昔からよく王子様とか完璧人間とか学校のアイドルとか主食は霞っぽいとか、色んなことを言われてきた。
だからなのか周りの人から一線引かれてもはや崇められている状態なのも知っていたし、自分が歩み寄りたいと思っていても遠ざかっていかれるのも分かっていた。
ちゃんと『自分』を見せられる友達がいないのは思ったよりも辛くて悲しいことで。
現実で友達ができない俺はあまりにも辛くてSNSの世界に逃げ込んだ。
するとそこにはちゃんと『俺』と話をしてくれる人がいて、年齢も近いし趣味も合って朝から晩までメッセージのやり取りをすることが続いていた。
そんなある日、友人から『実際に会ってみたい』と言われたのだ。
相手は女の子だから躊躇したけど、実を言うと俺はその子に惹かれていたから会いたいと思った。
今まで友達はおろか恋人だってできたことがなかった自分にも、高校最後にしてやっと春がきた!
――そう、思っていたのだけれど。
「……"ムーン"さん…?」
待ち合わせ場所で話しかけて人が今までやり取りしていた女の子じゃなかったら?
「………聖人!?」
しかもその相手が年下の幼馴染だった場合、どうしたらいいの!?
◆
「ばかばかばかばか、ありえない!ひどい!詐欺だ、詐欺!けーさつ呼んでやるっ!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。はい、お水飲んだら?」
「うるさいうるさいっ、聖人のアホ!」
待ち合わせをしていた駅前に現れた幼馴染が今までやり取りしていた『葉月』だと知り、涙のダムが馬鹿みたいに決壊してしまった。
大勢の前であまりにも泣くものだから、幼馴染である葉月聖人の手によって近くのカラオケに連れ込まれたのだ。
この状況を理解したくないし理解しようとしたらものすごく腹が立ってきた佐倉深月は、水を差し出してくれている聖人の腕をベチベチと容赦無く引っ叩く。
溢れてくる涙を乱暴に手の甲で拭いながら目の前にいる男をチラリと盗み見るが、何度見たってやはり彼は深月の幼馴染である葉月聖人本人だった。
深月より2歳年下で高校生になったのは知っていたけれど、いつしか一緒にいなくなった幼馴染はいつの間にか男らしく成長してかっこよくなっていた。
深月も身長は170センチは超えているから高いほうだけれど、聖人は多分180センチを超えている。昔とは比べ物にならないほどガタイもよくなっていて、本当に高校1年生なのか疑わしいほどだ。
襟足が綺麗に切り揃えられた黒髪は彼が動くたびにさらりとなびく。知らない間に香水なんてものをつけるようになったのか、ほのかにいい匂いもしてきた。
昔は体が小さくて気弱だった聖人はよく深月の後ろをついてきていたのに、そんな面影は微塵も感じられない。
バイトでもしているのか時々夜になって帰ってくる隣の家の玄関の音で目が覚めて、カーテン越しに2階の向かいの部屋に明かりがつくと聖人が帰ってきたんだなと思うくらいで、最近は全然姿を見ていなかったのだ。
「大体、ちゃんと確認しないまま相手を女子だと思うほうが悪いんじゃない?」
「んな…っ!だ、だって!葉月って女の子っぽい名前だから……」
「てか俺の本名だけどね」
「う……」
そう指摘されると、それ以上なにも言い返せない。
まさか聖人が本名でSNSをしているとは思わないし、一般的には葉月という名前は女性が多いイメージだったので、勘違いしていたのは確かに深月の自業自得かもしれないけれど。
でも、今までいくらでも性別を打ち明けるタイミングはあったはずなのに!黙ってたのはそっちじゃないか!
なんて、自分が聞かなかったことを棚に上げてしまう。
突然のことに頭の中が混乱して唸っていると、大きな手からくしゃりと頭を撫でられた。
「とりあえず、ごめん。深月が俺と会ってそんなに落ち込むとは思わなかった」
一方的に泣いて怒っていたのは深月なのに、そんなことを言ってくる聖人の言葉にきゅうっと胸が締め付けられる。
「……ともだちだと思ってたんだもん、俺は」
「あのさぁ、深月。そんなにショック受けるってことは……"葉月ちゃん"に下心があったとか?」
カラオケルームのソファに横並びで座っていた二人。きしっという音を立てて聖人が覆い被さってきて、耳元で低く囁かれた。
耳の中に直接流し込まれたその言葉を理解して数秒。深月は顔だけではなく、全身がかぁっと熱くなるのを感じた。じわりと背中に汗もかいてきた気がするし、どくどくと心臓が脈打つペースも速い。
覆い被さってくる聖人に顔を見られないようにふいっと背け、彼の厚い胸板を腕で押してみたがびくともしなかった。
「否定しないってことはそうなんだ?」
「ち、ちが!そんなきもちなかった!」
「へぇ。深月って昔から嘘つくの苦手だよね。そんでめちゃくちゃ分かりやすい」
「な!」
聖人に本心を言い当てられてつい焦ってしまった。最近は一緒にいることが少なかったけれど、小さい頃から兄弟のように接してきた時間は伊達ではないのだ。
もしかしたら気の許せる友人を作るより、彼の前で嘘をつくほうが難しいかもしれない。
「葉月ちゃんが女の子だったら、なにしようとしてたの?」
「え?」
「こういう密室に連れ込んで手を繋ぐとか……」
「あっ、ちょっと……!」
「服の上から体を触るとか、そういういかがわしいことしようとしてた?」
「やめ、やだ、まさと……っ」
深月はいつの間にか聖人に押し倒されていて、片手はぎゅっと繋がれ、もう片方の手は深月の胸元に這っていた。服の上からでも感じる聖人の体温に思わずぞくっとする。こんな風に誰かに触れられたことがないので、どうしたらいいのか分からないのだ。
「深月がほしかったのは友達じゃなくて彼女なんじゃない?やましい気持ちがあったから俺の誘いを受けたんでしょ」
「そんなんじゃ、ないってば……!」
「こんなにイケメンなんだから彼女なんて選び放題じゃん。同じ学校じゃないから今は分からないけど」
「……」
「友達探しって口実としか思えないよ。てか友達が一人もいないって言ってたけどさ、俺は違うんだーって、ちょっと傷ついたんだけど?」
聖人がただからかってそう言っているのは分かっているけれど、深月は鼻の奥がツンっと痛んで目頭が熱くなってきた。
繋いでいる手にぎゅっと力を込めると聖人が驚いていて、今度は泣きたくないと思っていたのに勝手に涙が流れてきた。
「…先に俺から離れてったのは、聖人のくせに……!」
「え、」
「中3の終わり頃から俺のこと無視してきたの、聖人のほうじゃん!高校も別のところ受験してたとか、ぜんぜん知らなかったし!なんだよそれ、聖人が俺に"友達"とか言う資格ない!ばかばか、最低!お前なんて嫌い!全然友達なんかじゃないもんっ」
自分が高校3年生とは思えないほど子供っぽい怒り方に泣き方だと思うけれど、聖人の態度に我慢していたものが限界突破してしまったのだ。
聖人のことは友達を超えて兄弟のようなものだと思っていたので今まで喧嘩もしたことないし、彼にしたいしてこんなに声を荒げるなんて生まれて初めてで。聖人も同じことを思っていたのか、声を荒げる深月を見て目をぱちくりと瞬かせていた。
「う〜…っ。たしかにちょっと、もしかしたら人生で初めて、彼女できるかもとは思ってたけどぉ……!でも、それよりも、本音で話せる友達と直接会えるのが嬉しかっただけだし……っ」
時すでに遅しだろうが、えぐえぐ泣いてる顔なんて見られたくなくて片腕で顔を覆う。冷静になって考えると、弟みたいな幼馴染にこんなに情けないところを見られて恥ずかしいどころの話ではない。
曲がりなりにも学校では王子様とかアイドルとか言われているものだから、聖人に対して醜態を晒してしまったことに今更羞恥心が込み上げてきた。
「ご、ごめん…俺が全部悪かったから、今日のことは全部忘れて……」
さすがに年上としての威厳を取り戻さなければならない。深月が繋いでいた手を離そうとしたら聖人のほうから離されて、その代わりになぜかぎゅっと抱きしめられた。
「謝るのは俺のほう。ごめんね、深月」
「ふぁ……?」
「深月の気持ちも考えずに色々言ったこと。深月はイケメンで完璧すぎて、昔から人が近寄りがたくてなかなか友達ができないのも分かってたのに意地悪言っちゃったこと。それと、深月を無視してたこと」
いくら幼馴染と言っても、聖人とは男同士。
抱きしめられたことなんて今までなかったのだが、全身に感じる彼の体温にひどく安心している自分がいた。そして自然と深月の腕は聖人の背中に回り、控えめに抱きしめ返す。
それに気がついた聖人が嬉しそうにすりっと頬を寄せてきた。
「避けてた理由を言ったら笑われるかもしれないけど……デカくなりすぎたから、俺」
「は……?」
「だって深月が、可愛い俺が好きだって言うから。背も高くなってガタイもよくなってきた俺のことなんて、深月はもう興味ないんじゃないかと思って……面と向かってそう言われんのも怖かったし」
「な、な、なんだよそれぇ……そんなこと思うわけないじゃん!少し見ない間にすごくかっこよくなったなって思ったよ」
「じゃあ、かっこいい俺でも深月は受け入れてくれる?」
「当たり前だよ。どんな聖人でも俺は好き」
「そっか。録音したからね、今の言葉」
「へ?」
今まで深月を抱きしめていた聖人が顔を上げると、にっこりと眩しい笑みを浮かべていた。笑った顔もイケメンだな、なんてのんきに思っていたのだが彼が言った『録音』という言葉に首を捻る。
意味が分かっていない深月の前にスマホをぶら下げた聖人が画面の再生ボタンを押すと『どんな聖人でも俺は好き』という、先ほどの深月の言葉が流れてきた。
「な、なんでろくお……」
「それで、深月にお詫びがしたいなと思うんだけど」
「おわび?」
録音した理由も曖昧にされたまま、聖人がこれまでのことに対してお詫びをしたいと言い始めた。
正直会話のスピード感についていけずポカンとしている深月の頭を聖人が優しく撫でて「俺が深月の一番の友達に戻る」と言ったのだ。
「え!ほ、ほんと?」
「うん。元々趣味も合うからね、俺たち。それに連絡とってる間、楽しかったでしょ?」
「た、楽しかったよ……!だから今日も会えるの楽しみにしてたもん!」
「じゃあ、よかった。幼馴染で一番の友達ってすごくいいよね」
深月のほうが2歳年上なのに、聖人の提案にまるで子供のように何度も頷いてしまう。そんな深月を見た聖人はくすくす笑って、そっと頬に触れてきた。
「それと、俺が深月の恋人になる」
「へぁ……?」
「期待させちゃったから、代わりに」
待ってくれ、理解が追いつかない。
まず、佐倉深月は高校3年生の男だ。そして、幼馴染である葉月聖人は高校1年生の男である。
確かに深月はSNSを通じてやり取りをしていた『葉月』を高校生の女の子だと思い込み、あまりにも色々と経験がない故に友達以上恋人未満みたいな気持ちを抱いていたのも間違いではない。
でもそれは相手が『葉月聖人』だと知らなかったからだ。
「な、なんで聖人が……」
「俺なら深月の一番の友達になれるし、趣味も同じだからデートも楽しいと思うよ。俺が一人いれば友達も恋人も手に入れられてラッキーじゃん。こんないい物件いないよ?」
「物件って……」
「ね、結構いい案だと思うんだけど」
「いや、いやいや、おかし…んうっ」
否定しようとしたのに、聖人から顎を掴まれたかと思うと何か温かいものが唇に押し付けられていた。
「(き、きす、してる……っ!?)」
唇の隙間からぬるりと舌を差し込まれ、生まれて初めて誰かとキスをしていることを認識した。
ふにふにとした柔らかい感触がくすぐったくて、唇が『離れがたい』と言っているのが分かる。キスなんかしたのは初めてなのにそう思ってしまった自分がなんだか恥ずかしくて、全身が火傷しそうなほど熱くなるのを感じた。
「んぁ、ふ……」
「ん……みづき、可愛い」
「や、ぁ…まさとぉ……っ」
「恋人同士はこうやって抱き合いながら、たくさんキスをするのが普通なんだよ」
「ふぇ……?」
「頭撫でられながらちゅうされるのどう?気持ち悪い?」
「んう、きもち、い……」
ファーストキスはレモンの味、なんてしなかった。
先ほどまで飲んでいた聖人の炭酸飲料と、深月が飲んでいたオレンジジュースが混ざった不思議な味で、ぐちゃぐちゃのとろとろで、訳がわからない。
口内を好き勝手に犯されて『気持ち悪い』と感じるより『気持ちいい』と感じてしまい、深月は熱い吐息を漏らす。その息が聖人の唇に触れて、今度は軽く口付けられた。
「んん……」
「"恋人との初めてのキス"どうだった?」
すりすり、真っ赤になっている頬を労るように撫でられながら、自分の目がとろんととろけているのが分かる。無意識に聖人の大きな手にすり寄って甘えると、頭上からごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
「うれし、かった……」
そう呟くと、満足そうに微笑んだ聖人からその後何度も何度もキスをされたのは、言うまでもない。
