「いやー、どの模擬店行く? 俺りんご飴食べたい。水瀬は?」
「俺は今はいい」
「じゃあ、俺行きたいところあるんだけど」
「お、いいよー。月森どこ行きたいの?」
文化祭という特別なイベントに普段とは違う浮かれた空気が校内を流れる。悠介と犬井に挟まれて歩きながら、彩人は「なぜこんなことに」と首を捻った。
左側にいる悠介はまわりをきょろきょろと見まわしている。ぱちりと彩人と目が合うと「ほら、綿あめもあるよ! 彩人好きだよね?」とまるで尻尾を振る犬のように目を輝かせた。
「別に」
ふいとそっぽを向く。
不意打ちのキス(しかも二回も!)からちょうど一週間。ぎくしゃくしてしまう彩人とはうらはらに、悠介は至っていつもどおり、にこにこふわふわマイペースだ。
一体どんなつもりでキスなんかしたんだろう。実は何も深くは考えてはなくて、犬とか猫みたいにじゃれついただけだろうか。
「月森、水瀬! 俺ここに行きたいんだけど」
前を歩いていた犬井に呼ばれて立ち止まる。
彩人が月波の正体に感づいたことに気付いているのかいないのか、犬井の態度は最初と全く変わらない。ただ、あれ以来更新されている月波のWEB小説には、例えば部長の田崎のほとんど小言のようなアドバイスだとか、悠介が持ち込んで皆で分けて食べたお菓子のことだとか、部室にいた人間にしか分からない小ネタが散りばめられている。やはり月波の正体はほぼ間違いないだろう。
「おーい、水瀬。ここ入ろうぜ」
「え、ああ、うん」
犬井が立ち止まったのは理科室の前だった。引き戸の向こうには暗幕が張り巡らされており中が見えず、入り口には模造紙とセロファンで作られた火星と和紙を丸くかたどって中にライトを入れた月が置かれていた。
「天文部のプラネタリウム。クラスメイトから誘われててさあ」
「へえ、楽しそうだねえ」
「あ、犬井君! やっと来た!」
暗幕の向こうから飛び出してきた女子生徒が犬井の腕を掴む。するとそのままぐいぐいと暗幕の向こうへ引っ張っていって中へ消えた。
「あ、こちらからどうぞ。一人一組で入って下さい」
入口に立っていた天文部の部員が彩人と悠介の背中を押し、暗い理解室の中に足を踏み入れた。サイリウムが悠介に手渡される。
「二人一組で手を繋いで前に進んで下さいねー」
「えっ? ちょっと!」
慌てて振りかえるが、目の前でぴしゃりと暗幕が閉じられた。
「行こうか」
「え?」
暗闇の中で手を取られた。はっとして隣を見ると、サイリウムの蛍光色の光では細かい表情は見えなかった
ヒヤリとした手を頼りに、暗幕が張り巡らされた迷路を進む。天井からは蛍光色の塗料が塗られた天体がぶら下がり、暗幕にも蛍光塗料で正座が描かれて、BGMにホルストの惑星が流れている。
「うわー、綺麗。ねえ、彩人?」
「あ? うん」
「どうしたの? 暗いの苦手だった?」
「いや」
「ああ、でも小学生になっても電気ついてないと寝れなかったよね。常夜灯でもまだ暗いって、明るいまんま寝てたじゃん?」
「覚えてない」
繋がれた右手の力が強くなる。いつの間にか包み込むように大きくなった手にどきりと心臓が軋んだ。
「ほら、震えてる」
「違う」
「暗い部屋で寝る練習のために、しばらくお互いの部屋でお泊り会して一緒に寝てたよね」
「そんなことあったっけ」
嘘だ。しっかりと覚えている。
「いいよ、忘れても。俺は全部覚えてるし」
真昼の夜空に溶ける声。一体どんな顔をしているのかは分からない。
「好きなんだ」
「はあ?」
「暗いの、俺は好き」
きゅっと握られた手の力が強くなり、びくりと肩を竦める。
「彩人は俺しか見えなくなるでしょ」
「お前どころか、何にも見えないけどな」
「それでもいいよ。俺以外も見えるよりは何にも見えないほうがいい。俺はこうやって繋がってればいいんだから」
「ふざけたこと言うなよ。お前恋愛小説でも読んで感化された? 流行のブルーライト文芸とか」
「読んだのは彩人この前書いた学園物ぐらいだよ?」
手を振りほどこうにも出来ない。今手を離せば見失ってしまうし、そもそも振りほどけないぐらい強く握られている。迷子の子供のように手を引かれて歩いていると、
「ペルセウス座流星群です!」
突然後ろから声をかけられ、
「うわ」
「危ないっ」
後ろから頭上を何かがひゅんと飛んでいく。咄嗟に座り込むと悠介が庇うように覆いかぶさって来た。
腕の中に抱えられて心臓が皮膚を突き破って外に飛び出してしまいそうな程激しく脈打った。
「危ないでしょ、石なんか投げちゃ」
「いや、石じゃなくて消しゴムなんですけど……」
なるほど、流れ星ね。床の上には蛍光塗料で塗られた消しゴムが散らばっていた。
「消しゴムでも当たったら痛いし、もし驚いてこけて怪我してたらどうするんだよ。止めたほうがいいと思う」
「すみません……」
暗闇の向こうで恐縮する天文部員に珍しく強い口調で吠えると、「行こ」と彩人の手を引いて立ち上がらせた。
「うわ、眩しい」
暗幕の外に出たとたん、目を刺すような光に目を眇める。
「お、どうだった? って楽しんだみたいだね。うんうん、青春だなあ」
しっかりと繋いだ手を見て犬井が茶化す。彩人は握られた手を慌ててぱっと離した。
「ふざけたこと言うなよ」
「いやー甘酸っぱいねえ」
「しょうもないこと言ってないで、ご飯食べよ。俺お腹すいた」
悠介が二人の前を歩く。制服のシャツが白くはためいてひどく眩しい。
「俺は今はいい」
「じゃあ、俺行きたいところあるんだけど」
「お、いいよー。月森どこ行きたいの?」
文化祭という特別なイベントに普段とは違う浮かれた空気が校内を流れる。悠介と犬井に挟まれて歩きながら、彩人は「なぜこんなことに」と首を捻った。
左側にいる悠介はまわりをきょろきょろと見まわしている。ぱちりと彩人と目が合うと「ほら、綿あめもあるよ! 彩人好きだよね?」とまるで尻尾を振る犬のように目を輝かせた。
「別に」
ふいとそっぽを向く。
不意打ちのキス(しかも二回も!)からちょうど一週間。ぎくしゃくしてしまう彩人とはうらはらに、悠介は至っていつもどおり、にこにこふわふわマイペースだ。
一体どんなつもりでキスなんかしたんだろう。実は何も深くは考えてはなくて、犬とか猫みたいにじゃれついただけだろうか。
「月森、水瀬! 俺ここに行きたいんだけど」
前を歩いていた犬井に呼ばれて立ち止まる。
彩人が月波の正体に感づいたことに気付いているのかいないのか、犬井の態度は最初と全く変わらない。ただ、あれ以来更新されている月波のWEB小説には、例えば部長の田崎のほとんど小言のようなアドバイスだとか、悠介が持ち込んで皆で分けて食べたお菓子のことだとか、部室にいた人間にしか分からない小ネタが散りばめられている。やはり月波の正体はほぼ間違いないだろう。
「おーい、水瀬。ここ入ろうぜ」
「え、ああ、うん」
犬井が立ち止まったのは理科室の前だった。引き戸の向こうには暗幕が張り巡らされており中が見えず、入り口には模造紙とセロファンで作られた火星と和紙を丸くかたどって中にライトを入れた月が置かれていた。
「天文部のプラネタリウム。クラスメイトから誘われててさあ」
「へえ、楽しそうだねえ」
「あ、犬井君! やっと来た!」
暗幕の向こうから飛び出してきた女子生徒が犬井の腕を掴む。するとそのままぐいぐいと暗幕の向こうへ引っ張っていって中へ消えた。
「あ、こちらからどうぞ。一人一組で入って下さい」
入口に立っていた天文部の部員が彩人と悠介の背中を押し、暗い理解室の中に足を踏み入れた。サイリウムが悠介に手渡される。
「二人一組で手を繋いで前に進んで下さいねー」
「えっ? ちょっと!」
慌てて振りかえるが、目の前でぴしゃりと暗幕が閉じられた。
「行こうか」
「え?」
暗闇の中で手を取られた。はっとして隣を見ると、サイリウムの蛍光色の光では細かい表情は見えなかった
ヒヤリとした手を頼りに、暗幕が張り巡らされた迷路を進む。天井からは蛍光色の塗料が塗られた天体がぶら下がり、暗幕にも蛍光塗料で正座が描かれて、BGMにホルストの惑星が流れている。
「うわー、綺麗。ねえ、彩人?」
「あ? うん」
「どうしたの? 暗いの苦手だった?」
「いや」
「ああ、でも小学生になっても電気ついてないと寝れなかったよね。常夜灯でもまだ暗いって、明るいまんま寝てたじゃん?」
「覚えてない」
繋がれた右手の力が強くなる。いつの間にか包み込むように大きくなった手にどきりと心臓が軋んだ。
「ほら、震えてる」
「違う」
「暗い部屋で寝る練習のために、しばらくお互いの部屋でお泊り会して一緒に寝てたよね」
「そんなことあったっけ」
嘘だ。しっかりと覚えている。
「いいよ、忘れても。俺は全部覚えてるし」
真昼の夜空に溶ける声。一体どんな顔をしているのかは分からない。
「好きなんだ」
「はあ?」
「暗いの、俺は好き」
きゅっと握られた手の力が強くなり、びくりと肩を竦める。
「彩人は俺しか見えなくなるでしょ」
「お前どころか、何にも見えないけどな」
「それでもいいよ。俺以外も見えるよりは何にも見えないほうがいい。俺はこうやって繋がってればいいんだから」
「ふざけたこと言うなよ。お前恋愛小説でも読んで感化された? 流行のブルーライト文芸とか」
「読んだのは彩人この前書いた学園物ぐらいだよ?」
手を振りほどこうにも出来ない。今手を離せば見失ってしまうし、そもそも振りほどけないぐらい強く握られている。迷子の子供のように手を引かれて歩いていると、
「ペルセウス座流星群です!」
突然後ろから声をかけられ、
「うわ」
「危ないっ」
後ろから頭上を何かがひゅんと飛んでいく。咄嗟に座り込むと悠介が庇うように覆いかぶさって来た。
腕の中に抱えられて心臓が皮膚を突き破って外に飛び出してしまいそうな程激しく脈打った。
「危ないでしょ、石なんか投げちゃ」
「いや、石じゃなくて消しゴムなんですけど……」
なるほど、流れ星ね。床の上には蛍光塗料で塗られた消しゴムが散らばっていた。
「消しゴムでも当たったら痛いし、もし驚いてこけて怪我してたらどうするんだよ。止めたほうがいいと思う」
「すみません……」
暗闇の向こうで恐縮する天文部員に珍しく強い口調で吠えると、「行こ」と彩人の手を引いて立ち上がらせた。
「うわ、眩しい」
暗幕の外に出たとたん、目を刺すような光に目を眇める。
「お、どうだった? って楽しんだみたいだね。うんうん、青春だなあ」
しっかりと繋いだ手を見て犬井が茶化す。彩人は握られた手を慌ててぱっと離した。
「ふざけたこと言うなよ」
「いやー甘酸っぱいねえ」
「しょうもないこと言ってないで、ご飯食べよ。俺お腹すいた」
悠介が二人の前を歩く。制服のシャツが白くはためいてひどく眩しい。
