見失うばかりの僕ら

 愛とは何か考えたことがある。
 それは人を思いやることだと思ってた。
 けれど、プラスアルファ大切に思う、も含まれるんじゃないか。考え始めたのは阿久津という妹ができた時だ。
 愛は、平等ではないし、一般的な解もない。
 強いていうなら、結婚だろうか。大多数が結婚式で愛を誓う。
 形だけの式になんの意味があるのか。
 考える人の方が少ないのかもしれない。
 両親がいる生活が当たり前じゃないなんてすぐに理解できるものじゃない。
 小学生の頃なんかは、普通という言葉を使って、母親が料理をするのは普通だとか共働きは普通だとか。
 キリがないほどに例がある。
 どうでもいいと切り捨てるには俺の家庭環境では厳しいものがあった。
 父親が不倫して作った子供。阿久津ライナ。
 幼児で可愛げのある子。
 公園でライナを見た時、父親の顔が浮かんだ。
 何度も父親の跡をつけて見つけた最寄りの公園に妻と思わしき女と三人でボールを使って遊んでいた。
 僕らを捨てて愛し合う家族ができると知った時、愛は増産できるものだったと気づいた。
 愛なんてものは一つじゃない。
 なんでこんな子供が愛されているのだろう。
 成績も運動もできた俺が愛されていなかった。
 認めたくない。
 そんな思いが溢れる。
 妻らしき女が投げたボールをライナはキャッチすることができず、こちらへ転がってくる。
 俺に気づいた父親に見向きもせず目の前のライナに声をかける。
 ライナの名はさっきから父親も妻も声にしている。
 しゃがみ込んで彼女の目線に合わせる。
「ライナちゃんっていうの?はいこれボール」
 手渡すと可愛らしい笑みでありがとうと言う。
 憎かった。
 こんなやつのどこがいいのか。
 そんな感情を抑え込んで質問する。
「苗字、なんて言うの」
 フルネームが知りたいなと付け足す。
「阿久津!阿久津ライナ!」
 それは両親が離婚して手放した苗字だった。
 なぜこの幼児に与えなければならないのか。
 法的な問題とかそんな話じゃない。
 感情的な話だった。
「そっか、珍しい苗字だね……」
 そっと頭を撫でようとする刹那、父親の言葉が鋭く突き刺す。
「触るな!勝手に人の子に触れるんじゃない」
 いつもみたくカラッと笑う。
 まるで演じるように。
「やだなぁ父さん。俺のこともう忘れちゃった?」
 立ち上がるとライナは俺に目を向けたままだった。
「……お父、さん?」
 疑問が沸いている。
「そうだよ。腹違いだけどね。君は僕の妹だ」
「お前」
 父親の言葉に被せるように言う。
「雅也!!父さんがつけてくれた名前でしょ?忘れないでよ」
 敵意のある声音に足が震えていた。
 父親の両肩に手を乗せ、頭を下げたまま。
「あんたの子供じゃんか」
 こんなにも愛されていなかったのかと知ると悲しさに涙が出そうだった。
 必死に堪える。
 そして、愛がなんたるかを教えてやると強く誓う。
 呪いでもなんでもいい。
 一生愛で苦しめてやる。
 俺はただ愛を知れたらそれでいい。
「じゃ、ライナ、俺とあそぼか。ボール遊びは得意なんだよ」
 人前でいつも見せる他愛のない笑顔。
 傷ついていることなんて誰にもバレていないはずだ。
 それから程なくして遊び終えた俺は妻と交代して、父親の隣に座る。
「遊んでくれて」
 間髪入れずに耳元で囁く。
「母さんには言わないよ。ノイローゼになるから」
 その一言だけで精神的なストレスがかかっていることを知らせる。
 顔を強張らせる父親の目は見ないように視線をライナ達に向ける。
「母さんの悲鳴を聞きながらでてく姿じゃ、表情なんてわかんなかったでしょ。あんなにも一途に愛してくれている人を蔑ろにしてここで子を育てるなんていつかバレるんじゃないか?」
「……」
「何が原因とか言わないんだな。不倫したくせに一丁前に謝罪したつもりかよ」
 ライナがこっちを振り向いて手を振ってくれる。笑顔を作って振り返すと彼女はまた妻とボールで遊び始めた。
 変な幼児だ。
「これからたまには会おうよ」
 愛がなんなのか教えこんでやると言い聞かせながら。
「いやそれは」
「母さんにバラすよ?別に三ヶ日なんてさほど遠くない」
 もはや脅しだった。
 離婚が成立したのは、母親が出した条件をあらかた飲んだから。
 養育費もこの先僕にも母親にも会わないこと。
 だけど、この県から出ていくことだけはしなかった。
「あれ看護師でしょ?医者と看護師の不倫なんてドラマだけだと思ってた。若い女の方がいいんだろ。医者は金さえ払えば不倫も許されるか」
「雅也、それは」
「大丈夫、これは僕と父さんの問題だ。話し合ってこ」
 これが、父親と度々会うことになった理由だ。
 愛のない父親が、愛を知るための物語。

 都築神社にはとある伝説が言い伝えられている。
 何か願いを叶えるためならたった一つを犠牲にタイムリープができる。

 賽銭箱に五円玉を入れ、二礼二拍手で願いを唱える。
 背後で風がゴーゴーと音を立てる。
 願いを叶えてくれるようなそんな気がした。
 そして、未曾有の大災害がやってくる。
 望んだことはようやく叶った。
 こんなやり方があったんだと二回目のループで知る。
 犠牲者は多いが、俺の気持ちは高揚していた。
 
はずだった。
まさか彼女と再会するまでは。
計画が狂ったのは全部彼女のおかげなのかもしれない。
そんなことを思うのに一体どれだけの時間をかけただろう。