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 けたたましい警報音が鳴った。のどかな町に不釣り合いな、空を裂く音。思わずあたしは声にならない悲鳴をあげる。

 身が竦んでいると、足もとにいたキジトラが出し抜けに駆けていった。よろよろ下りてくる遮断機を容易く突破し、流れ星のような速さで踏切を越えてしまった。

 あたしは反射的に一歩踏みだす。キジトラを追いかけようとしたものの、ちっぽけな勇気は遮断機に妨げられ萎縮してしまう。森のアーチの向こう側、緩やかなカーブを描きながら空の下にあらわれる、レトロチックな三両編成。クレシェンドに盛りあがるジョイント音。

 踏切を渡りきったところで、不意にキジトラがこちらをふり返る。おたがいの声の届く距離。それなのに、どうして?――もう取り返しがつかないほど遠くに感じるの。瞬きひとつに満たない刹那、千のことばが渦巻く。渦のほとりであたしとあの子は似たような孤独を共有している。

 眼のまえを電車が通過する。何時(いつ)でもかぞえられる程度の乗客しか運ばない車両のくすんだ窓をみていたら、なつかしい記憶が泉のように湧きだす。あれは、やっぱり高校一年の冬のこと――ふたりぼっちの放課後、めずらしいパウダースノーに案内される帰り道、いつも通りかれと影を引き摺るように歩いていた時間(とき)。そのワンシーンをきっかけに、記憶の奥行きはなめらかに広がる。朝日の挨拶で満面の笑みを咲かせる、アオザリスの花びらみたいに……


 あの日、あたしはラッキーだった。天気が曇ってるせいで暗い昇降口。いつもの背中をみつけた。ガラス越しに空をながめていることがわかる。外はふわふわの雪が降っており、あたしの目のまえ、かれのからだのシルエットに合わせて切りとった、雪をさえぎる寒夜の幕を引いてるようだった。

「なにしてるの?」

 空を見上げたまま、かれはこたえる。

「雪が降ってるなあ、と思って。天気予報は雨だったはずなんだけど。傘もってきて失敗だったな」

「じゃあ、勿体ないから使おうよ」

 よかった。ふつうに会話できてる……よね? 内心、あたしは得意なきもちになる。ひそかに小さくガッツポーズ。この頃のあたしは、心の準備としてかれと話すシミュレーションをくり返さないと自然に声もかけられなくなる魔法にかかっていた。

 この頃、というのは、打ちとけて二週間が経つくらいの時機をさす。ファースト・コンタクトで磁石と砂鉄みたいに意気投合したけれど、まさか周回遅れで人見知りっぽくなるなんて。

 かれの視線があたしを捉える。怪訝そうな顔。あたしの声にふり返ってくれるだけで、ふしぎなほど浮き足立っちゃう。

 ほら貸して。あたしはかれの返事も待たず、半ば強引に傘をうばう。「ちゃんとあなたも入れてあげるから」

「これ、元々おれのなんだけど。ていうか高校生になって相合い傘すんの恥ずかしい」

「べつに高校生とか、かんけーないでしょ。傘さしてれば顔なんてわからないし」

 おたがいの吐かれた白い息がまざり、ゆっくり消えるまでの時間、あたしらは見つめあう。

「……ほら」こんどはかれが、あたしから傘を取りあげる。「わかったから、靴、ちゃんと履きなよ。ローファーの踵、また踏んでるでしょ」


 帰りたくない帰り道。あたしらはお腹をすかしたロリスより一段と遅いペースで歩いていた。急いでしまうと、そのぶん影が伸びる速度も比例して早まるような気になって。

 雪は銀世界をこころざし、しんしんと降り続いていた。月の光がきれいに映える純白のカーペットを、夜のとばりが下りるまでに町中に敷きたがっているように。