さて、どっから話そうか。
 雨宮と柊を目の前に特別話したい欲はない。
 けれど、タイムリープしてしまっている以上、俺の願いを叶えるためにも話し合いは必要だった。
 ようやく得られたはずのものがもう一度やり直しとなってしまっては、何度も同じことをする復習とは違う。
 体力もいるし、知恵もいる。
 先見の目もないといけない。
 目を覚ました二人にちょっと散歩しようかと都築神社の中に入る。
 それは、本来の世界線の話だ。
 彼らが前回の世界線を一aの世界線といい、俺が死んだ世界をaの世界線と言った。
 ならば、一Aの世界線を俺が、二人を救うのに失敗した世界線。
 本来の世界線がAの世界線としたとき、二人が死んだ世界とする。
「まずは、世界線Aを見ようか」
 地震が起きた当日、彼らは家にいた。
 逃げ惑う雨宮は箪笥の下敷きになり、救助が来なくて死んだ。
 柊の家は、湖寄りだったこともあって波が家に入ってきて死んだ。こちらも救助が来なかったためだ。
 残念ながら、この辺は大きい病院もなければ、あったとしても救助のヘリが来ない。
 自衛隊も遠くてすぐには来ない。
 俺は、家にいた。海から遠く海抜も高いために波の被害もなければ、揺れも地震対策をしていたおかげでなんとかなった。
 二人の死を知ったのは、高校に来た時だ。
 部活のグループラインを見て、生存者だけでも学校に行こうと言う話になった。
 高校の体育館では、自衛隊が指揮をとり安否確認をしていて、二人の名前の隣には死亡という文字が書かれていた。
 死因や誰が連絡したのかまで教えてくれることはなかった。守秘義務があるらしい。
「嘘……」
 言葉を詰まらせる雨宮は涙目だった。
「まだおわんないよ。君らが勝手に始めたんだから、終わらせてもらわないと」
 いくよと、腕を引っ張る。
 二人の命だけじゃなかった。
 阿久津も父親も死んだ。
 三ヶ日の避難所にてそれを知らされる。
 これは天罰だと思った。
 不倫した挙句、子を作って家庭を持った二人は神から罰を与えられたんだ、と。
 だけど、そこには見覚えのある女の姿があった。
 何度か話したことのある不倫相手。
 彼女は、悲しいという感情を持ち合わせていないように見えた。
 悲しいというより、うまくいったはずなのにというニュアンスが見て取れる。
 それは怒りにも似た感情なのかもしれない。
 そして、思う。
 彼女は、父親を利用していたんだと。
 毎日高級品を着飾って、子供のことにあまり興味はないけれど、家庭のためにと動く姿勢。
 見落としていた。
 父親をATM代わりにしていたということを。
 殺さなきゃと、思った。
 こんな魔女に俺の家庭は奪われたんだ。
 母は、満足に仕事をしてない。
 ずっと父親が働かなくていいと家事をさせていたのだから、簡単に就職先を見つけることもできない。
 高校生になった俺にいつもごめんね、という。
 誰のせいだろうか。
 悪魔はこいつなんじゃないか。
 だけど、子供みたいに感情に合わせて動くことはなかった。
 なんとなく悟っていたのかもしれない。
 人を信じれば信じるほど悲しくなるのは、裏切られたなんて思うから。
 命に終わりを知っていれば、まぁそうだよなって思える。
 いつか関係性も命も全部が終わる。
 父親が、不倫相手と阿久津がボール遊びしているのを微笑ましそうに見ているあの瞬間に思った。
 俺の時は仕事が忙しいと幼少期に会うことは少なかったというのに。
 愛情とはなんだろうか。
 考えてみても答えが出なかった。
 知識がないからかもしれない。
 どうでもいいという気持ちもあった。
 知ったところで、心はとっくに空っぽだったから。
 何度この景色を見ても、俺の心に湧くものはなかった。
 世界線一Aを見ていこうか。
 都築神社の外に出る。もう一度、戸を開くと新しい景色が見えてくる。
 犠牲の代償に願いを叶える。
 そんな犠牲のもと叶えたのが、現実改変のやり方だ。
 人の犠牲によって得られたのは、復興であり、思いやりの心。
 大事にすべきものは、現状維持ではなく現状を改善していく考え方にある。
 そして、地元だけでなく県外の人間でさえその強い魂に心を打たれた。
 だが、この時も雨宮、柊は死んだ。
 動かせなかった。
 ここから離れようと無理なことをいう俺に疲れているんじゃないか、どうかしてしまったのか、と不安を寄せた。
 突然そんなことを言われたら困るのかもしれない。
 いや、困ってしまったから俺を宥めようとしたのだ。
 一度目のリープで叶わなかったこと。
 反省点を生かしたのがaの世界線だ。
 もう一度、都築神社の外に出る。
 震えている雨宮にトラウマを与えるかもしれないと危惧する。
 柊は、とっくに死んだ顔をみせていた。
 俺が選んだ願いと犠牲に気づいたのかもしれない。
 何もしないことが正解だったと答えを出したのだろうか。
 けれど、二人がタイムリープをして現実を改変してしまった時点で、もう一度やり直さねばならないのは、お互い様だ。
 あと何回同じことを繰り返せばいいだろうかと思う。
 気が滅入る。
 もうラストにしたいのだが。
 柊が望みを放棄しても犠牲は得る。
 こいつが望んだのは、きっと己の死だ。
 厄介なことをしてくれた。
 これでは、どう未来をつくればいいのかわからない。
 柊の犠牲の詳細がわかれば、端的なものであればあるほど、捻りのある返しができるのだけれど……。
 やはり、ここで二人の精神状態を最低で最悪なものにするしかない。
「aの世界線は、二人が見てきた通りだ。予想外のことが起きても、うまく利用できたし、なんとかなった」
「あれは、鈴木が望んだ未来で間違いないのか」
 柊がいう。
「あぁ。そうだ。あれで十分だったはずだ」
「……あのノートは」
「ノート?」
 一瞬なんのことだかわからなかった。が、すぐに気づく。
「家に入ったのか?」
「そりゃそうだろ。僕らは生き残った。お前が、死んだ。鈴木の母親が生きてるって聞いて、線香上げに行ったんだ」
「……」
「そしたら、鈴木の部屋からあんなノートが見つかった」
「…………そうか。じゃあ、ま、しょうがないか」
「悪かったな、最高の未来が築けたっていうのに」
 してやったりといったニュアンスがどうも気に食わなかった。
「命を犠牲に選んだお前は、俺の望みに反してる」
「そうか?いつも死にたいとか言ってた割に本来の世界線じゃ、生きてたんだろ」
 生きていてよかったなと付け足す柊。
「死にきれず、死体を見たお前が望んだことは、死ぬこと。どんだけ死にてぇのお前」
「……」
「やめてよ……、喧嘩は」
 と、溢れる涙を拭いながら雨宮はつぶやく。
 拭ってやりたいと思いつつも、ここでちゃんと止めておかないと雨宮は都築神社で犠牲を得て、願いを叶えるかもしれない。
 それだけは阻止してやりたい。
「阿久津を利用してまで、俺を生かして何がしたいんだ?下手すぎる。あえて聞かないようにしてたけど、阿久津は全部俺に話してくれた」
「……」
「同じ制服の女子ってお前くらいしかいないだろ。他の女子と関わらないようにしてんだから」
「でも」
「あの家に入ってみてどうだった?写真を見てどう思った?あの不倫相手の女を見てどう思った!?」
「それは」
「全部、奪われた。全部奪い返しても、あいつは悲しみなんか知らない。夫婦愛なんてもの存在しない」
「……だったら、なんで阿久津ちゃんと仲良くしたの?何度も何度も一緒にいたら気持ちが苦しくなっちゃうだけじゃん!」
「あの妹は妹じゃない。どっかで絶対父親に教えてやる。ようやく叶えたはずなのに」
「それを止めたくて、私たちはタイムリープしたの!鈴木がそんなやつじゃないって信じてるから!」
「信じてる!?何が?俺の何を知ってる?俺を俺たらしめるのは何かわかんのか?お前にとって俺はなんだっていうんだよ」
「……」
「この世界は、何かが奪われても大して変わらない。お前だってわかってるだろ。いなくなったら代わりがいる。ここに一人欲しいと思えば、誰かがいる。大災害が起きようが、他の県ではありふれた当たり前の生活がある。奪われたものの悲しみに誰が寄り添う?誰が理解できる?同じ痛みを知らぬもの同士に信じられるものなんかあるのかよ」
 雨宮との圧倒的な違いは、家族愛を知っているか知らないか、だ。
 不倫された挙句、母親は衰弱していった。
 雨宮の親は、不倫することもなく普通って括りの中で当たり前に生活してる。
 高校生にもなれば、親は離婚したり、再婚したりする。
 愛してくれる相手なら誰もよかったんじゃないか、愛してくれる人が一人だけじゃないということ知ってしまう。
 何も求めてなかったはずなのに、求めてしまう。
 愛を知りたくなる。愛を求めている。
 そんなやつを世間は醜いという。
 被害者面するなと釘を打つ。
 男なんだから男らしくあれという。
 こんな世で何を愛せるか。
 目の前の女子を泣かせておいて、愛なんかを求めていいものか。
 否。許されないだろう。
 だから、最後までやり切るしかない。
 タイムリープだって結構苦しいさ。
 毎日生きてるのに、毎日が変わらない。
 同じ時間を生活して、同じルーティンをこなす。
 未来が変わるなんてことその瞬間には起きない。
 何度も積み重ねてようやく得られた。
 勘の鋭すぎる雨宮から距離を置いたことで得られた最善の未来。
 一aの世界線で気付かされた諦めない心。
 へし折ってぶっ壊して最善の未来を得る。
 二人とも持っているんだ。
 恐ろしいほどに、強い心がある。
 彼らはきっとその先の未来で愛を知る。
 ならば、今心をぶっ壊しても問題ない。
 そう思うことにして、今に賭ける。
 この戦いは、俺一人で十分なのだ。
 それでも彼女は口を開く。
「信じない……」
「犬みたいに吠えていればいい」

 未来を変える。
 その旅を続ける。
 死んで得られたはずの未来。
 黒板に書かれる『181』の文字。
 誰かがタイムリープしたんだと気づく。
 声をかけてきたその人のその目で理解した。
 こいつと一緒にきたもう一人がいる。
 柊に問う必要もなかった。
 簡単すぎたから。
 極端な変化は、気付きやすい。
 そもそも一aの世界線で動かなかったのは、この二人だと確証を得るため。
 壊すのなら、徹底的に壊す。
 次の未来でまた、会うのなら、今度はお互いの最善の末会いたいと願いながら。
『柊と雨宮の命を救うこと』
 犠牲は。
『最悪の未来』