「こっちの方だと思うんだけどな」

 僕は現在ローブさん(仮)の小屋を捜索中。さっき彼女は異形に言っていた。

『傷は一週間もあれば塞がると思いますが、痛むようでしたらこの先の小屋に来てください。私はそこにいますので』

 気味悪がってこの山に人は近づかないって言った楓さんの言葉から、勝手にハンターさんだと思い込んでしまっていた。だけど、さっきの行為を見る限り、異形を駆逐する専門職のハンターであるはずがない。だって治療行為してましたもんね。駆逐とは真逆の行為だ。彼女は一体何者なんだろう。
 助けたいから、とそうはっきり告げられたけれど、人類の敵である異形をそれだけの理由で助けていいとは思えない。何か目的があるんじゃないかな。分からないことが多過ぎる。とにかくもっと詳しく話を聞きたい。それに……

「っ」

 僕は自分の胸に手を当てて、トクントクンと脈打つ鼓動を確かめる。

 ちゃんと、生きてる。

 目の前で口を開けられた時、異形に追いつかれた時、もう死んだと思った。だけど、僕は今ちゃんと生きている。怖かったけど、ここに生きている。
 もしローブさんがあの場に来てくれなければ、僕は今頃異形のお腹の中で、この世にいないかもしれない。彼女が間に立ってくれたおかげで、異形に襲われなかった。命の恩人だ。
 彼女の目的はなんであれ、救われた事実は変わらない。きちんとお礼を言いたいと思う。

「あ、あった……」

 数分歩き続けていると、木々が開けた場所に小さなログハウスを発見。だけどなぜか扉が全開である。山の中で人があまり来ないからって、これはあまりにも不用心なのでは? それとも何か理由がある? 罠とか? 入った瞬間床が抜けて落下するとか?
 戸惑いながらも、僕はトントントン、とゆっくり壁を叩いてみる。

 ……

「あれ?」

 しばらく待ってみたけれど、中から一向に返事がない。窓から明かりが漏れているし、帰って来てはいるんだろうけど。
 扉は開いてるから入って来いってこと? ではないよね、流石に。それに僕が叩いてから、気配を殺すような感じさえした。居留守されているような気がする。
 んー、どうしたものか。聞きたいことがたくさんあるし、このまま帰る訳には……

「すみません、先ほど助けていただいた者ですが」

 トントントントントントン……







「はい」

 しばらく叩き続けていると、奥の方から黒い影が。目を細めてよく見れば、外で見た時と同様、ローブを着て鼻先までマフラーをして完全防備なローブさんだった。そしてその瞳には警戒心が前面に乗っている。

 出てくるのが遅かったのは、来訪者が誰なのか警戒していたからかもしれない。女性の一人暮らしの場所へ男が出向くというのはちょっとマズかった? でも今昼間だし、仕方なしかと……それに扉開けっぱなしでしたよ? 警戒するならまずは閉めましょう。そして鍵をかけておきましょう。

「あの、僕の名前は陸奥と言います。先ほど助けていただいたお礼をしたくて来ました」

 僕は彼女をこれ以上怖がらせないように、ニッコリと微笑む。そして優しい声を意識して紡いだ。だけど……

「はぁ、どうもこんにちは。それではさようなら」

 ローブさんは素っ気なく言い放つと、スススと奥の方へ消えていく。そしてそのまま闇と同化して居なくなってしまった。
 えぇ、ちょっと、待って⁉ 折角出てきてくれたのに、強制終了しないで!

 トントントントンドンドンドン!

「うるさいです、何ですか」
「ですから、お礼をさせていただきたくてですね。それとお話をお聞きしたいんです」
「そういうの要らないので帰ってもらっていいですか」

 え、待って。また奥に行こうとしてる! そうはさせない!

「はぁ? 服掴まないでくれます?」
「ちょっとだけお時間ください」
「嫌です、私忙しいので」
「そこを何とか」

 ローブさんはジッと目に力を込めて、僕のことを睨みつけていた。その目が告げている、早く服を離せ、と。
 だけど、今離したらもう出てきてくれないような気がする。だから離したくない。

 ……はっ! でも待って、女の人の服を許可なく触るのって痴漢? 逮捕される? 僕としては話を聞きたいだけでいかがわしい目的は全くないんだけど、これ状況だけみると完全にアウトな感じでは⁉
 お宅に押しかけただけでなく、嫌がるローブさんの服を無理矢理掴んでいる、この状況! これは、通報案件‼
 サァーと血の気が引いていくのを感じた。「お巡りさーん」と叫ばれる前に手を離さねば、と考えていると……

「はぁ、分かりました。少しだけでいいのならお話聞きますよ」
「誤解なのです……って、本当ですか! ありがとうございますありがとうございます!」
「うるさいです」
「……すみません」

 ついはしゃいでしまったら、汚い物でも見るかのような瞳で見られた。うるさくして大変申し訳ありませんでした。これ以上彼女の機嫌を損ねると、やっぱり帰れと言われそうな気がするので、黙って大人しくしておく。
 そして通報されなくて済みそう。良かった良かった。



※※※



「どうぞ、こちらに」
「ありがとうございます」

 ローブさんは奥の部屋に案内してくれた。そこには小さな机と椅子があるだけの、殺風景な空間。部屋全体から寂しい空気が漂っているような気がした。

 それにしてもローブさんちょっと怖い。異形相手に対応している時は、すごく優しい声音だったのに、僕に対応する時はとんでもなく冷たい声音だ。凍えてしまいそうなブリザード対応。なんでなの、僕は異形以下なの? 人類の敵である異形以下なの?
 こうやって無理矢理押しかけてしまい、多少迷惑だったかもしれないことは認める。けれど、そんなに冷たくされねばいけないことでしょうか!?

「それで?」

 ほらもぅ、圧迫面接じゃんか! 椅子に腰かけた途端、これだもん。その射抜くように怖い目と、めんどくさそうな雰囲気を止めてください! しんどい! 心がキュッてなる!
 これは早く要件を終わらせて退散した方がいいのかな。僕の心があまり持ちそうにない。