賞状なんてただの紙だ。努力は認められるが、それは努力であり才能ではない。つまり、人の価値は努力。と言いたいところだが、人の価値なんて所詮才能だ。いくら努力しても才能がある人には勝てない。
 あいつは、才能の塊だった。多趣味でなんの分野にも優れていた。努力などしてるように見えなかった。努力はいつしか才能になる。努力出来ることは才能だなんて言うやつは恵まれている。俺は恵まれていなかった。努力出来る環境にいなかったし、極めつけはこの卑屈な考えだ。そんな僕でも変わりたいという気持ちはあった。でも一人じゃ、あと一歩が踏み出せなかった。背中を押したのはあいつだった。いつまでも、あいつと呼ぶのは可哀想だから名前を教えて進ぜよう。会津稀一(あいづきいち)だ。稀という漢字がつくだけあって、彼は他にない才能を持っていた。なんでも器用にそれでいて繊細に大胆に。女心の分かる西洋風のイケメンだった。それはそれはモテた。俺の良きライバルでもあり親友だった。ネズミ年で名前にネズミが入る俺のことをネズミと呼ばず、ちゃんと名前で読んだ。申し遅れたね、俺は根津深宙(ねずみそら)ほら、ネズミだろう。男らしからぬ名前。加えて漢字に隠されたネズミ。いじられない理由が無かった。しかも、ロン毛でスカートを履かされてるときた。保育園も小学校でも、いつでも注目の的で触れてはいけない禁忌だった。そんな時だ、稀一が転校して来たのは。当時、稀一はイジメられてた。女の子にモテ過ぎたのだ。ほぼ全ての女の子の初恋を奪った。俺はモテ男は大変だなぁと思うぐらいで、助けすらしなかった。でも稀一は俺を助けた。いじられるのを嫌がる俺を庇ったのだ。《やめてやれよ。深宙、嫌がっているじゃないか。》俺から見たらヒーローだった。それから何かあるたびに稀一は俺を庇った。だから俺も稀一を守ったし、庇った。妙な絆も生まれた。それから俺たちは二人で一人だった。女子たちはニコイチかわヨ〜とか言ってたが。何が可愛いのだろうか。俺たちは在るべきとこに在るだけなのに。あの時は幸せだった。
 俺には、初めて稀一以外に居場所が出来た。美術部だ。絵を描くのは元々好きだったが、大会で賞を取るのは初めてだった。それに俺が生きてていいと肯定してもらった気がした。ニコイチだと言われる俺たち。勿論、稀一も美術部に入った。最初は良かった。俺の方が上手かったから。俺は忘れていた。稀一が天才な事を。二年に上がる頃には、俺の実力を追い越し、大会のありとあらゆる賞を総ナメし始めた。俺が……俺の唯一の利点が…………。嫉妬に狂うのも時間の問題だった。俺は言ってしまった。何よりも大事な稀一に。

《稀一には俺が必要だけど、俺は稀一必要としてないからな。お前さえいなければ……俺はもっと幸せだった。》

稀一はどんな顔をしていたっけ?叫ぶように続けた。

《それでも俺を救ったつもり?ふざけるなお前のせいで俺は、いつも2番だ。お前さえいなければ良かったのに。》

稀一は静かに言った。

《ごめん。》

それから俺たちは別々になった。
 時は過ぎ、俺たちは社会人になった。まだ二年目で、こき使われる毎日。もう稀一とは連絡すら取ってない。最後に会ったのは三年前の成人式だ。会ったと言っても見かけただけで、会ったとも言えないな。もう俺は稀一の視界に入ることすらできないんだ。酷く恐ろしく虚しかった。

「今日から仲間になる会津君です。会津君、自己紹介どうぞ。」

「会津稀一です。皆さんこれからよろしくお願いします。」

 どよめきと歓声が渦巻く。ああ、稀一が転校してきた時と同じだなぁ。ん?ちょっとまて?会津稀一と言ったか?スタスタと、こちらに歩いて来る姿は紛れもなく稀一だった。

「久しぶり。深宙。会いたかったよ。」

「俺は…………。」

 会いたくなかったと言えば嘘になる。俺には、押し黙ることしか出来なかった。
「根津さん。会津さんと、どういう関係なんですか?」

 昼休みの事だった。

「小・中の同級生。元親友。」

「え〜。じゃあ今は仲良く無いんですか〜?」

「そうだね。」

「深宙。僕は今も仲良くしたいなぁ。」

「ひっ。稀一、いきなり現れるなよ。」

「会津さぁ〜ん。一緒にお昼食べましょお。」

態度が違い過ぎる。女って怖い。

「ごめん深宙と食べるから。」

「はぁ?」

「まぁ良いから良いから。ねっ一緒に食べよ?」

昔からその顔に弱い。

「しょうがないなぁ。」

稀一のお昼ご飯は、コンビニの蕎麦だった。

「稀一。」

「なぁに?深宙。」

「あの時は、ごめん。完全に俺の嫉妬だった。俺には稀一が必要だし、稀一がいたほうが100%幸せだ。」

「うん。良かった。」

「えっ。泣くなよ。おい俺が泣かせたみたいだろ。」

「だってぇ。だってやっぱり僕は恵まれていて、けれど必要無いんだとか。親にも産まなければ良かったと言われたし。」

「なんでそんなこと。」

「誰にも必要とされなかった。けど、稀一が必要としてくれた。と思ってた。」

「必要だよ。今も昔も。」

「僕は間違いなんだ。存在自体が。俺は男が好きなんだ。ゲイなんだ。恥なんだ。深宙が好きなんだ。でも封印しなきゃ。きっと迷惑だ。初めて会った時、こんなに可愛い男がいるのかと驚きだった。初恋だ。これ以上好きになれる人は居ない。深宙が幸せならそれで良い。そこに僕は居なくとも。」

「ちょっと待て。えっ。稀一はゲイで、俺が好きで?俺が可愛いって?」

「ゔん。」

「泣くなって、その顔でどうやって、会社戻るんだよ。」

「ゔん。」

「わかったよ。ありがとな。アセクシャルなんだよ、俺は。誰にも言った事無いけどな。」

「アセクシャル?」

「他者に対して性的欲求・恋愛感情を抱かないセクシュアリティ」

「えっ。」

「まぁ個性だ。性欲も恋愛感情もないという個性。だから稀一のことは好きにならない。というかなれない。」

「そっか。ありがとう。」

「えっ?何が?」

「正直に言ってくれて。マイノリティを言ってくれて。僕を振ってくれて。ありがとう。」

「どういたしまして?」

「好きで居てもいいですか?」

「いいけど報われることはないぞ?」

「良いよ。深宙の隣にいれればそれで。」

「それならいいけど。」

 会社に戻ったらそれは、それは騒がれた。バカ正直に稀一が言うもんだから。《深宙に振られました!》って。俺はものすごく怒られたよ。主に女性社員に。こんなに好条件のほうって置くのとか、もう散々。女性は条件でしか男性を見てないのか?やっぱり女性って怖い。

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