「お好み焼きって家でホットプレートで焼くより屋台で買ったやつの方が上手いよな。大して作り方変わんないのに」
校舎裏のベンチでお好み焼きを食べながら、犬井が舌鼓を打つ。彩人は綿あめをちびちび食べながら曖昧に頷いた。
「そういや、水瀬と2人っきりになるのって初めてじゃね?」
綿あめでむせそうになる。悠介は何をやらかしたのかたまたますれ違った担任教師に連れていかれ、犬井と文化祭を回る羽目になってしまった。
「いつも悠介がいるもんなあ。ていうか2人めっちゃ仲良くね? さっきもあんなにガッチリ手を繋いじゃってさあー」
「別に、幼馴染みだから一緒にいることが多いだけだ」
「本当にそれだけー? ラノベだとさ、いつのまにか好きになってたーとかになるシチュエーションじゃん」
「馬鹿、男同士だぞ」
自分で言って、ちくりと胸が痛んだ。唇を合わせた時の柔らかい感触、肩に回された腕の力強さ、背中に感じた熱。一瞬で思い出して体がカッと熱を持つ。
「今時そんなこと気にすることじゃないだろー? そういう小説もドラマも流行ってるしさ。水瀬も読んでも見たら? 水瀬の耽美な雰囲気の作風と相性いいと思うから参考の糧にさ。実は俺も――」
「うるさい」
「えっ?」
犬井が口をぽかんと開けた。
「うるさいって言ったんだよ」
握りしめた綿あめの割りばしをみしみしと軋んだ音がする。
「からかってんの? それとも馬鹿にしてるのか? 俺がお前の正体知ってるって気付いてんだろ? 何、自慢?」
「正体…‥‥?」
「とぼけるならもうそれでいい。もがき苦しんでいる俺のこと勝手に見下しとけばいいよ。でも」
ぎりっと睨むと、犬井が怯むのが分かった。
「俺と悠介の関係を馬鹿にしたり茶化すようなことは言うな。今度言ったら、許さないから」
ベンチから勢いよく立ち上がると、がたんと音がした。呆然とする犬井をその場に置き去りにする。
馬鹿にされてたまるか。俺の気持ちは俺のもので、俺と悠介の関係は俺たちだけのもので、まわりからとやかく言われる筋合いはない。
羨望、焦燥、苛立ち。雪崩こんできたぐちゃぐちゃの感情に追い立てられるように、肩を怒らせてずんずんと歩き学校をあとにした。
ばたんと力任せに自分の部屋のドアを閉めると、朝抜け出したままのベッドに制服のまま飛び込んだ。
「あーくそ。なんかもう腹立つ。何が参考になる、だよ」
足をばたばたさせていると、ポケットの中のスマホが震え、「どこにいるの? もう帰っちゃった?」と悠介からのメッセージが届く。「家」と一文字で返しスマホを投げ出そうとすると、今度はWEB小説アプリのノベスタ!から、月波はるかの小説更新の通知が届く。
「あいつ、このタイミングで更新するか?」
あほか。しかし小説の続きが読みたいという欲求には抗えずアプリを開き、新着小説に目を通した。
*******************
暗幕で仕切られたその向こう側には、真昼だと言うのに夜空が広がっていた。
高校生によるそれは稚拙で突っ込みどころ満載でとても本物星空とは似つかないけれど、あゆ子はきっと目を輝かせているはずだ。サイリウムの光だけでははっきりとは見えないけれど、その笑顔が想像できる。
暗闇の中できゅっと手を握ると、その手がわずかに震えるのが分かった。
「蒼汰、何にも見えないよ」
「俺だけ見えればいいんじゃない?」
「いや、蒼汰のことも見えないけれど」
「見えなくても繋がってればいいんだよ」
突然後ろで人が動く気配がして、頭の上を何かが飛んでいく。
「ペルセウス座流星群です!」
蒼汰は咄嗟にあゆ子を自分のほうに引き寄せる。腕の中で小さな体が震え、不謹慎にも甘くていい匂いがした。
あゆ子には悪いけれど、ずっとこのままでいたい。そうすれば、他に何も見えない暗闇のなかでずっとふたりぼっちでいられる。
*******************
読み終わってしばらく、彩人はスマホをもったまま、固まっていた。自分が大きな勘違いをしていたことに気付き、手が震える。
嘘だろ、まさか、なんで。
「あの馬鹿」
仰向けに寝がえりを打って、日に焼けた天井の壁紙とにらめっこをする。彩人を覚悟を決めると、大きく息を吐いてからメッセージを送信し、すぐにスマホの電源を落とした。
校舎裏のベンチでお好み焼きを食べながら、犬井が舌鼓を打つ。彩人は綿あめをちびちび食べながら曖昧に頷いた。
「そういや、水瀬と2人っきりになるのって初めてじゃね?」
綿あめでむせそうになる。悠介は何をやらかしたのかたまたますれ違った担任教師に連れていかれ、犬井と文化祭を回る羽目になってしまった。
「いつも悠介がいるもんなあ。ていうか2人めっちゃ仲良くね? さっきもあんなにガッチリ手を繋いじゃってさあー」
「別に、幼馴染みだから一緒にいることが多いだけだ」
「本当にそれだけー? ラノベだとさ、いつのまにか好きになってたーとかになるシチュエーションじゃん」
「馬鹿、男同士だぞ」
自分で言って、ちくりと胸が痛んだ。唇を合わせた時の柔らかい感触、肩に回された腕の力強さ、背中に感じた熱。一瞬で思い出して体がカッと熱を持つ。
「今時そんなこと気にすることじゃないだろー? そういう小説もドラマも流行ってるしさ。水瀬も読んでも見たら? 水瀬の耽美な雰囲気の作風と相性いいと思うから参考の糧にさ。実は俺も――」
「うるさい」
「えっ?」
犬井が口をぽかんと開けた。
「うるさいって言ったんだよ」
握りしめた綿あめの割りばしをみしみしと軋んだ音がする。
「からかってんの? それとも馬鹿にしてるのか? 俺がお前の正体知ってるって気付いてんだろ? 何、自慢?」
「正体…‥‥?」
「とぼけるならもうそれでいい。もがき苦しんでいる俺のこと勝手に見下しとけばいいよ。でも」
ぎりっと睨むと、犬井が怯むのが分かった。
「俺と悠介の関係を馬鹿にしたり茶化すようなことは言うな。今度言ったら、許さないから」
ベンチから勢いよく立ち上がると、がたんと音がした。呆然とする犬井をその場に置き去りにする。
馬鹿にされてたまるか。俺の気持ちは俺のもので、俺と悠介の関係は俺たちだけのもので、まわりからとやかく言われる筋合いはない。
羨望、焦燥、苛立ち。雪崩こんできたぐちゃぐちゃの感情に追い立てられるように、肩を怒らせてずんずんと歩き学校をあとにした。
ばたんと力任せに自分の部屋のドアを閉めると、朝抜け出したままのベッドに制服のまま飛び込んだ。
「あーくそ。なんかもう腹立つ。何が参考になる、だよ」
足をばたばたさせていると、ポケットの中のスマホが震え、「どこにいるの? もう帰っちゃった?」と悠介からのメッセージが届く。「家」と一文字で返しスマホを投げ出そうとすると、今度はWEB小説アプリのノベスタ!から、月波はるかの小説更新の通知が届く。
「あいつ、このタイミングで更新するか?」
あほか。しかし小説の続きが読みたいという欲求には抗えずアプリを開き、新着小説に目を通した。
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暗幕で仕切られたその向こう側には、真昼だと言うのに夜空が広がっていた。
高校生によるそれは稚拙で突っ込みどころ満載でとても本物星空とは似つかないけれど、あゆ子はきっと目を輝かせているはずだ。サイリウムの光だけでははっきりとは見えないけれど、その笑顔が想像できる。
暗闇の中できゅっと手を握ると、その手がわずかに震えるのが分かった。
「蒼汰、何にも見えないよ」
「俺だけ見えればいいんじゃない?」
「いや、蒼汰のことも見えないけれど」
「見えなくても繋がってればいいんだよ」
突然後ろで人が動く気配がして、頭の上を何かが飛んでいく。
「ペルセウス座流星群です!」
蒼汰は咄嗟にあゆ子を自分のほうに引き寄せる。腕の中で小さな体が震え、不謹慎にも甘くていい匂いがした。
あゆ子には悪いけれど、ずっとこのままでいたい。そうすれば、他に何も見えない暗闇のなかでずっとふたりぼっちでいられる。
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読み終わってしばらく、彩人はスマホをもったまま、固まっていた。自分が大きな勘違いをしていたことに気付き、手が震える。
嘘だろ、まさか、なんで。
「あの馬鹿」
仰向けに寝がえりを打って、日に焼けた天井の壁紙とにらめっこをする。彩人を覚悟を決めると、大きく息を吐いてからメッセージを送信し、すぐにスマホの電源を落とした。
