タイムリープの全貌を知ったあの日、また意識を奪われて眠る。
次に目が覚めたのは、自分の部屋のベッド。
隣には母さんがいた。
「……」
「柊さんが、連れてきてくれたの。苦しそうだったけど、大丈夫?」
「……」
こくりと首を縦にふる。
全然大丈夫じゃないけれど、心配かけたくなかった。
どうやら私の命は終わっていたらしい。
母の隣の奥にある棚の下敷きになるなんて。
「どうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
母さんは、また何かあったら言ってねと部屋を出ていく。
今、私の命はここにある。
存在している。
なのに、どうして嬉しく思えないのだろう。
本来の世界線ならば、あと一ヶ月もしないうちに死ぬ。
未来を知っていれば、対策はできるけれど。
その対策をしてくれていた鈴木は、私から今まで以上に距離を置いた。
かれこれ一ヶ月くらいずっと距離を置かれていて、悲しかったはずなのにその間に鈴木は変わってしまった。
変えてしまったのは、私たちなのに。
神の御法度に触れてしまったから、このループから抜け出せないのか。
それとも、まだ何か起死回生のチャンスがあるのか。
考えることさえ放棄したい。動くのも疲れた。
けれど、大災害はやってくる。
あの日感じた恐怖の中、棚の下敷きになって死んじゃうなんて思いもしない。
いつか、柊が言っていた通りだ。
震災のための授業をしたところで対策をする人がいるとは限らない。
私はその一人だった。
私は何もしなかった。
鈴木に『181』を使って遊んだ。『好きだよ』なんて言って。
彼はあの言葉聞いているのだろうか。
聞いているわけがないか。
もしも聞いていたなら、何か反応をくれてもいいはず。
関係を変えようとする私の気持ちは明らかに気持ち悪いのかもしれない。
鈴木がどんな願いを込めてタイムリープを選んだのか。
仮に私や柊を助けるためだったら、あの復讐劇はなんだったのか。
あれがやりたかったことなら私たちは二の次。
本来の世界線で阿久津やその父はどうなったのか。
生きていたのか。
一aの世界線では、鈴木以外生きてた。
本来の世界線は、鈴木だけが生きてた?
考えたくないとかいうくせに、考えてしまうのはこのリープを終わらせたいから。
神様がいるのなら、この世界はどこに終着点を置くのだろう。
鈴木だけが死んだ世界線を続けることがベストアンサーだった可能性もある。
そんなの許さない。
誰も死んでほしくない。
怖い。死ぬのは怖い。
あんな目にあって、命が終わって、次なんて一生来ない。
あの世もない。
未練があれど、今世にいない。成仏もない。
宗教の望む通りの展開は起きなかった。
それが、死だ。
死にたくないなぁ……。
溢れんばかりの涙が耳に伝う。
誰もいないのだから止める必要もないのに、なぜだか私はこの涙を止めたかった。
まだ終わりじゃない。
テスト期間中、何が出るかわからない問いを必死に解き続けるなんて生ぬるいものじゃない。
下手したら人生が終わる。
終わらせたくない。
けど、鈴木は復讐をまた遂行するだろうし、柊は死を求めるだろう。
私はどうしたらいい?
こんな時、鈴木なら海を見に行くのだろう。
海なんて遠すぎるし、行く気力もない。
タイムリープをさっさと終わらせてしまおうか。
不意に出た答え。
永遠と考えを巡らせるよりもさっさとけりをつけちゃえばいい。
どうせ、死ぬんだから。
何もしなければ死ぬし、何をしてもリープが続くなら。
都築神社に向かうことにした。
自暴自棄に服装も考えず、雑な格好で到着する。
犠牲は何にしようか。
願いは決めた。
鈴木はどんな犠牲を選んだだろう。
柊はどうせ、自らの死だ。
またタイムリープしたのは、柊の死をよく思わなかった鈴木が選んだこと。
ならもうこの世界ごと終わらせちゃえ。
どっかで人は死ぬ。みんな死ぬ。
消えてなくなる。いつかその存在さえ思い出すこともなくなる。
今が苦しいだけ。
そのさきで悲しみが残る。
そして、そんな感情さえ消える。
大丈夫。
複雑なものは全部取っ払っちゃえばいいのだから。
「何してんの?」
「ぎゃああ!!」
鈴木の声に思わず驚く。
振り返れば、いつもと変わらない彼の姿。
久しぶりに二人きりになった気分。
「そんなびっくりしなくても」
と笑う。
「だって、なんで?」
戸惑う私の姿をジロジロと見る鈴木。
思わず、顔を背ける。
「髪、ボサボサじゃん」
「いや、それは」
手で整えようとするのは、目の前にいる人が好きな人だからだろうか。
「ちょっと待ってなよ」
都築神社の扉を開けて、中に入っていく。
「櫛でといでやるよ」
「入っちゃっていいの?」
そんなことよりも神社に入っていく鈴木が罰当たりでならない。
「いいでしょ。誰だって入るくない?」
「そんなことないと思うけど」
とりあえず座れとその手前の石段に座る。
彼の手が髪を掬ってはといでいく。
慣れた手つき。
「彼女いるの?」
「は?」
「だって、慣れてるじゃん」
「……あぁ、阿久津だな」
「彼女なの!?幼女でしょ!?最低!鈴木、やってることやばいじゃん!!」
「ちげえよ!」
頭をバシンっと叩かれて悶絶する。
「阿久津の髪をよくやれって言われてやってただけ」
「なんだ、そっちか」
「なんですぐ彼女にしたがるのか」
「じゃあ、彼女はいないんだね」
「いないね」
「ほしくないの?」
振り向こうとする私の顔をグニっと正面に向ける。
不細工な顔を見たくないらしい。
最低だし、悲しい。
「……欲しいけど、まぁ」
濁す彼はきっと他にいるのだろうと思う。
「作るのめんどい」
彼女にしたい女が他にいたということでいいのだろう。
「めんどいって……」
そんな簡単な言葉であしらわないでほしかった。
「好きな人は?」
「……」
答えないくせに櫛を解く仕草はやめない。
なんで私がされるがままで許しているのかわかっていないみたい。
「ぽっと出の女の方がいいんだ。長く一緒にいる私なんかよりもずっと」
「どっから出てきたんだぽっと出って」
「だって、言わないんだもん。そう思うじゃん?」
「そんなことないけど」
「けど?」
「……めんどいな、さっきから。野暮なこと聞くなよ」
野暮じゃないし、と反射的にいうことはできたのに、言わなかったのはある種答えが出たから。
私くらい長く一緒にいる女は他にいるのか。いないはず。
そんなモテないはずだし。一匹狼くんが女子と親しくしている姿なんて見たことない。
「わかりやすいね」
なんて振り向こうとすれば、彼は櫛で私の頭を軽く叩いた。
「ぎゃああ」
「もう櫛は、いいだろ。十分綺麗」
「まだ、もうちょっとやってよ」
立ちあがろうとする彼の腕を掴んで座らせる。
すぐ振り返れば、彼と目が合う。
久しぶりに見たような綺麗な瞳。
最近色々ありすぎて、忘れてた。
もう少し一緒にいたい、もっといたいなんて思えば、傲慢で、許されないとか思って遠慮する。距離を置く。
でも今は二人きり。
何もないのなら、二人でこのまま夜まで過ごしたい。
誰の邪魔もないのだから。
「やめとけよ。無理に仲良くする必要はない」
「タイムリープの達成条件をクリアしてないから?」
「……」
「aの世界線でタイムリープの記憶がなかったのは、正史になっていたからでしょ」
「……そうだ。柊も雨宮もタイムリープしていなければ、俺は死んでた」
彼は私の前に座る。チョチョイと隣に座れば彼は下を向いた。
「死んでたんだ……。死ぬって怖いな」
不意に出た言葉は独り言じゃない。
望んだ死に方だったはずなのに、彼がそんな言葉を言うのだから、気が気じゃない。
「死にたくないよ、普通は」
「怖かった。これで終わりなんだって。止まることなかった心臓が止まって、息もしなくなって、視界は奪われて、耳も聞こえない。無音で、光もなくて……それが、命の終わりなんだと知って……、未練が残った」
「……」
「でも、成仏さえこの世にない。宗教の中の話なんだ。実際にはない。無、だ」
震える彼の背中を撫でる。
いつかスポーツの習い事で負けた試合の時のよう。
「やり直そ。全部、やり直しちゃおう。死にたくないなら、生きる未来を。私も……、本来の世界で死んでる。怖かったよ」
彼に同情したいからじゃない。共感したいからじゃない。
ただただその事実が苦しかった。
人はあっけなく死んでいく。
大した意味なんてないまま、火葬されて、骨になる。
顔が残っているだけありがたい。
そんなのは第三者の言葉で、苦し紛れの常套句。
「あなたがいたから、私は生きてる。でも、正直私は動ける気がしない」
「……」
「鈴木がタイムリープなんてしなければ、生きている未来が作れたはずなのに」
「柊が死んだだろ……!」
一向に顔を上げない彼が怒鳴るようにいう。
「あんな無惨な死に方許されるか?怖くないのか?俺は、また死ぬってなったら怖い。あいつは、何度死んでもまた死にたがる。あいつの未来を止めるまで俺は死ねない」
「え……。ねぇ、まさか」
タイムリープが再度行われたのは、柊の死を止めるため?
だったらなんで、あんな残酷な仕打ちを父親にできたの?
なんで、阿久津の絶望した泣き顔を選べるの?
復讐だけが目的じゃないの?
「俺は、二人の死ぬ未来が怖い。何も無くなった。すぐそばにあったものに気づけなかった。何度も話しかけてきて、うざいくらいに明るいお前らが鬱陶しかった。でも、それがあったから家族のことも少し気を紛らわすことができた」
「……」
「後悔した……。距離を置きたいって考えた自分が」
「……でも」
「そうだ。俺は、二人から距離を置いた。タイムリープができるなら、何度でも時間が作れる。その時間でもう少し家族のことを考えたいと思った。仕事もままならずやめたり早退するような母親を見過ごせない。そうさせた父親も不倫相手の妻も娘も全部考えたい。だから、うまくいったと思った」
「……」
「なのに、変だよな。俺は死にたくないって思った。二人が生きてるからいいじゃないかって思ってた。父親も阿久津もタイムリープ後に知ったよ。足りなかったって気づいた」
もっと会話をしていればよかったと付け足す。
彼は、復讐を望んでいなかった。
先入観もあったと思う。
家庭環境の問題なんて知らないから。
私が恵まれている環境にいたことを最近ようやく自覚してきたから。
恵まれなかった家庭は、呪いのように家族を憎むものだと思っていた。
けれど、彼は違った。できることがあると、動き続けていた。それなのに私は。
「ごめん。知らなかった」
そんなちっぽけなことしか言えなかった。
「大丈夫。雨宮が優しいこと俺は知ってる。周りを気にして、気を遣ってくれてたことも知ってる。幼少期に比べて、よそよそしくなったことも覚えてる。でも、誰よりも俺のことを気にかけてくれてたこともよく知ってる」
幼馴染だからこそ気づいてくれたこと。溢れそうになる涙。
「少し……甘えてもいい?」
「ああ」
「ハグしたい」
「……後にしよ」
「今」
尻を浮かそうとする彼に抱きつく。
肩に顔を擦り付ける。
肩甲骨あたりに顔を隠す。
これから聞く言葉が恥ずかしくならないように。
「ずっとこれ、求めてた」
いつか彼が負けた試合で慰める言い分としてやってのけたハグ。
またどこかでやりたかった。
今、願いが叶った。
「こんなちっぽけなこと、私は求めてた。生きていてくれたから叶ったよ」
チラッと顔を見やれば、耳を赤くしている彼がいる。
泣いているのか、それとも照れているのか。
どっちでもいい。
また今度、答え合わせができればいい。
「ねぇ、今日はずっとこのままがいい」
「甘える時間は過ぎたよ。また今度」
「もっと甘える」
ガシッと抱きついたまま離さないでいると呆れたようにため息をつく彼。
それでも体を動かさなかったのは、許してくれたのだろう。
時間がどれだけか過ぎた頃。
「柊を生かす方法を考えたい」
私と鈴木の考えは同じだった。
柊を生かす作戦会議が始まった。
教室にいる柊はとても静かだった。
普段なら鈴木のところに行くか他クラスに行くと言うのに今は、黙々と読書に勤しんでいる。
たまに読んでいるから意外ではないけれど、久しぶりに見るとやはり新鮮味を感じる。
これから彼を生かす作戦を開始するとなると彼はどんな反応をするだろう。
黒板の真ん前、一番窓側の席の鈴木と目が合う。
普段より表情が掴みやすい。
逃げられていた分、やり直そうとしてくれている気持ちが何より嬉しかった。
ウインクをしてみれば、鈴木は目を逸らす。
前言撤回、何も嬉しくない。
鈴木が、柊に話しかける。
タイムリープの真相を知った後の彼は何も言えない反応を示す。
喧嘩していたし、仲直りするつもりはないのかもしれない。
立ち上がり教室出ていってしまう。
それは、望み通りであった。
彼がたまに読む本に興味があるのだ。
スタスタと鈴木の元に行くと本のカバーを勝手にとる。
『確実な死に方』
やはり彼は病んでいる。
簡単な言葉にはなってしまうが、彼を蝕む原因を突き止めるには大事なこと。
所々の角を折っているページを開いては、次を見る。
どうやら確実に死にたいらしい。
事故死でさえ呆気なく死ぬと言うことは彼も知っているらしい。
最後に見たページでは、煉炭自殺と書いてあった。
やり方は簡単だけれど、ホームセンターがないことには不可能に近い。
練炭なんてそこら辺に売っているようなものではない。
どうしてそこまで死にたいのだろう。
作戦会議中に出たキーワード。『すぐそばにある』『後悔』などを思い出してみる。
彼のすぐそばにあったもの、後悔は何か。
端的にいって仕舞えば、家庭の問題だ。
彼と同じ中学の人に話を聞いた。
『親が離婚してる噂はあった。もっと進学校にいくような生徒だったはず』
『勉強熱心で、部活がなければ自習室にいたはず』
と、いろいろ教えてくれた。
私の愛嬌はこんなところでも十分に発揮できる。
可愛いなんて言われて育ってきたし、実際、クラスメイトも可愛いと言ってくれていた。
あっという間に嫌われてしまったのは、好きだった男子が私のことを好きだという事実を知った逆恨み。
高校でもその噂は流れた。
柊はそれを知っていたはずなのに、話しかけてくれた。
恩は返したい。
けれど、彼は距離を置くためにひどい言葉を言うだろう。
それでもいいと、傷ついてもいいから自殺を止めたいと私は思う。
鈴木がいれば、なんとかなりそう。
放課後、図書室のホワイトボードを借りて状況をまとめる。
以前は、柊とだったけれど今回は鈴木だ。
きっといい案を出してくれる。期待していた。
「ここマジで、人来ないんだな」
「図書室の先生ってイケメンに優しいから」
「面食いってことね」
「ちょっと」
「俺は、お前だけで十分だよ」
「ありがとね」
「おい」
「なんでよー、先に『雨宮にイケメンって言われた方が嬉しい』って言わないのが悪いじゃん」
「初めていい?」
「だめ」
「とりあえず、状況整理だけどさ、中学時代の柊は『勤勉』ってことでいいんだよな」
ダメと言ったけれど、彼は本題に入る。
茶化すのも変なので頷くことにした。
「そんな勤勉な柊が、高校生になってから自傷行為が増えた」
「……首締めの件知ってるんだ」
aの世界線で言い合いになったことを思い出す。
「知ってる。雨宮みたいに全部言わないね」
「……」
「それで?そんな首しめの馬鹿がなんでタイムリープでも死を求めるの?タイムリープの原因が、鈴木だけどね」
と、やり返す。
「すぐに思い浮かんだのが自らの死か、それとも人の死と同等の犠牲を考えたからなのか」
「でも」
「読んでいた本を見る限り、前者だよな」
ホワイトボードにつらつらと書いていく鈴木。
「ね、そんな字汚かったっけ?」
「じゃあお前、壁に文字書いたことあるか?デカデカと」
「ない」
「やってみろ」
記主を交代し、私が思ったことを口にする。情報共有は大事。
「タイムリープじゃないといけない理由を探した時に出たのは、確実性かな」
私の座っていた椅子に座る鈴木。
続きを促すので、ホワイトボードに書きながらいう。
「何度も自殺を決行して失敗に終わっていることが前提条件だけど、タイムリープなら、犠牲を払わないといけない。つまり、確実に死ねる」
「……」
「字、うまいでしょ」
どうだ、と見せびらかすと彼は舌打ちをした。
「あー!!」
「いいから、続けて」
「…………。もういいよ。……、私は字が上手いわけだけど」
「わかった、負けだ。雨宮の字は綺麗だ」
「よろしい」
じゃあ続けるね、と足す。
「タイムリープが確実なものだという証拠があの時にはなかった。私とタイムリープするってなった時、彼は本気にしてない様子だったから」
「今、自殺に執着しているのは、死ねるという確証があるから?」
ペンで鈴木を指す。同感という意味だ。
「あの時言ってたよね。本来の世界線なら柊は死んでる。もちろん、私も。そして今も自分の死を犠牲に選んでる」
「……執着する必要は、本来ない。いつかその時が来るまで待つ可能性もある?」
それもそうだ。
そして。
「一番気にしているのは、彼が自殺するならどのタイミングを選ぶのか」
「……」
大災害が起こる前に行うかもしれない。
今日かもしれない。明日かもしれない。
死にたい人の心情なんてものを完璧に理解しようと思うのは不可能だ。
災害が起これば、命を捨てる選択はもっとできなくなる。
先に行動しておけば、厄介なことから逃げられる。
「鈴木が、死にてぇって言ってたのって、柊を死なせないため?」
死にたいと言っている人が近くにいれば、声を出せない。
仮に死んでしまえば、どうして柊が?となるかもしれない。
もしも本当に死にたいのなら、気にしなくてもいいはずだけど……。
「そのつもりだったけど……。やっぱり根本を解決しないからには、死を選ぶよな」
「失敗だね」
「難しいな。図書室に心理学の本があるわけじゃないし、お金もそんな持ってないから、書店で買えない」
「……」
「あいつの拠り所を作る選択肢もあったけど、それだと依存しかねないからな……」
「安全で、安心できる選択肢……」
何かのタイミングで導火線に火がついてしまったら、彼は呆気なく死んでしまうだろう。
その何かがわからない以上、先手も打てない。
ことが起きた時に一つ一つ対応していたらキリがない。
ドツボにハマったよう。
思考を巡らせるけれど、思うように行かない。最善策なんてものは出てこない。
「雨宮に伝えてないことがあるんだけど、柊さ、本来の世界線では母親を庇ってるんだ。覆い被さるように見つかったって」
「人を助けて死ぬって、今回の願いと似てるね」
「そこが引っかかるんだよな。死にたい奴がなんで人助けなんかするんだろうって」
「鈴木はさ、なんで柊を助けようと思ったの?死にたいの知ってたんでしょ?」
「……友達だから?俺が一方的に話しかけてたのもあるけど」
「柊も鈴木に話しかけてなかった?」
「たまにね」
思い当たることを口にし続けても結局彼が人を助けた理由も死にたい理由も見つからなかった。
死ぬのが怖いと思った私や鈴木と違って彼はそんなこと思ってないから、恐ろしい。
「あいつと俺は家庭環境が似てるなって思った。やることも全部、似てた」
突然そんなことを言い出す。大切なことな気がして、向かいの席に座り次を促す。
「俺の家庭環境、雨宮以外にバレたことなくて。鈴木って苗字この辺じゃ多いだろ?だから、バレるわけないって思ってた。でも、どっかでバレたんだろうな」
鈴木の勘の鋭さ同様に柊も勘が鋭いのかもしれない。
「なんでだろうってよく考えてたんだけど、家庭の話全くしない俺を不審に思ったのかもな。普段、俺は明るい奴だって思われてたはずだから。悩みなんてないんだろって」
悩みのないやつなんていないのにな、と付け足す。
「完璧超人だと思ったのかもなぁ、俺のこと。テストも点数良くて部活もレギュラーに選ばれて」
「モテるしね」
「まぁな」
答えが出たような気がした。
完璧を求める人ほど、その重圧に耐えられない。
柊は、完璧じゃなかった。
完璧な人間なんていないけれど、求めてしまうともっと正しく、もっと高みを目指したくなる。
そのさきに鈴木がいたのから、壊れてしまったのかもしれない。
感情が思うように動かなくなったのかもしれない。
死に方さえ完璧であればいいと思えるようになったのなら、もう手遅れだ。
鈴木と目が合う。
自殺を止めるきっかけになるかもしれないとお互いに思う。
柊の家の付近まで向かった。
辺りを窺ってみても柊の姿は見えない。
スマホで一応ホームセンターを調べるけれど、この辺にはない。
タイムリープを考えたあの日に言わなかったことがわかるかもしれない。
彼は何かと隠し事が多い。
まだ言っていないことの一つや二つあるだろう。
「この辺きたの久しぶりだな」
「嘘つかないで」
鈴木のすっとぼけた言葉にピシャリという。
「まだこの辺通ってるでしょ」
「復讐が目的じゃないって言わなかったっけ?」
「言ってたよ。けどさ、まだ謎が残ってるよ」
柊と作戦会議をした時のこと。
どうして鈴木は、土砂に巻き込まれたのか。
阿久津も生きていて、父親も生きていた。
他に助けなきゃいけない相手がいたのだろうか。
誰かを助けたいと思う気持ちは、柊と同じ。
似ている部分が多い二人だからこそ分かり合えることもあるだろうに。
「その謎、聞かなくていいの?」
「聞かないよ。どうせ、誰かを助けたいんでしょ?」
復讐じゃないのなら、その説が濃厚だ。
同時に彼を信用していることを私は伝えているつもりだった。
「そう。ならいいや」
「生きてね、絶対」
「ああ」
あの土砂に巻き込まれた記憶があるのなら、二度も同じ失敗はしないだろうと思う。
「私も、生きるから」
振り返ると刹那、彼は私を抱きしめていた。
「絶対に、生きて戻る」
「うん……」
抱擁し、少し肌を離せば顔が見える。
目と目があう。このまま。
「人の家の近くで何してんの?」
柊の声だ。
とたん、私の肩を押し距離をとった鈴木。
「よ、柊、死ぬんか?」
文句言ってやろうと思っていたけれど、ド直球に柊へ伝えた言葉に呆然とするしかなかった。
「……」
「完璧超人の俺に勝てないとそりゃ死にたくなるよなぁ。あ、同情したら惨めになるか?」
「……」
何を狙ってこんな馬鹿げたことを言い続けるのだろう。
ここはもっと真面目に話すべきことじゃないだろうか。
「孤独で不憫で、それで助けてもらえる存在だと自分のこと思ってる?」
「まさか」
「なら」
「なんで、僕を助けたの」
柊を助けたのは間違いなく鈴木。
助けてと言ったことはない柊にとって当たり前の疑問だ。
「まぁ、死なれたら困るじゃん」
「そんなことないでしょ」
「あるだろ。お前がこれまで関わってきた全てのやつに聞いてみればいい」
「助けたいなんて思ってんの、お前だけ」
「柊さ、なんで死にたいの」
真面目な声音に聞く耳を持たない柊。
「死にたいって……。だって、お前らわかんないじゃん」
「説明もできないのに、理解する方がよっぽど無理」
「僕にないもの全部持ってる君にはわからない」
「それは俺にも言えることじゃない?」
後ろにある柊の家を指差す。
「普通、離婚した家庭ってマンションとか安いとこに引っ越すでしょ。柊の家、金持ちじゃん」
一軒家に住めているだけありがたいだろと言いたげだった。
鈴木の家庭を考えれば、一軒家は贅沢の部類なのかもしれない。
「それ親の話でしょ。お前の話してんだけど。レギュラーの座をとって勉強もできて。マンションだろうが一軒家だろうが変わらなかっただろ」
鈴木の地雷を踏んでいるようで、彼が苛立っていることを隣にいる私は肌で感じる。
「それが叶わないのなんてお前の努力不足でしょ。じゃあ、せめて小さい頃からスポーツやればいいじゃん」
勉強でいいところ行けないなら塾に通えと。
「そんなんで事足りるならとっくにやってる」
「じゃあ、なんでできないこと俺を使って言い訳すんの?揚げ足取りたいなら努力くらいしろよ」
「努力って……」
「ほら、また説明できないままじゃんか。自分の感情、言葉にできないままだから大した改善点も見出せないんでしょ」
「黙れよ」
「だまらねぇよ」
「何がわかんの?」
「わからんから聞いてんのに、逃げんじゃん柊」
「それ、鈴木もだよ」
茶化すと頭をペしんと叩かれる。痛みに悶絶していると柊がため息をついた。
「お前らで仲良くやってればいい。僕は別にお前らが好きじゃない」
「あぁ、そうかよ。じゃあ、さっさと死ねば?」
呆れたように頭を掻きむしり、カバンを肩にかけて柊の横を通り過ぎる。
刹那、柊は鈴木に問う。
「なんで、僕を助けたいなんて思った?」
「……大切なやつだと思ってるから。友達、じゃなかったのか?」
鈴木は、それ以上言う気がないのか歩いて帰っていく。
目の前にいる柊は、淋しそうに笑う。
何を思っているのか、彼に聞けるほど今の私には語彙力がなかった。
静かに笑みを浮かべるとスッと表情が消える。
鈴木がいなくなったその場で小さい声が耳に響く。
「好かれてたんだな」
私に見向きもせず家に向かう。
玄関先で、思わず声をかける。
「タイムリープ、自分が望むまで続ける?」
「……いや、もう、いい」
玄関の閉まる音が聞こえる。
生きていてくれるのだろうか。
自分が何をしなくても死ねるということを彼は理解しているはず。
この先どう動くのかわからないし、油断できない。
けれど、もう大丈夫なような気がした。
すぐそばにあるものに気づいてくれたような。
鈴木に電話をかける。
「作戦成功だよ」
『あとは』
「私は生きるよ。もちろん、柊も死なせない」
『じゃあ』
「あとはあなたが助けたい人を助けて」
『ああ、ありがと』
電話を切る。
スマホの検索エンジンで作戦で使った心理テクニックのページを開く。
内に溜め込む人相手にやるカウンセリング療法のなかに相手の気持ちをつく技がある。
鈴木はそれを狙ってズバズバと言っていただけ。
茶化した時に私の頭を叩いたのは、失敗する可能性を考慮した結果。
けれど、それさえも鈴木の作戦通り。
喧嘩のような言い合いを続けることで何に悩んでいたのか明確になるという心理。
最後に残った感情に気づけたのなら、あとはそれを解決するだけ。
あとは、柊の望む通りに彼自身が動くこと。
万事解決といったところだろうか。
以降、柊は学校に毎日来ていたし、大災害当日も彼は学校に来ていた。
そして、タイムリープは終わった。
鈴木が重体で入院。
柊は、死んだ。
作戦は失敗した。
私一人が残った。
柊がなぜ死んだのかわからない。
都築神社に向かった。
これが本来の世界になる?
ありえない。
許せなかった。
鈴木の望むような世界にはならなかった。
彼のいない世界でどう生きればいい。
助けてくれる人がいたから頑張ってこれた。
もし、学校に行けばどうなる。
女子友達もいない私に何ができる。
拠り所は?
居場所は?
一人は寂しい。
愛想よく振る舞って嫌われて、鈴木がいたからどうにかできたものなのに。
誰もいないのなら、私は生きていけない。
鈴木と話したあの都築神社に到着する。
どうして、柊は死んだ?
どうして、鈴木は無傷で帰ってこれなかった?
もう一度、タイムリープをすれば、二人の記憶は戻ってくる?
もう一度、柊を説得したら柊は生きている?
何をどうしたらいい?
もう全部終わりにしたい。
タイムリープなんて心が苦しくなるだけ。
何度も同じ時間を過ごして、終わらない時を刻んで。
生きている理由なんて鈴木がいるだけで十分だった。
……生きている理由。
そんなもの必要だっただろうか。
正志が友達と遊んでいたように、私もまた誰かといるだけでよかった。
でもそれが、いつからか蟠りを生み、謝るだけじゃ済まないような歪みへと進路を変えた。
誰かがだれかを嫉妬して、恨んで、憎んで。
時にそれに悲しくなって、虚しくなる。
何もない方が良かっただなんて思うようになるから、小さい頃のようにまた誰かと遊んだり、話したりする。
蟠りを解消するのは、会話だ。対話だ。
出来上がってしまった溝を解消を埋めるために、誰かに面影を寄せたり、戻らない関係性に執着する。
私は今、鈴木に執着している。
鈴木は、執着なんかしてなかった。
会話を繰り返して、不倫した父親を許そうと動き続けた。
復讐なんか望んでいないのは、自らを成長させたかった。
そのための犠牲ならば望んでいた。
どこで変わってしまったのだろう。
鈴木が望んだように成長を望んでいたのなら、私は他県に住む斗真に鈴木の面影を寄せたりなどしなかっただろう。
分岐してしまった道で私は左を向き、彼は右を向いた。
確信的な革命を己に望んだ。
そんなことさえできなかった私にも右を向くチャンスがあるのなら……。
柊もまた右を向くチャンスがある。
彼に必要だったものは会話だ。
一方的に言葉をぶつけることじゃなかった。
やり直せるのなら、やり直すしかない。
生きる理由を見つけるなんてできなくても、今の蟠りさえ解消できるのなら。
賽銭箱に小銭を入れる。
壮大なタイムリープに終止符を打つ。
これで終わりにする。
どちらが正しい道かなんて一切わからないけれど『蟠りの解消』を願う。
『それぞれの関係性』を犠牲にしても。
『181』の文字が黒板に書かれている。
スマホを見れば、タイムリープしていることがはっきりとわかる。
柊が私によってくる。
「ちょうど良かった、少し話そう」
鈴木が入院したとされる病院の前につく。
「私は、前を向くなんてことできない。誰かを助けることもできない。あなた言ってたね。私の弱い部分を」
「……それよりなんで」
「何も解決できなかったからだよ。あなたは死んだ。鈴木は重体でここの病院に入院している」
学校の近くの病院に入院することになったのは、三ヶ日付近の病院はどこも機能していないから。
波の影響も地震の影響も少なかったここの病院なら適切な治療を受けられる。
「そんなに僕の自殺を止めたいのか」
「あなたがラスボスみたいだからね。でも、止めないよ。話したいだけ」
「……」
「この世界は、壮大でファンタジーにもタイムリープができる。でもね、欲しかったのはそんな大層な力じゃないでしょ?」
鈴木の望んだ『最善の未来』が機能しないのは、彼に選択権がないから。
重体という意識のない状態では行動できない。
死んでいるという状態では、タイムリープをすれば意識が戻る。
その証拠に柊は、タイムリープに気づいて私に駆け寄った。
鈴木がタイムリープの記憶を持たないのは、重体のままこの時間に戻されたから。
「力があれば、なんでもできるって思ってたのにね」
「過去をやり直せるのなら、何度でもやり直す。違ったっけ?」
「正しいよ。前の私なら」
「こんな短い時間で何が変わったっていうんだ」
「変わらないから、また、タイムリープなんてしたんだよ。私は、あなたのこと理解できないから」
鈴木は、成長を求めた。
「でも私は、逃げてばかりだから変わらなかった。成長なんて言葉、似合わなかった。あなたは、目を逸らすだけで逃げることも成長することもしなかった」
違う?と彼を見やれば目を逸らした。
図星だった。
「命なんて、いらない。私も思うよ。鈴木がいたから私は変わらずにいられた。変わらないためには鈴木が必要だった」
「愛嬌だけが取り柄の君の居場所じゃなかっただけじゃないか?場所を変えれば、好かれるはずだ」
「友達の好きな人といい感じになっても?」
「……」
気まずそうに下を向く彼。
「私は、最低な女なの。ひどいでしょ?」
と、笑うと彼は首を横に振った。
優しいなと思う。
「雨宮の自虐、面白くない」
「そうかな」
「僕の望んだ願いを潰す理由は何?あんな弾丸トークしたくせに」
「届かなかったからかな。私はね、思ったの」
近くのベンチに腰をかける。
入院している男女が外の広場でワイワイ遊んでいる。
「あんなふうに遊んでいる時が楽しかったなって」
「……」
黄色い声を出して、笑顔で、はしゃぎまくってる男女。仲がいいなと思う。
「それだけがあれば、私はなんだって良かった。高校で鈴木と再会して、変わっていない彼を見て同じだって思えた」
だけど。
「彼は環境の変化に追いついて、その後で父親と会話を重ねた。復讐なんて推測全く違ったんだよ」
「……まさか、あれだけ証拠が集まれば」
「状況だけなんだよ。鈴木と話してわかったよ。私もあなたも鈴木といられたのは、変わらず燻っている鈴木だって思えたから」
何も見えてなかったんだよ、と口をこぼす。
「いや、嘘だ」
「信じらんないよね。私、疑っちゃったもん。毎日足繁く通ってたのは、どこかでやり直せる気持ちがあって、それが叶わなかったから、最悪の未来を作ったって。でもそれ、できすぎてない?」
全部が全部うまくいくことなんてない。
命に限りがあって、望んだようにいかないこの世の中で。
「私は逃げたよ。あなたを救うって責任から。だから、鈴木に全部任せた。本当はね、作戦があったんだ。あの後、私が優しい言葉を投げかけることで自殺から救うって」
でも、やらなかった。
人の命が関わる責任から逃げた。
あの頃のようにいじめに遭って女子みんなから距離を置かれたように、柊から距離を置かれることを拒んだ。
「まともに話し合うこともしない。穏便に済ませて、お互いに謝って、心に残る濁ったものを押さえ込んで。だから、一気に距離ができる。一瞬なんだよ。全部が壊れる様は」
女子みんなから嫌われれば、男子からも距離を置かれる。
仲が良かった人からも嫌う目で見られる。
居場所なんてない。
「そこまでわかってて、なんで僕に話しかけるの?」
「全部、終わらせちゃおうと思ってさ。今回のタイムリープは私がしたの。今までの関係性全部を犠牲にして」
「……」
「だから、うまくいってもうまくいかなくてもこれが最後。終わりにしよっか。お互いに」
「……」
「柊はなんで、死にたいって思うようになったの?」
無言の時間が続いた。
外で騒ぐ男女の声が響いてる。
「言えない」
彼の言葉が聞こえたのは、バイクの音が通り過ぎてから。
「また逃げちゃうの?死にたいって思ってから、ずっと死にたいって言葉しか言わなくて。それまで悩んでいたこと、苦しかったこと全部を忘れちゃうの?思い出せないの?どうして、あなたは逃げることさえも怖いの。何もしないことの怖さ、本来の世界線でよくわかってたはずでしょ?鈴木が死んでわざわざ家に行くなんて普通、できないよ」
柊の口から言って欲しかった言葉をもらえなかったせいだろうか。
早口に言葉を吐いてしまってから、ハッとする。
これでは鈴木と同じやり方をしているだけじゃないか、と。
「ははっ、そうだよ。忘れたんだ。全部、思い出せない。いつか残った死にたいって気持ちだけで生きてる。死ぬことは怖くない」
「……」
「でもそうだな。最初は怖かったな。ロープで首を絞めてそのまま死ねるって思ったのに、咄嗟にやめて息が上がって、涙が浮かんだ。死ぬ勇気なんてものなかった」
「なのに、どうして」
「何度でも死んでやるって思った。テストでいい結果が出せなかった時、親に言われてきた。『もっとできるよ、もっと頑張れるよ』それが、怖かったな。僕は、頑張ったって思ったし、いつも以上に勉強に時間を割いたのに」
彼はダムが決壊したように言葉を溢れさせていった。
「次はもっといい点数を取ってきて、って言われた時はまぁ、ショックが大きくて。他の人より勉強してる、取り柄だって思ってたけれど、他の人の方が点数がいい。勉強してないって言ってる奴が陰で勉強してて点数がいいことを知った時はなんだか憧れた。飄々としているやつに憧れた。鈴木もそんな感じのやつだろ?僕はどうしてもなれなかった。何者にもなれなかった」
部活も同様だと彼はいう。
「実力に差があるのはステータスの問題もあるのかもしれない。だとしたら、僕は元から才がない。期待されるだけ馬鹿馬鹿しくなった。こんな努力になんの意味があるんだって。毎回あるテストに嫌気がさした。親の評価も先生からの評価も全部が煩わしかった」
「……」
「結果なんてものしか見ていなくて、努力に大した価値がないと知っていながら、努力しないと価値もないことに気づかなかった」
目の前にいる楽しそうな男女に目を向ける柊。
「これから、先どう生きようとしても僕には憧れたものになることはない。努力もできないのだから。だんだんと生きている理由がわからなくなった。できるやつはできる、できないやつは何やってもできない。自分の評価はとてつもなく低い。僕は何もできない」
だから。
「鈴木を生かすことができた時は、できないこともないんじゃないかって思った」
「でも、叶わなかった」
「まさか鈴木の望みが復讐じゃなかったなんて想像もしなかった」
「……」
「人の顔色ばかりうかがってたくせに、人の顔色で判断はできなかった。人のことも自分のことも何も知らなかった」
あの子たちは。
「今、何を見て楽しいって思えているんだろう」
彼は、全部を喋った。
「真面目だね」
私が言うと彼は小さな男女たちから目を離し、私に目を向ける。
「だって、親のためにって普通そこまで本気にならなくない?」
「雨宮だって、クラスのことで本気で悩んでただろ?」
「もういいの。なんだか考えすぎたかなって。ちょっと疲れた。柊もさ、少しくらい人に本音を打ち明けたらどう?」
「今、打ち明けたよ」
「どう思った?」
「……もっと早くこうしていれば良かったって思ったよ」
手で隣の席をポンポンと叩く。
彼は意図に気づいて隣に座る。
「ようやく素直になれたね」
彼の顔を見る。
頬が赤くなっているのは夕日のせいだろうか。
柊や私に欲しかったのは、考えないことだったのかもしれない。
考えすぎてしまう私たちだからこそ、そっと気持ちを落ち着かせる場所が欲しくて、そのための場所なんてなかったからひたすら悩み続けた。
生きていることで発生する悩みなんてものが多すぎて、それに悩んでいたら時間が消えていく。
どっかで苦しくなることはわかっていたはずなのに、気づけないほどに追い詰められていく。
生き場所を失ってしまう。
学校と家を行き来するだけの私たちだから、広い世界を知らない。
広い世界で起こる出来事に目を向ける暇もなく勉強をつめに詰められて、キャパシティーをオーバーしていく。
悩んだら一旦手を止めて、一息つくことがいいのかもしれない。
「これからどうするの?」
柊がそんなことを聞く。
「私は、女子友を作ろうかな」
「急にどうしたんだよ」
「あの頃とは環境が違うから、もしかしたらできるかもしれないし」
「いいね、それ」
「失敗したら相談乗ってもらうから」
「アドバイスするよ」
「いらないよ」
「……ん?相談じゃないの?」
「話聞いてくれるだけでいいよ」
「よくわかんないな」
「柊はあれだね、彼女作りから始めてみたら?」
「雨宮は、アドバイスするんだな」
「やっぱ彼女作ろうか、ね?」
圧をかけると彼は両手を上げる。降参したらしい。
タイムリープは終わった。
大災害が起きて、変わらず鈴木は重体のまま。
柊は、学校に来て部活に専念していた。
私もまた学校で部活動をしていた。
結局、鈴木が助けたかったのは、阿久津ではなくて克樹の方だった。
こんな時にでもふざけようとした克樹に一喝入れた鈴木は被って重体、そして搬送。
病院に来た克樹は酷く傷心していた。
「どうしよう……お兄さんが……」
後ろから声をかける二人の声にハッとする。
「私のお兄ちゃん、そう簡単に死なないよ」
「克樹、バカすぎて笑える」
振り返る克樹はムッとしたように言い返す。
「笑い事じゃないんだって!正志、俺は……」
「だから死なないってば」
あっけらかんと二人は言うので克樹は呆気に取られている。
他人事だから飄々としているのか、それとも鈴木が簡単に死なないと本気で思っているのか。
きっと後者だろう。
しかし、柊は犠牲を捨てた。望んだことは叶わない。
死なないと言う絶対的な選択はない。
あとはもう鈴木の生きたいと願う気持ちに委ねるしかない。
死ぬことの恐怖を知っているのなら生きたいと強く願うはず。
緊急患者の入院場所に立ち入ることはできない。
重症患者ならなおさらだ。
生きていてほしいと願う気持ちは届くだろうか。
あの日救ってくれて、対策ができたから生きている。
あなたもまた二度目はうまく対策してくれているはず。祈ることしかできない。
なのに、阿久津や正志は死なないと言う。
その瞳に揺らぎはない。
「阿久津の兄貴だぜ?こんなやばいやつの兄が死ぬわけない。死んだら腹抱えて笑う気がする」
「ちょっとやばいって何!?」
「やばいでしょ、兄が好きって恋しちゃってんねぇ」
「ねぇ!!」
病院で騒ぐ二人。
正志は、彼女の恋心に気づいてたらしい。
それでいて、あまり嬉しそうではないまさしの顔を見ると彼もまた阿久津が好きなのかもしれないと思う。
もう小学生になる年だ。
そう言う気持ちもあるのだろう。
にしても阿久津の顔は真っ赤だ。
騒がしくしていると何やら重症患者の部屋が騒がしくなってきた。
奥の部屋で眠る鈴木の顔。
寄っていく医者と看護師。
集まっていく隙間で彼に顔がチラリと見える。
彼は目を開いていた。
目を覚ました。
「生きてる」
私の声にまたも騒がしくする子供たち。
すごく嬉しいらしい。
克樹は泣いて喜んでいた。
そっか。目を覚ましたんだね。
ようやく私の気持ちを伝えられる。
電話でもなく直接伝えたい。
私とあなたの関係性を犠牲にしても伝えたい気持ちがある。
望まぬ答えでもいい。
それでもまた生きていれば。
何度もあなたを疑った。
何度もあなたの生を望んだ。
何度もあなたに伝えたい。
あなたが退院したら伝えるね。
目まぐるしく回る思考の末にようやく見つけられた答え。
周りの目は気にしない。怖いものもない。
長い長い時間のその先でもまた、あなたといたい。
そう思えたのはあなたのおかげだよ。
あなたが教えてくれた全部、今から挑戦してみるね。
次に目が覚めたのは、自分の部屋のベッド。
隣には母さんがいた。
「……」
「柊さんが、連れてきてくれたの。苦しそうだったけど、大丈夫?」
「……」
こくりと首を縦にふる。
全然大丈夫じゃないけれど、心配かけたくなかった。
どうやら私の命は終わっていたらしい。
母の隣の奥にある棚の下敷きになるなんて。
「どうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
母さんは、また何かあったら言ってねと部屋を出ていく。
今、私の命はここにある。
存在している。
なのに、どうして嬉しく思えないのだろう。
本来の世界線ならば、あと一ヶ月もしないうちに死ぬ。
未来を知っていれば、対策はできるけれど。
その対策をしてくれていた鈴木は、私から今まで以上に距離を置いた。
かれこれ一ヶ月くらいずっと距離を置かれていて、悲しかったはずなのにその間に鈴木は変わってしまった。
変えてしまったのは、私たちなのに。
神の御法度に触れてしまったから、このループから抜け出せないのか。
それとも、まだ何か起死回生のチャンスがあるのか。
考えることさえ放棄したい。動くのも疲れた。
けれど、大災害はやってくる。
あの日感じた恐怖の中、棚の下敷きになって死んじゃうなんて思いもしない。
いつか、柊が言っていた通りだ。
震災のための授業をしたところで対策をする人がいるとは限らない。
私はその一人だった。
私は何もしなかった。
鈴木に『181』を使って遊んだ。『好きだよ』なんて言って。
彼はあの言葉聞いているのだろうか。
聞いているわけがないか。
もしも聞いていたなら、何か反応をくれてもいいはず。
関係を変えようとする私の気持ちは明らかに気持ち悪いのかもしれない。
鈴木がどんな願いを込めてタイムリープを選んだのか。
仮に私や柊を助けるためだったら、あの復讐劇はなんだったのか。
あれがやりたかったことなら私たちは二の次。
本来の世界線で阿久津やその父はどうなったのか。
生きていたのか。
一aの世界線では、鈴木以外生きてた。
本来の世界線は、鈴木だけが生きてた?
考えたくないとかいうくせに、考えてしまうのはこのリープを終わらせたいから。
神様がいるのなら、この世界はどこに終着点を置くのだろう。
鈴木だけが死んだ世界線を続けることがベストアンサーだった可能性もある。
そんなの許さない。
誰も死んでほしくない。
怖い。死ぬのは怖い。
あんな目にあって、命が終わって、次なんて一生来ない。
あの世もない。
未練があれど、今世にいない。成仏もない。
宗教の望む通りの展開は起きなかった。
それが、死だ。
死にたくないなぁ……。
溢れんばかりの涙が耳に伝う。
誰もいないのだから止める必要もないのに、なぜだか私はこの涙を止めたかった。
まだ終わりじゃない。
テスト期間中、何が出るかわからない問いを必死に解き続けるなんて生ぬるいものじゃない。
下手したら人生が終わる。
終わらせたくない。
けど、鈴木は復讐をまた遂行するだろうし、柊は死を求めるだろう。
私はどうしたらいい?
こんな時、鈴木なら海を見に行くのだろう。
海なんて遠すぎるし、行く気力もない。
タイムリープをさっさと終わらせてしまおうか。
不意に出た答え。
永遠と考えを巡らせるよりもさっさとけりをつけちゃえばいい。
どうせ、死ぬんだから。
何もしなければ死ぬし、何をしてもリープが続くなら。
都築神社に向かうことにした。
自暴自棄に服装も考えず、雑な格好で到着する。
犠牲は何にしようか。
願いは決めた。
鈴木はどんな犠牲を選んだだろう。
柊はどうせ、自らの死だ。
またタイムリープしたのは、柊の死をよく思わなかった鈴木が選んだこと。
ならもうこの世界ごと終わらせちゃえ。
どっかで人は死ぬ。みんな死ぬ。
消えてなくなる。いつかその存在さえ思い出すこともなくなる。
今が苦しいだけ。
そのさきで悲しみが残る。
そして、そんな感情さえ消える。
大丈夫。
複雑なものは全部取っ払っちゃえばいいのだから。
「何してんの?」
「ぎゃああ!!」
鈴木の声に思わず驚く。
振り返れば、いつもと変わらない彼の姿。
久しぶりに二人きりになった気分。
「そんなびっくりしなくても」
と笑う。
「だって、なんで?」
戸惑う私の姿をジロジロと見る鈴木。
思わず、顔を背ける。
「髪、ボサボサじゃん」
「いや、それは」
手で整えようとするのは、目の前にいる人が好きな人だからだろうか。
「ちょっと待ってなよ」
都築神社の扉を開けて、中に入っていく。
「櫛でといでやるよ」
「入っちゃっていいの?」
そんなことよりも神社に入っていく鈴木が罰当たりでならない。
「いいでしょ。誰だって入るくない?」
「そんなことないと思うけど」
とりあえず座れとその手前の石段に座る。
彼の手が髪を掬ってはといでいく。
慣れた手つき。
「彼女いるの?」
「は?」
「だって、慣れてるじゃん」
「……あぁ、阿久津だな」
「彼女なの!?幼女でしょ!?最低!鈴木、やってることやばいじゃん!!」
「ちげえよ!」
頭をバシンっと叩かれて悶絶する。
「阿久津の髪をよくやれって言われてやってただけ」
「なんだ、そっちか」
「なんですぐ彼女にしたがるのか」
「じゃあ、彼女はいないんだね」
「いないね」
「ほしくないの?」
振り向こうとする私の顔をグニっと正面に向ける。
不細工な顔を見たくないらしい。
最低だし、悲しい。
「……欲しいけど、まぁ」
濁す彼はきっと他にいるのだろうと思う。
「作るのめんどい」
彼女にしたい女が他にいたということでいいのだろう。
「めんどいって……」
そんな簡単な言葉であしらわないでほしかった。
「好きな人は?」
「……」
答えないくせに櫛を解く仕草はやめない。
なんで私がされるがままで許しているのかわかっていないみたい。
「ぽっと出の女の方がいいんだ。長く一緒にいる私なんかよりもずっと」
「どっから出てきたんだぽっと出って」
「だって、言わないんだもん。そう思うじゃん?」
「そんなことないけど」
「けど?」
「……めんどいな、さっきから。野暮なこと聞くなよ」
野暮じゃないし、と反射的にいうことはできたのに、言わなかったのはある種答えが出たから。
私くらい長く一緒にいる女は他にいるのか。いないはず。
そんなモテないはずだし。一匹狼くんが女子と親しくしている姿なんて見たことない。
「わかりやすいね」
なんて振り向こうとすれば、彼は櫛で私の頭を軽く叩いた。
「ぎゃああ」
「もう櫛は、いいだろ。十分綺麗」
「まだ、もうちょっとやってよ」
立ちあがろうとする彼の腕を掴んで座らせる。
すぐ振り返れば、彼と目が合う。
久しぶりに見たような綺麗な瞳。
最近色々ありすぎて、忘れてた。
もう少し一緒にいたい、もっといたいなんて思えば、傲慢で、許されないとか思って遠慮する。距離を置く。
でも今は二人きり。
何もないのなら、二人でこのまま夜まで過ごしたい。
誰の邪魔もないのだから。
「やめとけよ。無理に仲良くする必要はない」
「タイムリープの達成条件をクリアしてないから?」
「……」
「aの世界線でタイムリープの記憶がなかったのは、正史になっていたからでしょ」
「……そうだ。柊も雨宮もタイムリープしていなければ、俺は死んでた」
彼は私の前に座る。チョチョイと隣に座れば彼は下を向いた。
「死んでたんだ……。死ぬって怖いな」
不意に出た言葉は独り言じゃない。
望んだ死に方だったはずなのに、彼がそんな言葉を言うのだから、気が気じゃない。
「死にたくないよ、普通は」
「怖かった。これで終わりなんだって。止まることなかった心臓が止まって、息もしなくなって、視界は奪われて、耳も聞こえない。無音で、光もなくて……それが、命の終わりなんだと知って……、未練が残った」
「……」
「でも、成仏さえこの世にない。宗教の中の話なんだ。実際にはない。無、だ」
震える彼の背中を撫でる。
いつかスポーツの習い事で負けた試合の時のよう。
「やり直そ。全部、やり直しちゃおう。死にたくないなら、生きる未来を。私も……、本来の世界で死んでる。怖かったよ」
彼に同情したいからじゃない。共感したいからじゃない。
ただただその事実が苦しかった。
人はあっけなく死んでいく。
大した意味なんてないまま、火葬されて、骨になる。
顔が残っているだけありがたい。
そんなのは第三者の言葉で、苦し紛れの常套句。
「あなたがいたから、私は生きてる。でも、正直私は動ける気がしない」
「……」
「鈴木がタイムリープなんてしなければ、生きている未来が作れたはずなのに」
「柊が死んだだろ……!」
一向に顔を上げない彼が怒鳴るようにいう。
「あんな無惨な死に方許されるか?怖くないのか?俺は、また死ぬってなったら怖い。あいつは、何度死んでもまた死にたがる。あいつの未来を止めるまで俺は死ねない」
「え……。ねぇ、まさか」
タイムリープが再度行われたのは、柊の死を止めるため?
だったらなんで、あんな残酷な仕打ちを父親にできたの?
なんで、阿久津の絶望した泣き顔を選べるの?
復讐だけが目的じゃないの?
「俺は、二人の死ぬ未来が怖い。何も無くなった。すぐそばにあったものに気づけなかった。何度も話しかけてきて、うざいくらいに明るいお前らが鬱陶しかった。でも、それがあったから家族のことも少し気を紛らわすことができた」
「……」
「後悔した……。距離を置きたいって考えた自分が」
「……でも」
「そうだ。俺は、二人から距離を置いた。タイムリープができるなら、何度でも時間が作れる。その時間でもう少し家族のことを考えたいと思った。仕事もままならずやめたり早退するような母親を見過ごせない。そうさせた父親も不倫相手の妻も娘も全部考えたい。だから、うまくいったと思った」
「……」
「なのに、変だよな。俺は死にたくないって思った。二人が生きてるからいいじゃないかって思ってた。父親も阿久津もタイムリープ後に知ったよ。足りなかったって気づいた」
もっと会話をしていればよかったと付け足す。
彼は、復讐を望んでいなかった。
先入観もあったと思う。
家庭環境の問題なんて知らないから。
私が恵まれている環境にいたことを最近ようやく自覚してきたから。
恵まれなかった家庭は、呪いのように家族を憎むものだと思っていた。
けれど、彼は違った。できることがあると、動き続けていた。それなのに私は。
「ごめん。知らなかった」
そんなちっぽけなことしか言えなかった。
「大丈夫。雨宮が優しいこと俺は知ってる。周りを気にして、気を遣ってくれてたことも知ってる。幼少期に比べて、よそよそしくなったことも覚えてる。でも、誰よりも俺のことを気にかけてくれてたこともよく知ってる」
幼馴染だからこそ気づいてくれたこと。溢れそうになる涙。
「少し……甘えてもいい?」
「ああ」
「ハグしたい」
「……後にしよ」
「今」
尻を浮かそうとする彼に抱きつく。
肩に顔を擦り付ける。
肩甲骨あたりに顔を隠す。
これから聞く言葉が恥ずかしくならないように。
「ずっとこれ、求めてた」
いつか彼が負けた試合で慰める言い分としてやってのけたハグ。
またどこかでやりたかった。
今、願いが叶った。
「こんなちっぽけなこと、私は求めてた。生きていてくれたから叶ったよ」
チラッと顔を見やれば、耳を赤くしている彼がいる。
泣いているのか、それとも照れているのか。
どっちでもいい。
また今度、答え合わせができればいい。
「ねぇ、今日はずっとこのままがいい」
「甘える時間は過ぎたよ。また今度」
「もっと甘える」
ガシッと抱きついたまま離さないでいると呆れたようにため息をつく彼。
それでも体を動かさなかったのは、許してくれたのだろう。
時間がどれだけか過ぎた頃。
「柊を生かす方法を考えたい」
私と鈴木の考えは同じだった。
柊を生かす作戦会議が始まった。
教室にいる柊はとても静かだった。
普段なら鈴木のところに行くか他クラスに行くと言うのに今は、黙々と読書に勤しんでいる。
たまに読んでいるから意外ではないけれど、久しぶりに見るとやはり新鮮味を感じる。
これから彼を生かす作戦を開始するとなると彼はどんな反応をするだろう。
黒板の真ん前、一番窓側の席の鈴木と目が合う。
普段より表情が掴みやすい。
逃げられていた分、やり直そうとしてくれている気持ちが何より嬉しかった。
ウインクをしてみれば、鈴木は目を逸らす。
前言撤回、何も嬉しくない。
鈴木が、柊に話しかける。
タイムリープの真相を知った後の彼は何も言えない反応を示す。
喧嘩していたし、仲直りするつもりはないのかもしれない。
立ち上がり教室出ていってしまう。
それは、望み通りであった。
彼がたまに読む本に興味があるのだ。
スタスタと鈴木の元に行くと本のカバーを勝手にとる。
『確実な死に方』
やはり彼は病んでいる。
簡単な言葉にはなってしまうが、彼を蝕む原因を突き止めるには大事なこと。
所々の角を折っているページを開いては、次を見る。
どうやら確実に死にたいらしい。
事故死でさえ呆気なく死ぬと言うことは彼も知っているらしい。
最後に見たページでは、煉炭自殺と書いてあった。
やり方は簡単だけれど、ホームセンターがないことには不可能に近い。
練炭なんてそこら辺に売っているようなものではない。
どうしてそこまで死にたいのだろう。
作戦会議中に出たキーワード。『すぐそばにある』『後悔』などを思い出してみる。
彼のすぐそばにあったもの、後悔は何か。
端的にいって仕舞えば、家庭の問題だ。
彼と同じ中学の人に話を聞いた。
『親が離婚してる噂はあった。もっと進学校にいくような生徒だったはず』
『勉強熱心で、部活がなければ自習室にいたはず』
と、いろいろ教えてくれた。
私の愛嬌はこんなところでも十分に発揮できる。
可愛いなんて言われて育ってきたし、実際、クラスメイトも可愛いと言ってくれていた。
あっという間に嫌われてしまったのは、好きだった男子が私のことを好きだという事実を知った逆恨み。
高校でもその噂は流れた。
柊はそれを知っていたはずなのに、話しかけてくれた。
恩は返したい。
けれど、彼は距離を置くためにひどい言葉を言うだろう。
それでもいいと、傷ついてもいいから自殺を止めたいと私は思う。
鈴木がいれば、なんとかなりそう。
放課後、図書室のホワイトボードを借りて状況をまとめる。
以前は、柊とだったけれど今回は鈴木だ。
きっといい案を出してくれる。期待していた。
「ここマジで、人来ないんだな」
「図書室の先生ってイケメンに優しいから」
「面食いってことね」
「ちょっと」
「俺は、お前だけで十分だよ」
「ありがとね」
「おい」
「なんでよー、先に『雨宮にイケメンって言われた方が嬉しい』って言わないのが悪いじゃん」
「初めていい?」
「だめ」
「とりあえず、状況整理だけどさ、中学時代の柊は『勤勉』ってことでいいんだよな」
ダメと言ったけれど、彼は本題に入る。
茶化すのも変なので頷くことにした。
「そんな勤勉な柊が、高校生になってから自傷行為が増えた」
「……首締めの件知ってるんだ」
aの世界線で言い合いになったことを思い出す。
「知ってる。雨宮みたいに全部言わないね」
「……」
「それで?そんな首しめの馬鹿がなんでタイムリープでも死を求めるの?タイムリープの原因が、鈴木だけどね」
と、やり返す。
「すぐに思い浮かんだのが自らの死か、それとも人の死と同等の犠牲を考えたからなのか」
「でも」
「読んでいた本を見る限り、前者だよな」
ホワイトボードにつらつらと書いていく鈴木。
「ね、そんな字汚かったっけ?」
「じゃあお前、壁に文字書いたことあるか?デカデカと」
「ない」
「やってみろ」
記主を交代し、私が思ったことを口にする。情報共有は大事。
「タイムリープじゃないといけない理由を探した時に出たのは、確実性かな」
私の座っていた椅子に座る鈴木。
続きを促すので、ホワイトボードに書きながらいう。
「何度も自殺を決行して失敗に終わっていることが前提条件だけど、タイムリープなら、犠牲を払わないといけない。つまり、確実に死ねる」
「……」
「字、うまいでしょ」
どうだ、と見せびらかすと彼は舌打ちをした。
「あー!!」
「いいから、続けて」
「…………。もういいよ。……、私は字が上手いわけだけど」
「わかった、負けだ。雨宮の字は綺麗だ」
「よろしい」
じゃあ続けるね、と足す。
「タイムリープが確実なものだという証拠があの時にはなかった。私とタイムリープするってなった時、彼は本気にしてない様子だったから」
「今、自殺に執着しているのは、死ねるという確証があるから?」
ペンで鈴木を指す。同感という意味だ。
「あの時言ってたよね。本来の世界線なら柊は死んでる。もちろん、私も。そして今も自分の死を犠牲に選んでる」
「……執着する必要は、本来ない。いつかその時が来るまで待つ可能性もある?」
それもそうだ。
そして。
「一番気にしているのは、彼が自殺するならどのタイミングを選ぶのか」
「……」
大災害が起こる前に行うかもしれない。
今日かもしれない。明日かもしれない。
死にたい人の心情なんてものを完璧に理解しようと思うのは不可能だ。
災害が起これば、命を捨てる選択はもっとできなくなる。
先に行動しておけば、厄介なことから逃げられる。
「鈴木が、死にてぇって言ってたのって、柊を死なせないため?」
死にたいと言っている人が近くにいれば、声を出せない。
仮に死んでしまえば、どうして柊が?となるかもしれない。
もしも本当に死にたいのなら、気にしなくてもいいはずだけど……。
「そのつもりだったけど……。やっぱり根本を解決しないからには、死を選ぶよな」
「失敗だね」
「難しいな。図書室に心理学の本があるわけじゃないし、お金もそんな持ってないから、書店で買えない」
「……」
「あいつの拠り所を作る選択肢もあったけど、それだと依存しかねないからな……」
「安全で、安心できる選択肢……」
何かのタイミングで導火線に火がついてしまったら、彼は呆気なく死んでしまうだろう。
その何かがわからない以上、先手も打てない。
ことが起きた時に一つ一つ対応していたらキリがない。
ドツボにハマったよう。
思考を巡らせるけれど、思うように行かない。最善策なんてものは出てこない。
「雨宮に伝えてないことがあるんだけど、柊さ、本来の世界線では母親を庇ってるんだ。覆い被さるように見つかったって」
「人を助けて死ぬって、今回の願いと似てるね」
「そこが引っかかるんだよな。死にたい奴がなんで人助けなんかするんだろうって」
「鈴木はさ、なんで柊を助けようと思ったの?死にたいの知ってたんでしょ?」
「……友達だから?俺が一方的に話しかけてたのもあるけど」
「柊も鈴木に話しかけてなかった?」
「たまにね」
思い当たることを口にし続けても結局彼が人を助けた理由も死にたい理由も見つからなかった。
死ぬのが怖いと思った私や鈴木と違って彼はそんなこと思ってないから、恐ろしい。
「あいつと俺は家庭環境が似てるなって思った。やることも全部、似てた」
突然そんなことを言い出す。大切なことな気がして、向かいの席に座り次を促す。
「俺の家庭環境、雨宮以外にバレたことなくて。鈴木って苗字この辺じゃ多いだろ?だから、バレるわけないって思ってた。でも、どっかでバレたんだろうな」
鈴木の勘の鋭さ同様に柊も勘が鋭いのかもしれない。
「なんでだろうってよく考えてたんだけど、家庭の話全くしない俺を不審に思ったのかもな。普段、俺は明るい奴だって思われてたはずだから。悩みなんてないんだろって」
悩みのないやつなんていないのにな、と付け足す。
「完璧超人だと思ったのかもなぁ、俺のこと。テストも点数良くて部活もレギュラーに選ばれて」
「モテるしね」
「まぁな」
答えが出たような気がした。
完璧を求める人ほど、その重圧に耐えられない。
柊は、完璧じゃなかった。
完璧な人間なんていないけれど、求めてしまうともっと正しく、もっと高みを目指したくなる。
そのさきに鈴木がいたのから、壊れてしまったのかもしれない。
感情が思うように動かなくなったのかもしれない。
死に方さえ完璧であればいいと思えるようになったのなら、もう手遅れだ。
鈴木と目が合う。
自殺を止めるきっかけになるかもしれないとお互いに思う。
柊の家の付近まで向かった。
辺りを窺ってみても柊の姿は見えない。
スマホで一応ホームセンターを調べるけれど、この辺にはない。
タイムリープを考えたあの日に言わなかったことがわかるかもしれない。
彼は何かと隠し事が多い。
まだ言っていないことの一つや二つあるだろう。
「この辺きたの久しぶりだな」
「嘘つかないで」
鈴木のすっとぼけた言葉にピシャリという。
「まだこの辺通ってるでしょ」
「復讐が目的じゃないって言わなかったっけ?」
「言ってたよ。けどさ、まだ謎が残ってるよ」
柊と作戦会議をした時のこと。
どうして鈴木は、土砂に巻き込まれたのか。
阿久津も生きていて、父親も生きていた。
他に助けなきゃいけない相手がいたのだろうか。
誰かを助けたいと思う気持ちは、柊と同じ。
似ている部分が多い二人だからこそ分かり合えることもあるだろうに。
「その謎、聞かなくていいの?」
「聞かないよ。どうせ、誰かを助けたいんでしょ?」
復讐じゃないのなら、その説が濃厚だ。
同時に彼を信用していることを私は伝えているつもりだった。
「そう。ならいいや」
「生きてね、絶対」
「ああ」
あの土砂に巻き込まれた記憶があるのなら、二度も同じ失敗はしないだろうと思う。
「私も、生きるから」
振り返ると刹那、彼は私を抱きしめていた。
「絶対に、生きて戻る」
「うん……」
抱擁し、少し肌を離せば顔が見える。
目と目があう。このまま。
「人の家の近くで何してんの?」
柊の声だ。
とたん、私の肩を押し距離をとった鈴木。
「よ、柊、死ぬんか?」
文句言ってやろうと思っていたけれど、ド直球に柊へ伝えた言葉に呆然とするしかなかった。
「……」
「完璧超人の俺に勝てないとそりゃ死にたくなるよなぁ。あ、同情したら惨めになるか?」
「……」
何を狙ってこんな馬鹿げたことを言い続けるのだろう。
ここはもっと真面目に話すべきことじゃないだろうか。
「孤独で不憫で、それで助けてもらえる存在だと自分のこと思ってる?」
「まさか」
「なら」
「なんで、僕を助けたの」
柊を助けたのは間違いなく鈴木。
助けてと言ったことはない柊にとって当たり前の疑問だ。
「まぁ、死なれたら困るじゃん」
「そんなことないでしょ」
「あるだろ。お前がこれまで関わってきた全てのやつに聞いてみればいい」
「助けたいなんて思ってんの、お前だけ」
「柊さ、なんで死にたいの」
真面目な声音に聞く耳を持たない柊。
「死にたいって……。だって、お前らわかんないじゃん」
「説明もできないのに、理解する方がよっぽど無理」
「僕にないもの全部持ってる君にはわからない」
「それは俺にも言えることじゃない?」
後ろにある柊の家を指差す。
「普通、離婚した家庭ってマンションとか安いとこに引っ越すでしょ。柊の家、金持ちじゃん」
一軒家に住めているだけありがたいだろと言いたげだった。
鈴木の家庭を考えれば、一軒家は贅沢の部類なのかもしれない。
「それ親の話でしょ。お前の話してんだけど。レギュラーの座をとって勉強もできて。マンションだろうが一軒家だろうが変わらなかっただろ」
鈴木の地雷を踏んでいるようで、彼が苛立っていることを隣にいる私は肌で感じる。
「それが叶わないのなんてお前の努力不足でしょ。じゃあ、せめて小さい頃からスポーツやればいいじゃん」
勉強でいいところ行けないなら塾に通えと。
「そんなんで事足りるならとっくにやってる」
「じゃあ、なんでできないこと俺を使って言い訳すんの?揚げ足取りたいなら努力くらいしろよ」
「努力って……」
「ほら、また説明できないままじゃんか。自分の感情、言葉にできないままだから大した改善点も見出せないんでしょ」
「黙れよ」
「だまらねぇよ」
「何がわかんの?」
「わからんから聞いてんのに、逃げんじゃん柊」
「それ、鈴木もだよ」
茶化すと頭をペしんと叩かれる。痛みに悶絶していると柊がため息をついた。
「お前らで仲良くやってればいい。僕は別にお前らが好きじゃない」
「あぁ、そうかよ。じゃあ、さっさと死ねば?」
呆れたように頭を掻きむしり、カバンを肩にかけて柊の横を通り過ぎる。
刹那、柊は鈴木に問う。
「なんで、僕を助けたいなんて思った?」
「……大切なやつだと思ってるから。友達、じゃなかったのか?」
鈴木は、それ以上言う気がないのか歩いて帰っていく。
目の前にいる柊は、淋しそうに笑う。
何を思っているのか、彼に聞けるほど今の私には語彙力がなかった。
静かに笑みを浮かべるとスッと表情が消える。
鈴木がいなくなったその場で小さい声が耳に響く。
「好かれてたんだな」
私に見向きもせず家に向かう。
玄関先で、思わず声をかける。
「タイムリープ、自分が望むまで続ける?」
「……いや、もう、いい」
玄関の閉まる音が聞こえる。
生きていてくれるのだろうか。
自分が何をしなくても死ねるということを彼は理解しているはず。
この先どう動くのかわからないし、油断できない。
けれど、もう大丈夫なような気がした。
すぐそばにあるものに気づいてくれたような。
鈴木に電話をかける。
「作戦成功だよ」
『あとは』
「私は生きるよ。もちろん、柊も死なせない」
『じゃあ』
「あとはあなたが助けたい人を助けて」
『ああ、ありがと』
電話を切る。
スマホの検索エンジンで作戦で使った心理テクニックのページを開く。
内に溜め込む人相手にやるカウンセリング療法のなかに相手の気持ちをつく技がある。
鈴木はそれを狙ってズバズバと言っていただけ。
茶化した時に私の頭を叩いたのは、失敗する可能性を考慮した結果。
けれど、それさえも鈴木の作戦通り。
喧嘩のような言い合いを続けることで何に悩んでいたのか明確になるという心理。
最後に残った感情に気づけたのなら、あとはそれを解決するだけ。
あとは、柊の望む通りに彼自身が動くこと。
万事解決といったところだろうか。
以降、柊は学校に毎日来ていたし、大災害当日も彼は学校に来ていた。
そして、タイムリープは終わった。
鈴木が重体で入院。
柊は、死んだ。
作戦は失敗した。
私一人が残った。
柊がなぜ死んだのかわからない。
都築神社に向かった。
これが本来の世界になる?
ありえない。
許せなかった。
鈴木の望むような世界にはならなかった。
彼のいない世界でどう生きればいい。
助けてくれる人がいたから頑張ってこれた。
もし、学校に行けばどうなる。
女子友達もいない私に何ができる。
拠り所は?
居場所は?
一人は寂しい。
愛想よく振る舞って嫌われて、鈴木がいたからどうにかできたものなのに。
誰もいないのなら、私は生きていけない。
鈴木と話したあの都築神社に到着する。
どうして、柊は死んだ?
どうして、鈴木は無傷で帰ってこれなかった?
もう一度、タイムリープをすれば、二人の記憶は戻ってくる?
もう一度、柊を説得したら柊は生きている?
何をどうしたらいい?
もう全部終わりにしたい。
タイムリープなんて心が苦しくなるだけ。
何度も同じ時間を過ごして、終わらない時を刻んで。
生きている理由なんて鈴木がいるだけで十分だった。
……生きている理由。
そんなもの必要だっただろうか。
正志が友達と遊んでいたように、私もまた誰かといるだけでよかった。
でもそれが、いつからか蟠りを生み、謝るだけじゃ済まないような歪みへと進路を変えた。
誰かがだれかを嫉妬して、恨んで、憎んで。
時にそれに悲しくなって、虚しくなる。
何もない方が良かっただなんて思うようになるから、小さい頃のようにまた誰かと遊んだり、話したりする。
蟠りを解消するのは、会話だ。対話だ。
出来上がってしまった溝を解消を埋めるために、誰かに面影を寄せたり、戻らない関係性に執着する。
私は今、鈴木に執着している。
鈴木は、執着なんかしてなかった。
会話を繰り返して、不倫した父親を許そうと動き続けた。
復讐なんか望んでいないのは、自らを成長させたかった。
そのための犠牲ならば望んでいた。
どこで変わってしまったのだろう。
鈴木が望んだように成長を望んでいたのなら、私は他県に住む斗真に鈴木の面影を寄せたりなどしなかっただろう。
分岐してしまった道で私は左を向き、彼は右を向いた。
確信的な革命を己に望んだ。
そんなことさえできなかった私にも右を向くチャンスがあるのなら……。
柊もまた右を向くチャンスがある。
彼に必要だったものは会話だ。
一方的に言葉をぶつけることじゃなかった。
やり直せるのなら、やり直すしかない。
生きる理由を見つけるなんてできなくても、今の蟠りさえ解消できるのなら。
賽銭箱に小銭を入れる。
壮大なタイムリープに終止符を打つ。
これで終わりにする。
どちらが正しい道かなんて一切わからないけれど『蟠りの解消』を願う。
『それぞれの関係性』を犠牲にしても。
『181』の文字が黒板に書かれている。
スマホを見れば、タイムリープしていることがはっきりとわかる。
柊が私によってくる。
「ちょうど良かった、少し話そう」
鈴木が入院したとされる病院の前につく。
「私は、前を向くなんてことできない。誰かを助けることもできない。あなた言ってたね。私の弱い部分を」
「……それよりなんで」
「何も解決できなかったからだよ。あなたは死んだ。鈴木は重体でここの病院に入院している」
学校の近くの病院に入院することになったのは、三ヶ日付近の病院はどこも機能していないから。
波の影響も地震の影響も少なかったここの病院なら適切な治療を受けられる。
「そんなに僕の自殺を止めたいのか」
「あなたがラスボスみたいだからね。でも、止めないよ。話したいだけ」
「……」
「この世界は、壮大でファンタジーにもタイムリープができる。でもね、欲しかったのはそんな大層な力じゃないでしょ?」
鈴木の望んだ『最善の未来』が機能しないのは、彼に選択権がないから。
重体という意識のない状態では行動できない。
死んでいるという状態では、タイムリープをすれば意識が戻る。
その証拠に柊は、タイムリープに気づいて私に駆け寄った。
鈴木がタイムリープの記憶を持たないのは、重体のままこの時間に戻されたから。
「力があれば、なんでもできるって思ってたのにね」
「過去をやり直せるのなら、何度でもやり直す。違ったっけ?」
「正しいよ。前の私なら」
「こんな短い時間で何が変わったっていうんだ」
「変わらないから、また、タイムリープなんてしたんだよ。私は、あなたのこと理解できないから」
鈴木は、成長を求めた。
「でも私は、逃げてばかりだから変わらなかった。成長なんて言葉、似合わなかった。あなたは、目を逸らすだけで逃げることも成長することもしなかった」
違う?と彼を見やれば目を逸らした。
図星だった。
「命なんて、いらない。私も思うよ。鈴木がいたから私は変わらずにいられた。変わらないためには鈴木が必要だった」
「愛嬌だけが取り柄の君の居場所じゃなかっただけじゃないか?場所を変えれば、好かれるはずだ」
「友達の好きな人といい感じになっても?」
「……」
気まずそうに下を向く彼。
「私は、最低な女なの。ひどいでしょ?」
と、笑うと彼は首を横に振った。
優しいなと思う。
「雨宮の自虐、面白くない」
「そうかな」
「僕の望んだ願いを潰す理由は何?あんな弾丸トークしたくせに」
「届かなかったからかな。私はね、思ったの」
近くのベンチに腰をかける。
入院している男女が外の広場でワイワイ遊んでいる。
「あんなふうに遊んでいる時が楽しかったなって」
「……」
黄色い声を出して、笑顔で、はしゃぎまくってる男女。仲がいいなと思う。
「それだけがあれば、私はなんだって良かった。高校で鈴木と再会して、変わっていない彼を見て同じだって思えた」
だけど。
「彼は環境の変化に追いついて、その後で父親と会話を重ねた。復讐なんて推測全く違ったんだよ」
「……まさか、あれだけ証拠が集まれば」
「状況だけなんだよ。鈴木と話してわかったよ。私もあなたも鈴木といられたのは、変わらず燻っている鈴木だって思えたから」
何も見えてなかったんだよ、と口をこぼす。
「いや、嘘だ」
「信じらんないよね。私、疑っちゃったもん。毎日足繁く通ってたのは、どこかでやり直せる気持ちがあって、それが叶わなかったから、最悪の未来を作ったって。でもそれ、できすぎてない?」
全部が全部うまくいくことなんてない。
命に限りがあって、望んだようにいかないこの世の中で。
「私は逃げたよ。あなたを救うって責任から。だから、鈴木に全部任せた。本当はね、作戦があったんだ。あの後、私が優しい言葉を投げかけることで自殺から救うって」
でも、やらなかった。
人の命が関わる責任から逃げた。
あの頃のようにいじめに遭って女子みんなから距離を置かれたように、柊から距離を置かれることを拒んだ。
「まともに話し合うこともしない。穏便に済ませて、お互いに謝って、心に残る濁ったものを押さえ込んで。だから、一気に距離ができる。一瞬なんだよ。全部が壊れる様は」
女子みんなから嫌われれば、男子からも距離を置かれる。
仲が良かった人からも嫌う目で見られる。
居場所なんてない。
「そこまでわかってて、なんで僕に話しかけるの?」
「全部、終わらせちゃおうと思ってさ。今回のタイムリープは私がしたの。今までの関係性全部を犠牲にして」
「……」
「だから、うまくいってもうまくいかなくてもこれが最後。終わりにしよっか。お互いに」
「……」
「柊はなんで、死にたいって思うようになったの?」
無言の時間が続いた。
外で騒ぐ男女の声が響いてる。
「言えない」
彼の言葉が聞こえたのは、バイクの音が通り過ぎてから。
「また逃げちゃうの?死にたいって思ってから、ずっと死にたいって言葉しか言わなくて。それまで悩んでいたこと、苦しかったこと全部を忘れちゃうの?思い出せないの?どうして、あなたは逃げることさえも怖いの。何もしないことの怖さ、本来の世界線でよくわかってたはずでしょ?鈴木が死んでわざわざ家に行くなんて普通、できないよ」
柊の口から言って欲しかった言葉をもらえなかったせいだろうか。
早口に言葉を吐いてしまってから、ハッとする。
これでは鈴木と同じやり方をしているだけじゃないか、と。
「ははっ、そうだよ。忘れたんだ。全部、思い出せない。いつか残った死にたいって気持ちだけで生きてる。死ぬことは怖くない」
「……」
「でもそうだな。最初は怖かったな。ロープで首を絞めてそのまま死ねるって思ったのに、咄嗟にやめて息が上がって、涙が浮かんだ。死ぬ勇気なんてものなかった」
「なのに、どうして」
「何度でも死んでやるって思った。テストでいい結果が出せなかった時、親に言われてきた。『もっとできるよ、もっと頑張れるよ』それが、怖かったな。僕は、頑張ったって思ったし、いつも以上に勉強に時間を割いたのに」
彼はダムが決壊したように言葉を溢れさせていった。
「次はもっといい点数を取ってきて、って言われた時はまぁ、ショックが大きくて。他の人より勉強してる、取り柄だって思ってたけれど、他の人の方が点数がいい。勉強してないって言ってる奴が陰で勉強してて点数がいいことを知った時はなんだか憧れた。飄々としているやつに憧れた。鈴木もそんな感じのやつだろ?僕はどうしてもなれなかった。何者にもなれなかった」
部活も同様だと彼はいう。
「実力に差があるのはステータスの問題もあるのかもしれない。だとしたら、僕は元から才がない。期待されるだけ馬鹿馬鹿しくなった。こんな努力になんの意味があるんだって。毎回あるテストに嫌気がさした。親の評価も先生からの評価も全部が煩わしかった」
「……」
「結果なんてものしか見ていなくて、努力に大した価値がないと知っていながら、努力しないと価値もないことに気づかなかった」
目の前にいる楽しそうな男女に目を向ける柊。
「これから、先どう生きようとしても僕には憧れたものになることはない。努力もできないのだから。だんだんと生きている理由がわからなくなった。できるやつはできる、できないやつは何やってもできない。自分の評価はとてつもなく低い。僕は何もできない」
だから。
「鈴木を生かすことができた時は、できないこともないんじゃないかって思った」
「でも、叶わなかった」
「まさか鈴木の望みが復讐じゃなかったなんて想像もしなかった」
「……」
「人の顔色ばかりうかがってたくせに、人の顔色で判断はできなかった。人のことも自分のことも何も知らなかった」
あの子たちは。
「今、何を見て楽しいって思えているんだろう」
彼は、全部を喋った。
「真面目だね」
私が言うと彼は小さな男女たちから目を離し、私に目を向ける。
「だって、親のためにって普通そこまで本気にならなくない?」
「雨宮だって、クラスのことで本気で悩んでただろ?」
「もういいの。なんだか考えすぎたかなって。ちょっと疲れた。柊もさ、少しくらい人に本音を打ち明けたらどう?」
「今、打ち明けたよ」
「どう思った?」
「……もっと早くこうしていれば良かったって思ったよ」
手で隣の席をポンポンと叩く。
彼は意図に気づいて隣に座る。
「ようやく素直になれたね」
彼の顔を見る。
頬が赤くなっているのは夕日のせいだろうか。
柊や私に欲しかったのは、考えないことだったのかもしれない。
考えすぎてしまう私たちだからこそ、そっと気持ちを落ち着かせる場所が欲しくて、そのための場所なんてなかったからひたすら悩み続けた。
生きていることで発生する悩みなんてものが多すぎて、それに悩んでいたら時間が消えていく。
どっかで苦しくなることはわかっていたはずなのに、気づけないほどに追い詰められていく。
生き場所を失ってしまう。
学校と家を行き来するだけの私たちだから、広い世界を知らない。
広い世界で起こる出来事に目を向ける暇もなく勉強をつめに詰められて、キャパシティーをオーバーしていく。
悩んだら一旦手を止めて、一息つくことがいいのかもしれない。
「これからどうするの?」
柊がそんなことを聞く。
「私は、女子友を作ろうかな」
「急にどうしたんだよ」
「あの頃とは環境が違うから、もしかしたらできるかもしれないし」
「いいね、それ」
「失敗したら相談乗ってもらうから」
「アドバイスするよ」
「いらないよ」
「……ん?相談じゃないの?」
「話聞いてくれるだけでいいよ」
「よくわかんないな」
「柊はあれだね、彼女作りから始めてみたら?」
「雨宮は、アドバイスするんだな」
「やっぱ彼女作ろうか、ね?」
圧をかけると彼は両手を上げる。降参したらしい。
タイムリープは終わった。
大災害が起きて、変わらず鈴木は重体のまま。
柊は、学校に来て部活に専念していた。
私もまた学校で部活動をしていた。
結局、鈴木が助けたかったのは、阿久津ではなくて克樹の方だった。
こんな時にでもふざけようとした克樹に一喝入れた鈴木は被って重体、そして搬送。
病院に来た克樹は酷く傷心していた。
「どうしよう……お兄さんが……」
後ろから声をかける二人の声にハッとする。
「私のお兄ちゃん、そう簡単に死なないよ」
「克樹、バカすぎて笑える」
振り返る克樹はムッとしたように言い返す。
「笑い事じゃないんだって!正志、俺は……」
「だから死なないってば」
あっけらかんと二人は言うので克樹は呆気に取られている。
他人事だから飄々としているのか、それとも鈴木が簡単に死なないと本気で思っているのか。
きっと後者だろう。
しかし、柊は犠牲を捨てた。望んだことは叶わない。
死なないと言う絶対的な選択はない。
あとはもう鈴木の生きたいと願う気持ちに委ねるしかない。
死ぬことの恐怖を知っているのなら生きたいと強く願うはず。
緊急患者の入院場所に立ち入ることはできない。
重症患者ならなおさらだ。
生きていてほしいと願う気持ちは届くだろうか。
あの日救ってくれて、対策ができたから生きている。
あなたもまた二度目はうまく対策してくれているはず。祈ることしかできない。
なのに、阿久津や正志は死なないと言う。
その瞳に揺らぎはない。
「阿久津の兄貴だぜ?こんなやばいやつの兄が死ぬわけない。死んだら腹抱えて笑う気がする」
「ちょっとやばいって何!?」
「やばいでしょ、兄が好きって恋しちゃってんねぇ」
「ねぇ!!」
病院で騒ぐ二人。
正志は、彼女の恋心に気づいてたらしい。
それでいて、あまり嬉しそうではないまさしの顔を見ると彼もまた阿久津が好きなのかもしれないと思う。
もう小学生になる年だ。
そう言う気持ちもあるのだろう。
にしても阿久津の顔は真っ赤だ。
騒がしくしていると何やら重症患者の部屋が騒がしくなってきた。
奥の部屋で眠る鈴木の顔。
寄っていく医者と看護師。
集まっていく隙間で彼に顔がチラリと見える。
彼は目を開いていた。
目を覚ました。
「生きてる」
私の声にまたも騒がしくする子供たち。
すごく嬉しいらしい。
克樹は泣いて喜んでいた。
そっか。目を覚ましたんだね。
ようやく私の気持ちを伝えられる。
電話でもなく直接伝えたい。
私とあなたの関係性を犠牲にしても伝えたい気持ちがある。
望まぬ答えでもいい。
それでもまた生きていれば。
何度もあなたを疑った。
何度もあなたの生を望んだ。
何度もあなたに伝えたい。
あなたが退院したら伝えるね。
目まぐるしく回る思考の末にようやく見つけられた答え。
周りの目は気にしない。怖いものもない。
長い長い時間のその先でもまた、あなたといたい。
そう思えたのはあなたのおかげだよ。
あなたが教えてくれた全部、今から挑戦してみるね。


