく人の熱気がすごい。
すでに決まっているやつもいるが二年生から一年生をスカウトすることが多い。
制限時間が決まっているのでどんどん周りはペアでくっついていく。
俺はなかなか決まらず少し焦ってきた。
これというやつがなかなかみつからない。
「決まってないやつはあみだ決定な」
そう言って担任はあみだくじを出してくる。
「んなっ」
踏まれた猫のような声を上げてしまった。
冗談じゃない。
気の合わないやつと組まされて一学期を無駄にするなんてもったいない。
……いや別に誰とでもそれなりにやれるという気はするのだがどうせなら自分が選んだやつと組みたいというのが本音だろう。
その時、隅っこでぽつんとしているやつが目に入った。
目にかかる長い黒髪、けっこうデカくてスタイルがいい。内にこもる気質なのかやる気がないのかむしろあみだくじを待っているような気さえする。
俺はそいつを一目見てダッシュで近づくと腕を掴んだ。
「なあ俺とペア組まない?」
思わず圧強めで言ってしまった。
ハッと気づいたときにはドン引いた目で見つめられている。
「ハルちゃんが後輩口説いてるー」
「やかましいわ」
そんな言葉にも構っているヒマはない。
待っている間にも担任は非情に告げる。
「あと三分だぞ」
時間切れが近づいている。
ええい、逃してたまるか。
「イエスかノーで答えて」
そういうとふいと目をそらされた。
もしかして拒絶された?
「……別に、俺でよければ」
横を向いたまま小さく言う。
わかりにくいけどオーケーってことか。
「よしきーまり!先生決まりました!」
小躍りしながら担任に報告に行く。
「やかましいぞ鶴見」
バインダーではたかれる。
「スイマッセン」
暴力反対だ。
「お前は小学生か。というか遅いんだよ」
たしかに周りはもう座ってガヤガヤ話している。
むうと唇を尖らせる。納得いかない。
仲良くペアで座りしばしの雑談タイムだ。
「そういえばお前何専門?何作ってんの」
「……絵描いてる」
俺が聞くとそいつは無愛想に答えた。
「どんな絵?」
「……いろいろ」
向こうからは何も質問してこない。
話が続かない、と思う。
「じゃあ今更だけど互いに自己紹介しろー」
担任がそう言うのでそういえばまだ名前も聞いていないと思う。
「俺は鶴見晴夜。えっとこういう字」
ペア記入用紙に書いて渡す。
「……相田灰清」
雑な俺の字とは違って習字専門じゃないかというほどのきっちりした字だ。
「そうか、よろしくな相田」
「……よろしく先輩」
ボソリと小さい声ながらそう言う。
おお、先輩という呼び名は新鮮だ。
ところで相田の前髪は本当に前が見えているのかというほど長く、目が合わない。
「なあ、前髪切らねえの?」
顔のバランスはいいのにもったいない、と思ったからそう聞くと冷えた声で言われた。
「……あんたには関係ないだろ」
「ご、ごめん。なんか地雷踏んだ?」
相田の雰囲気に俺はとっさに謝る。
無表情だからよくわからないけど今の声音は怒ってる感じがする。
ぷいと相田は横を向いた。
「……べつに」
「あの……」
授業の終わりのチャイムが鳴った。
「はい、今日はここまで。各自解散な」
うぃーっすと周りの人間は立ち上がる。
言おうとしていたことは言いかけのまま途切れる。
相田は無言で立ち上がるとさっさと行ってしまった。
やってしまった。
「やっちゃったよ……」
机に突っ伏す。
「ハルちゃんが落ちこんでるー」
ケタケタと笑われる。
「うるせ」
昔から思ったことはすぐ口に出して言ってしまうのが欠点だ。直そうとしても今さらどうにかなるものでもない。
いや、でもさすがに俺が無神経だった。なにが悪かったのかは分からないけれど相田なりに髪を切りたくない理由があるのだろう。
よし、と立ち上がる。
謝りに行くか。
思ったら即行動である。
とりあえず昼休みに会いに行くことにした。自販機でジュースを買う。
賄賂……にしては安すぎて考えとしては浅すぎる気がするが少しでも機嫌を直してもらいたい。
一年、たしか一組って書いてあったよな。ペア記入用紙に書いてあったことを思い出す。
一年一組をのぞいてそのあたりにいるやつに声をかける。
「なあ、相田っている?」
聞いてみるが、全員反応が薄い。
「相田?」
「知らないです」
「さっきまでそこらへんにいた気がする」
席を聞くと窓側の一番後ろらしい。
ここでも隅っこなのか。
たしかに席に姿は見当たらなかった。
別の場所で食べているのだろうか。
「ありがとう。ちょっと探してみるわ」
そう言って俺は教室をあとにした。
そうは言ってもな、と思う。
いつも自分は教室で食べているので他にどこで食べるかなんて知らない。
教室以外で食べる場所……。
うちの高校には食堂はないし、文化部は部室で食べるやつもいるというがよく知らない。
絵描いてるって言っていたし美術室行けばいるかな……とそちらに向かおうとして、窓から入ってくる気持ちいい風に気づいた。
「いい天気だな」
そしてこの天気ならもしかして外ということもありえるのでは、と中庭を見下ろす。
「いた……」
相田はベンチに座っている。昼ご飯を食べているようだ。
中庭に出てベンチに駆け寄って行く。
「相田……ってうわ!」
土の盛り上がっている部分に足を取られて転んだ。
自分のドジ具合がイヤになる。
「……なにしてるんですか」
ベンチに座っている相田が呆れた顔で転がっている俺を見下ろしていた。
そりゃ呆れるよな……。
「大丈夫ですか?」
手を伸ばして俺を助け起こす。
「だ、大丈夫。あ、相田はどっちがいい?」
買ってきたジュースをさしだす。
缶でよかった。無事に潰れずにすんだようだ。
「……じゃあオレンジで」
オレンジジュースを取る。
「それで何しにきたんですか?」
「へ?」
「ジュース渡しにきたわけじゃないですよね?」
「あー、そのな……」
モゴモゴしてから顔の前で手を合わせた。
「ごめん!」
「は?」
「……あの、さっきの俺の無神経発言。前髪のやつ」
「……ああ」
忘れていたという顔だ。
「べつに気にしてません」
相田は無表情に手の中でジュースを転がす。
「……けど気をつかわせてしまってすみません」
ピュウと風が吹いた。
相田の前髪がなびく。
前髪の下の顔が見えた。
左目の眉のあたりに切ったような傷がある。
俺に見られたのがわかって顔をしかめた。
ソッと手で髪を押さえて言う。
「……醜いでしょ」
「……かっけえ」
俺の視線に相田は訳がわからないという顔をしている。
「相田ってケンカ強いのか?それはもしかして名誉の負傷とか?」
ブッと変な音がすると相田は口をおさえた。
ひょっとして今噴き出した?
「……先輩、想像力逞しすぎ」
次の瞬間には元の無愛想な顔に戻っているが。
「というかドラマとか見すぎ?」
呆れた声で言って俺を見る。
「俺がケンカ強いように見えますか?」
「自分から暴力を振るうようには見えないな」
それからちょっと考えて。
いや、もしかして家庭内暴力とか……?と青くなる。
「……あのその俺で力になれるか分からないけどご家庭で問題あるなら」
「何を想像しているかわからないから言っておきますが家族とはそれなりに仲良いので」
それなりが気になるが。
じゃあ、と言う。
「なんでかは……。ごめんやっぱ聞かない」
「そうですか」
ジッとこっちを見つめて言う。
「なんで?」
純粋に疑問に思っている声だ。
「さっき失敗したから。相田が言いたくないなら聞かないよ。それにケンカなんてするわけないよな。絵を描く手は大事だろ?」
「それはわかっているんですね」
ベンチに置いた手に自分の手を重ねてみると意外に大きい手をしている。
いや、俺より背が高いから意外というほどでもないか。
指は長いが皮が厚いしっかりした男の手だ。繊細そうなのでギャップだなと思う。
「いい手だな」
俺が笑いながら言うと相田の様子がおかしい。
目を見開いて、首まで真っ赤になっている。
「……どうかした?」
「べつに」
それから言う。
「先輩は誰に対してもそんなに距離が近いんですか?」
んん?
これはもしかしなくても照れているのだろうか。
「いや別にいいだろ、男同士なんだし」
そう言うと少し沈黙してから相田は言った。
「じゃあ男同士なら、これも普通ですか?」
相田の手がスルと手首をつたって今度は俺の手をぎゅっと握る。
「へ?」
意外に力が強い。
「動かせないんだけど」
「そうしてますからね」
「え、なんで?」
俺が目をぱちくりしていると、フッと相田は笑って立ち上がった。
「ジュースありがとうございました」
そして顔を背けて校舎に入って行く。
俺は首を傾げた。
「……なんだいまの」
