「ゲーセン寄って帰んねえ?」

 放課後。教室でお喋りをしていた優一郎は、そう友人達に声を掛ける。
「OK!」「行こ行こ」と友人達は座っていた机からひょいと降りる。
 優一郎の友人達は髪を金髪や茶髪に染めていたり、ピアスやアクセサリーなどをして見た目は少し派手ではあるのだが、みんな友達想いのいいやつだ。
 そんな派手なグループの中心にいるのが、優一郎である。


 三春 優一郎。
 2年D組、出席番号36番。
 着崩した制服にピアスと、見た目はだらしない印象ではあるが、成績優秀、スポーツ万能の人気者である。
 学校生活は主に楽しいこと優先ではあるが、勉強もそれなりにやっている。


 優一郎が友人達と一緒に昇降口に向かって歩いていると、一人の女子生徒が目に入った。
(……涼川…?)
 この学校の生徒会長である涼川 凛が、なにやら大量の書類が入ったダンボールを抱えて、ふらふらと歩いている。
(あれ、ちゃんと前見えてるのか……?)
 凛は重そうな書類をひとりで抱えていて、一生懸命歩みを進めている。
(相変わらずくそ真面目。不器用というかなんというか、周りに頼ればいいのに…)
 優一郎は、凛が苦手だった。
 凛のように実直で、臨機応変に対応できないようなタイプは、いつかの自分を思い出すようで嫌なのだ。


 優一郎はもともと、凛とそっくり同じタイプだった。


 中学生の頃までの優一郎は、真面目で勉強ばかりしていた。
 それが学生の本分だと思っていたし、勉強することは嫌いではなかった。
 だからわざわざ塾に来てまでお喋りしている人の気が知れなかった。
 そういう人達を見ると、優一郎はいつも辟易していた。
(あいつら本当に何しに来てるんだ?時間の無駄だ)
 頭の固かった優一郎は、友人もほとんどおらず、いつも机にかじりついていた。

 そんな優一郎であるが、いいな、と思う女の子がクラスにいた。
 それはまだ恋には至っていない、小さな小さな恋の種だった。

 隣の席の女子で、比較的大人しく、授業の前後で予習復習を欠かさない真面目な子だった。
 いつも一番に登校していた優一郎は、二番目に来るその子とぽつぽつ話すようになった。
「三春くん、おはよう。今日も早いね」
「おはよう」
 そうして始業まで二人でひたすらに勉強する。
 特に盛り上がる共通の会話があったわけではないけれど、優一郎はその時間に心地よさを感じ始めていた。

 しかしある時、その女子が友人達と話しているのを聞いてしまった。
「あんた最近三春と仲良くない?」
「え?そうかな?」
「付き合えばいいじゃん」
 そんな女子達の教室での会話を、優一郎は廊下で聞いていた。
(これ、絶対聞いちゃいけないやつだ…)
 そうは思っているのだが、彼女がどう思っているのか少なからず気になってしまう。
 優一郎は彼女の返答に耳を澄ました。
「三春くんはそんなんじゃないよ。もさもさ眼鏡で全然タイプじゃないし。そもそも勉強ばっかりしてる真面目な人なんて、一緒にいて楽しくないよ」
 優一郎はこの言葉に、少なからず衝撃を受けた。
 同じようなタイプだと思っていた彼女はまったくそんなことはなくて、あまつさえ優一郎を馬鹿にするような言葉を口にしたのだ。
(……そんな風に思ってたのかよ…)
 優一郎はそのまま踵を返すと、教室には戻らずに校舎を出た。
結局世の中なんてそんなもんか、と優一郎は何もかもが馬鹿らしく感じた。
どれだけ勉強を頑張っていようと、世間は勉強なんてまったくしていない毎日馬鹿みたいに笑っているだけの男の方が評価がいいんだ。
あの言い方からすると、彼女だってそうなのだろう。
優一郎は卑屈な考えに囚われ、なんだか今まで自分が真面目にやってきたことすら、馬鹿みたいに思えてきた。
(高校に入学したらもっと自由に過ごそう。やりたいことをやって、楽しいだけの毎日にしよう)

 そうして今の自由気ままな優一郎が出来上がった。

 勉強は相変わらずこつこつやってはいるが、それを馬鹿にされたくなくて、学校の休み時間に勉強することはなくなった。
 友人と話しているのも、遊びに行くのも、もちろん楽しい。
 けれど、なんとなく今の自分が本当の自分ではないような気もしてしまう。


 だから、いつかの自分みたいに真面目に生徒会長をしている凛を見ると、憧れに似た気持ちが湧いてくる。
(涼川は自分の道を、しっかり貫いてるんだよな…)
 彼女の言葉に傷付いて、なにもかも嫌になってしまった自分と違って。


「涼川」
 そう声を掛けると、凛はぱっと顔を上げる。
「俺が持っていくから、貸して」
 凛の持っているダンボールをさっと取り上げると、凛は慌てたように手を伸ばす。
「み、三春くん!私、ひとりで持てるから!」
(本当にくそ真面目。昔の俺みたいで腹が立つ…。でも、)
 そんな凛を優一郎は放っておけなかった。
(いつか涼川が、真面目すぎて俺みたいにならないように、少しでも軽くしてやれたら…)


 そうして凛と優一郎とは、クラスメイトというだけではなく、お互いがお互いを気に掛ける存在となっていた。