生きることは難しい。
 死にたいと思ってから雨宮と話すまではずっと一人で抱えて悩んできた。
 いつからか死にたい理由なんてどうでもよくて、恵まれない、報われないそんな思いをしている自分が正しいのかもしれないなんて思うことも増えていた。
 部活でレギュラーにもなれない劣等感。
 人が少ないのだからレギュラーになれるなんて思っていた時もある。
 勉強もそうだ。
 多少なりとも学力の低い学校だからなんとか結果を出せると思った。
 一年生の頃、運よく学年順位一桁に入った時は嬉しかったはず。
 目の前に鈴木というすごい人が現れなければ、素直に喜べた。
 同じ部活で勉強時間もさほど大差ないはずだというのに、どうしてこんなにも点数に差が出てしまったのだろう。
 次がある。もう一度、やってみたら変わる。
 そんな思いを悉く否定されたのは鈴木の存在。
 なのに、彼は僕の気持ちにすぐ気づいて接してくれて、その優しさが嫌いだった。
 ひどく惨めな自分を宥めるように見えて、憎かった。
 どうしてこんな僕に仲良くしてくれるのか。
 答えは、自分より下な奴がいることで優位にいられる。こんなことしか考えられない自分が哀れだった。
 くだらないプライドを捨てられず、誰かよりは上だって思うことに必死になっていた時もある。
 そして、それらに苦しめられることになるとはこの時は思いもしなかったのだ。
 何度か自傷行為をしていたけれど、ある意味快楽の一つ。
 気持ちを切り替えるための行動に過ぎなかった。
 いつしかそれは本気で死にたい自分を後押ししてくれた。
 もう報われていいはずだ。
 死に救済をお求めてから生きることがもっと苦しくなったと気づくのにどれだけ長い時間をかけただろう。
 また、同じことを繰り返してしまうのかもしれない。
 自己嫌悪の先に何があるのか。
 死ねば解決する、と考えることを放棄したから誰かとわかりあうことさえなくなった。
 考えについていけない。
 望むような生き方はしていない。
 この先もそんなこと望んだって叶いはしない。
 どっかで諦めている自分がいたのだろう。
 目の前にいる鈴木に僕は、どんな言葉を与えればいい。
 病院のベッドで気持ちよさそうに眠る彼は、今、何を考えているんだろう。
 雨宮の言った通りに、恋でもするべきだろうか。
 恋なんて、勉強や部活に必死で考えたこともなかった。
 だけど、雨宮の話を聞いて、悩んでいるのは自分だけじゃないと知った時、もっと悩みを話してもいいんだと知った時、生きていればなんとかなるかもしれないなんて思える。
 誰かを頼るなんてこと勉強や部活に必要がなかった。
 何事にも決まりがあって答えがあって、僕の考えだって答えを出せるはず。
 いつも否定的な答えばかりでナイーブになる。
 鈴木は、僕の悩み聞いてくれるのだろうか。
 こんなこと思うのは初めてだった。
「……」
 言葉が出ない。
 何を言ってみたらいいのだろう。
「……恋って、どんな感じなんだろうな」
 パッと思い浮かんだ言葉だけれど、鈴木がそんなこと知るわけない。
 海ばかり行ってるやつを好きになる人なんて……。あぁ、いるのか。
 思いの外、自由気ままに生きた方が自分に合う恋が見つかるかもしれない。
 意外とすぐそばに答えがあるものなんだなと少し笑う。
 鈴木が手本を見せてくれていたのか?
「言葉が足りないんだよ、鈴木は」
 まぁ、まだ寝ているか。
 そろそろ起きろよ。
 毎日、雨宮がお前のベッドに来ているらしいじゃんか。
「ツンデレか、柊は」
 ボソッと声をこぼす鈴木。
「起きてた?」
「いや、誰かの声が聞こえてさ」
「そうか……」
「これから、どう生きてくつもり?」
「これから考えるよ。ちょっと自分勝手に生きてみる」
「そか……」
 それからまた彼は目を閉じた。
 起きているのもやっとらしい。
 重体なのだからそっとしていればいいものを。
 声をかけたのは僕なのに。
「じゃあ、そろそろいくよ」
 また、学校で。
 未曾有の大災害の二次被害である土砂に子供を守って巻き込まれた鈴木。
 死んだ人は多数いるというのに、どうして人は復興の手を止めないのだろう。
 当たり前の生活を望んでいるのだろうか。
 それとも新しい何かを得ようとしているのか。
 何もわからないけれど、きっと何かあると思っていた方がいいのだろう。
 僕もそう思って生きてみようか。
 死にたいばかりじゃ、気が狂う。
 生きようと思うこともまた気が狂う。
 ちょっとした幸せを感じながら生きてみようか。
 まぁ少し遊んだばかりじゃバチは当たらない。
 そんなふうに気楽に生きていこう。