「どうしたの、改まって話があるなんて」
「別に、わざわざ早退するほどの用事でもないけど。まだ文化祭やってるだろ」
「ううん、するほどの用事だよ。文化祭なんかより大事。彩人がわざわざメッセージを送って来るなんて、めったにないもの」
 ベッドの端に悠介が座り、スプリングが沈む。メッセージを送って十分もしないうちに悠介は文化祭を抜け出して彩人に家にきた。肩を上下させ、急いで帰ってきたことが分かる。
「で、話ってなに?」
 悠介はベッドから起き上がると、悠介にずいっとスマホを突き付けた。
「なんで黙ってたんだ、自分が月波はるかなんだってこと」
 睨みつける彩人とスマホの画面のノベスタ!のページをじっと見比べると、悠介は困ったような苦笑を浮かべただ。
「最近部室であった俺らしか知らないような出来事が作中に出てくるから、はじめは犬井が月波かと思ったんだ。でも、今日の更新に出てきたエピソードは犬井は知らないことだった」
「隠しているつもりはなかったんだけど、つい言いそびれちゃって」
「そりゃあ言いにくいよなあ? 俺がずっと目指しているのになかなか受賞出来ない賞、自分はあっさり受賞して小説家デビューしたなんてさ」
「彩人、ごめん」
「触んな」
肩に乗せられた手を払うと、悠介が今にも泣きそうなひどく傷ついた顔をした。泣きたいのはこっちだ、バカ。
「楽しかったか? 遥か下界でもがき苦しんでいる俺を高みから見るのは。正体知らずにファンだって言ってるのを見るのは、気分良かったか?」
「そんなわけないっ! 俺は本当に彩人の夢を応援していたよ?」
「じゃあなんで黙ってたんだよ」
 賞を取った時、デビュー作が出た時。打ち明けるタイミングはいくらだってあったはずだ。
「それは……本当に言いそびれただけで」
 悠介はほとんどべそをかきそうになっている。大きな体を小さくして項垂れる姿を見て、彩人はいらいらと頭をかいた。
「それに、そもそもなんでお前も小説書き始めたんだよ」
「そもそも、なんで小説を書きはじめたんだ? ていうか、いつから?」
「中学生の時だよ。彩人が書き始めてすぐ、俺も始めた」
「なんで」
「それは彩人が書いているから。彩人が好きな物は俺も好きになりたい。彩人が努力していることは俺も努力したい。そうすればずっと隣で同じものを見ていられるでしょ?」
 思わずぽかんと口を開けた。
「え、そんな理由で?」
「そんな理由なんかじゃないよ。俺にとってはとっても大事。彩人が作家になった時、俺も作家になっていれば、高校を卒業をしたあとも離れたあともずっと繋がってられるでしょ」
 こいつも卒業をしたあとのこと、考えていたんだ。しかし、思考回路のぶっ飛び具合に呆れて怒りが吹き飛んでしまった。
「それで受賞? デビュー?」
「俺は彩人みたいに漢字に強くないし、読書歴もあんまりないし沢山勉強しないとって、色々勉強したよ。スマホでとにかくたくさん書いてWEB小説投稿サイトにアップして。それをずっと繰り返してたら、なんかデビューすることに」
「なんかって……そんな理由でデビューするか?」
 普通は出来ないのだ、普通は。
「とっても、頑張ったんだ。彩人と同じところに立つために。彩人がパソコンに向かっているいる後ろで俺もスマホで打ち込んでいると、ああ今何も話していなくても同じことしているんだなあって、すごく特別感があって嬉しかったんだ」
呆れて物が言えない。同じどころか何歩も先を行っているくせに。
「なんで今さら、正体ばらすようなことをしたんだ?」
「そろそろ黙ってるのが辛くなったんだ。月波はるかじゃなくて俺を見て欲しくなった」
 悠介は薄く笑った。
「俺が書くのは、彩人が理由だよ。そりゃあ続けているうちに楽しくなってきたけど。でも、彩人が嫌なら、俺小説書くのやめる。筆を折る」
「はあ⁈」
 驚いて声が上ずる。
「折るな、ばか。そんな簡単に折られてたまるかよ。お前、月波はるかなんだろ? お前の作品楽しみにしているファンがどれだけいるとい思ってるんだ」
「どんなに大勢のファンより彩人一人のほうが大切だよ。それに、彩人が月波月波ってそればっかり話すの、ちょっと腹立つ」
「はあ? 月波の中身はお前だろ?」
「そうだよ。でも例え相手が自分でも、彩人が俺じゃない別の人のことを見てるのは腹が立つんだ。彩人は俺だけ見ていればいい」
じとりと眼鏡の奥の双眸に見据えられる。薄茶色の瞳が今日は普段よりも仄暗くて、彩人はごくりと唾を飲んだ。
「お前、俺のこと好きすぎじゃない?」
「そうだよ」
 悠介がにこりと笑った。さっきの表情はなんだったんだと思うほど、いつもどおりのふにゃりと柔らかい笑顔で。
「自分に自分で嫉妬するほど、俺は彩人のことが好きなんだ」
 肩が触れるか触れないか。今日は決して彩人に触れようとしなかった悠介が、珍しく「ねえ、触っていい?」と尋ねてくる。
「絶対触んな」
 そう言うと、彩人は悠介に体当たりをした。あっさりと悠介の体はベッドの上に転がり、二人分の体重でスプリングが弾む。
「えっと……、触ってるけど?」
 戸惑う悠介の上にマウントを取ると、
「いいか。絶対筆折るなよ」
「う、うん」
「そこで、待ってろ。追い付くから」
 目を見開いて素直に頷く悠介に、悠介はそっと自分の顔を寄せる。
「お前とずっと一緒にいるために、俺もそっちにいくから」
「そしたらもう、俺から離れられないよ?」
「望むところだ」
 ひどく幼い顔で微笑む悠介に彩人は唇を押し当て、もう何も言えないようにしてやった。