「今日夕飯家来るよね? 母さんが豚汁だって言ってたよ。彩人、好きだよね」
「いや、いい」
「え? 豚汁だよ? さつまいもも入ってるやつだよ?」
「良いって言ってるだろ」
がたんと音を立てて乱暴に椅子を引き、パソコンに向かう。立ち上がる数秒すら惜しく、ワープロソフトの新規ページを開いた途端、猛然とキーボードを打ち込みはじめた。プロットすら立てず、衝動のままに思いついた端から文字を打ち込んでいく。
彩人を動かすのは、嫉妬と羨望だ。出どころの分からない熱であぶられてぐにゃりと溶け、自分の中でふつふつと煮えたつ。
「ねえ、彩人。おにぎりにしてきたよ。ちょっと食べよ」
「いらない」
「そんなのよくないよ。ねえってば」
肩に乗った手を振り払う。ため息が聞こえたが知ったこっちゃない。しかし顔の前にラップを剥いたおにぎりが差し出されると、本能でぱくついた。指の動きは止めずに指も動かし続ける。
「よし、出来た……!」
<了>を打ち込んでエンターキーを押すと、彩人は大きく伸びをした。
「あ、終わった? すごい集中力だったね」
「あ? ああ。まだいたんだ」
「うん、ずっと見てた。てか待ってた」
時計を見て目を剥いた。
「ずっと?……おい、うそだろ、もう1時まわってる⁈」
「八時間ぶっ通しなんて新記録じゃない?」
「待たずに寝たらよかったのに」
「やだ。俺が待ってたかったんだ」
悠介がベッドの上で足をパタパタさせる。待ちぼうけを食らった割にふわふわ笑っていて、最近のコイツの機嫌はよく分からないなと彩人は首を捻った。
「あー、久々にご飯食べるの忘れるほど集中したな」
「え、食べたよ?」
「え?」
「俺がさっき食べさせたじゃん。おにぎりとコロッケと豚汁」
顎に手を当てて考え込む。
「覚えてない?」
考えてみれば、おにぎりの塩味も、うっすら味噌風味のさつまいもの甘味も、ほくほくとしたジャガイモの食感も、覚えがある。そうだ、悠介が口元に持ってきて食べさせられたんだった。まるで、子供にするみたいに。
「食べた、確かに」
「うん、食べたね」
「どおりでお腹減ってないはずだよ。うわ、はず……なんか悪い」
「ううん、ぜんぜん? 親友冥利につきるというか、役得というか?」
悠介が仰向けに寝転がった手招きをしてくる。作業集中でぼんやりしたままついふらふらと引き寄せられて隣に転がる。犬にするみたいに頭をわしゃわしゃと撫でると、眠気でとろりと潤んだ瞳を悠介は嬉しそうに細めた。
「ありがと」
「ん」
手のひらにそっと頭を寄せられた。本当に人懐っこい。
「お前、動物みたいだな」
「うん。人間だもの。人間も動物の種でしょ」
「なんかそういうポスターあったな。って、いや、そうじゃなくて。なんかペットみたい。犬とか兎とか」
「そっかぁ。だとしたら飼い主は彩人だね」
「どうすんの? 飼い主がいなくなったら」
悠介だって、高校を卒業した後のことを全く考えていないわけないはずだ。
「そうだなあ」
長い腕がにゅっと伸びてきて、同じように頭を撫ぜられた。ぐちゃぐちゃに悠介の髪をかきまわす彩人とは違い、ひどく優しい手つきだった。
「新しい飼い主を探すぐらいなら、野良でいいかな」
「野垂れ死にぬなよ」
「野垂れ死んでもいいよ。ポチ公みたいにずっと待ってる」
「それ、ハチ公な」
急にこっぱずかしくなって、わざとらしく大きくため息をついた。
「そんなことより、これ」
さりげなく髪を梳く長い指から逃れ、目の前にスマホを突き出す。
「今書いたばっかりの小説、読んでくれないか?」
「もちろん。そのために起きて待ってたんだ。彩人の話の一番最初の読者は誰にも譲りたくない」
眼鏡越しに見つめられる。虹彩のひだのような模様まで鮮明に見えるほど近くに顔があることに驚き、慌てて背を向けた。
「いや、いい」
「え? 豚汁だよ? さつまいもも入ってるやつだよ?」
「良いって言ってるだろ」
がたんと音を立てて乱暴に椅子を引き、パソコンに向かう。立ち上がる数秒すら惜しく、ワープロソフトの新規ページを開いた途端、猛然とキーボードを打ち込みはじめた。プロットすら立てず、衝動のままに思いついた端から文字を打ち込んでいく。
彩人を動かすのは、嫉妬と羨望だ。出どころの分からない熱であぶられてぐにゃりと溶け、自分の中でふつふつと煮えたつ。
「ねえ、彩人。おにぎりにしてきたよ。ちょっと食べよ」
「いらない」
「そんなのよくないよ。ねえってば」
肩に乗った手を振り払う。ため息が聞こえたが知ったこっちゃない。しかし顔の前にラップを剥いたおにぎりが差し出されると、本能でぱくついた。指の動きは止めずに指も動かし続ける。
「よし、出来た……!」
<了>を打ち込んでエンターキーを押すと、彩人は大きく伸びをした。
「あ、終わった? すごい集中力だったね」
「あ? ああ。まだいたんだ」
「うん、ずっと見てた。てか待ってた」
時計を見て目を剥いた。
「ずっと?……おい、うそだろ、もう1時まわってる⁈」
「八時間ぶっ通しなんて新記録じゃない?」
「待たずに寝たらよかったのに」
「やだ。俺が待ってたかったんだ」
悠介がベッドの上で足をパタパタさせる。待ちぼうけを食らった割にふわふわ笑っていて、最近のコイツの機嫌はよく分からないなと彩人は首を捻った。
「あー、久々にご飯食べるの忘れるほど集中したな」
「え、食べたよ?」
「え?」
「俺がさっき食べさせたじゃん。おにぎりとコロッケと豚汁」
顎に手を当てて考え込む。
「覚えてない?」
考えてみれば、おにぎりの塩味も、うっすら味噌風味のさつまいもの甘味も、ほくほくとしたジャガイモの食感も、覚えがある。そうだ、悠介が口元に持ってきて食べさせられたんだった。まるで、子供にするみたいに。
「食べた、確かに」
「うん、食べたね」
「どおりでお腹減ってないはずだよ。うわ、はず……なんか悪い」
「ううん、ぜんぜん? 親友冥利につきるというか、役得というか?」
悠介が仰向けに寝転がった手招きをしてくる。作業集中でぼんやりしたままついふらふらと引き寄せられて隣に転がる。犬にするみたいに頭をわしゃわしゃと撫でると、眠気でとろりと潤んだ瞳を悠介は嬉しそうに細めた。
「ありがと」
「ん」
手のひらにそっと頭を寄せられた。本当に人懐っこい。
「お前、動物みたいだな」
「うん。人間だもの。人間も動物の種でしょ」
「なんかそういうポスターあったな。って、いや、そうじゃなくて。なんかペットみたい。犬とか兎とか」
「そっかぁ。だとしたら飼い主は彩人だね」
「どうすんの? 飼い主がいなくなったら」
悠介だって、高校を卒業した後のことを全く考えていないわけないはずだ。
「そうだなあ」
長い腕がにゅっと伸びてきて、同じように頭を撫ぜられた。ぐちゃぐちゃに悠介の髪をかきまわす彩人とは違い、ひどく優しい手つきだった。
「新しい飼い主を探すぐらいなら、野良でいいかな」
「野垂れ死にぬなよ」
「野垂れ死んでもいいよ。ポチ公みたいにずっと待ってる」
「それ、ハチ公な」
急にこっぱずかしくなって、わざとらしく大きくため息をついた。
「そんなことより、これ」
さりげなく髪を梳く長い指から逃れ、目の前にスマホを突き出す。
「今書いたばっかりの小説、読んでくれないか?」
「もちろん。そのために起きて待ってたんだ。彩人の話の一番最初の読者は誰にも譲りたくない」
眼鏡越しに見つめられる。虹彩のひだのような模様まで鮮明に見えるほど近くに顔があることに驚き、慌てて背を向けた。
