聞かずとも願いには代償があり、犠牲がある。
 雨宮の言葉には鋭い考察力があって、一時も気を許すことはできない。
 彼女の言葉の通りだ。
 僕は、『僕の命を犠牲に鈴木を生かすこと』を望んだ。
 そして、それは叶った。
 正直、何をしなくても鈴木は生きていたんじゃないかと思う。
 願ったのだから。
 神なら叶えてくれるだろうなんて思った。
 雨宮の言葉を聞かんと神社を離れたあと、向かってくる車と事故に遭って死んだ。
 だけれど、目が覚めた。
 黒板に書かれている『171』に驚かされる。
 生きている。
 死にたくて、選んだ犠牲は、叶わなかった。
 誰も叶えてくれなかった。
 何度自分で行なってきたか。
 その度にどうしてできなかったのか。
 なぜ死なせてくれないのか。
 都築神社に向かう電車内。鈴木の顔色を窺う。
 どうしようもないほどに、逃げ出したかった。
 この電車に飛び込んで、死んでやりたい。
 湖に身を投げ出して、死にたい。
 練炭炊いて部屋で死にたい。
 思えば、いつから僕は死にたいだなんて思うようになったのか。
 なぜ人は人を生かすのか。
 雨宮が望んだから鈴木を生かすことにした。
 別に何がどうなったっていい。
 人に生きててほしいなんて思うのは、エゴだ。
 僕は望んでない。
 犠牲が叶う瞬間、とても嬉しかった。
 ようやく終わりにできるんだって思えた。
 命はいらない。
 生まれてくることは間違い。
 死を求めることは救済である。
 考えることを放棄したい。
 唯一の解決策。
 またタイムリープしたのは、きっと鈴木の願いが叶わなかったから。
 彼が望んだ犠牲が得られなかったから。
 もう一度願いを叶えるのなら、鈴木の願いを叶えてからだろう。
 しかし、復讐がメインとなると僕の願いは叶わない。
 叶わないのなら、どうしようもない。
 何度もタイムリープするだけ。
 一生終わらないエンドレスゲーム。
 ならば、どうしろと言うのか。
 願いも犠牲も放棄した場合、世界は変わらないままだろうか。
 全部失って、死ぬこともできない。
 aの世界線で見た鈴木の姿。
 命を捨てるために湖に浸かっていった僕の前に前に現れた彼はなんなのか。
 死んだはずの彼にいった言葉、彼は知っているのだろうか。
『羨ましい……。お前ばっかりなんで自分の都合のいい生き方ができるんだ……!命投げ打ってまで、妹助けたってなんだよ。こっちは真面目に生きてきたってのに。お前は、自堕落に生きて、部活もサボって、授業中だって、寝やがって。しまいには、僕の望んだ死さえ手に入れて。行きたい時に部活きて、あっさり部員に勝って、レギュラーに選ばれて。僕の努力がどうして、報われないんだよ!お前ばっかり、ふざけんなよ!』
 目の前の彼にぶつけた言葉、何かに縋るように肩を掴もうとする。が、幻覚だったのかあっさりとすり抜ける。
 鈴木と僕は何が違った。
 どこで間違えた。
 僕はどう生きていれば、こんなに苦しまずに済んだ?
 親が望む学力にもなれず、変わりもない。
 部活さえ、レギュラーになれない始末。
 どうしたら、変えられた?
 どうしたら、生きたいって思えた?
 どうしたら、いいのかなんてこんなに長い時間があってわからないままだ。
 都築神社に到着した三人。
 睨みつけていた鈴木の背。
 激しい頭痛にうなされ、誰かの声が聞こえる。
『なんで……?』
『とりあえず、眠ってもらおうかな』
 ハッとした。
 鈴木の声に感情がない。
 そうだ、いつもそうだった。
 言うだけ言って、毎日雑に生きている。
 消化試合でもしているような、雑さ。
 いつか見た団体戦県大会の勝ちが確定して必要のない試合に出た鈴木の顔や声に似ていた。
 そうか……。
 生きるための理由を探してた僕とは反対だ。
 死んでいくものが身近に多かった僕とは違う。
 鈴木は、とっくに心の奥底から死んでいた。
 どうして、早く気づけなかったのだろう。
 自然な笑顔に騙された。
 人の痛いところをついてくる時も嘘をついている時も全部バレていたのは、雨宮と幼馴染だからじゃない。
 鈴木自身が、人の感情の変化に敏感だったから。
 全てに気づける彼だから、一aの世界線では何もしなかった。
 どれだけ行動してもお見通し、か。
 負けを認めるしかない。
 いつだって僕は、彼に勝てなかった。
 人と比べられ続けたる僕の隣にいて欲しくないなと妬んだ。
 それでも彼のために何かできないかなんて思うのは烏滸がましかった。
 だからもう、次のリープも何もできずに終わるんだろうと、思った。
 いやそうだろう。誰にも変えることはできない。
 きっと、雨宮でさえも。