「校内にゲーム機の持ち込みは禁止よ。没収するわ」
凛はたむろする男子達に容赦なく声を掛けると、これまた容赦なくゲーム機を取り上げた。
「げっ!生徒会長…!」
男子生徒達はがっくりと肩を落とす。
「放課後になったら生徒会室に取りに来て。それと、今後は絶対に持ってこないように」
涼川 凛。
二年D組、出席番号13番。
二年生にして生徒会長を務める、成績優秀、品行方正、冷酷無慈悲と言われる敏腕生徒会長である。
校内の風紀が乱れないよう、校則に則り、日々生徒達を取り締まっている。
凛はさっと踵を返すと、廊下を後にする。
後ろから「生徒会長に見つかるとかマジ最悪…」「会長、ほんと容赦ないよな」などと聞こえてきたが、凛はそのまま角を曲がる。
そして。
「はあああ~~~」
と大きく息を吐き出す。
手の中にあるゲーム機を傷付けぬよう丁寧に持ち直しながら、凛はばくばくと騒がしい胸に手を当てる。
(き、緊張したぁ…!だ、大丈夫だったかな?みんな怒ってなかったかな?ごめんね、先生に見つかるとそれこそこっぴどく怒られちゃうから、一時私が預かっておくだけだからね)
凛は先程のゲーム機の持ち主に心の中で謝罪する。
「あ、生徒会長だ。こんにちは!」
ほっと一息ついていると、女子生徒から声を掛けられる。
それに凛はさっと反応して、はきはきとした挨拶を返す。
「こんにちは。この先エアコンの修理に業者さんが来ていらっしゃるから、邪魔しちゃだめよ」
凛の言葉に「はーい」と女子生徒達が通り過ぎて行く。
そうして女子生徒達がいなくなって、凛はまた一息つく。
(言い方きつくなかったかな……)
そう凛はきっちりと真面目な生徒会長を演じているが、内心は大人しくて気弱で引っ込み思案であった。
(だめだめ、ちゃんと生徒達のお手本になるような、生徒会長であらなくちゃ!)
凛は気を引き締める。
凛は中学までずっと大人しく、教室の隅で本を読んでいるような女の子だった。
意見を求められても上手く発言できず、自分の気持ちすらはっきりと口に出せなかった。
そんな凛が自分を変えようと思ったのは、とある人物に出逢ったからだった。
それは中学三年生の時に通っていた、駅前の学習塾でのこと。
教室で賑やかに話している女子達から、いきなり声を掛けられたことから始まる。
「ね?涼川さんもそう思うでしょ?」
「え?」
次のコマの予習のため、テキストを確認していた凛は急に話し掛けられて顔を上げた。
自分は輪の中に入っておらず、近くの席で女の子達が楽しそうに話してるなーとしか認識していなかった凛は、急に掛けられた声に戸惑った。
「ね、涼川さんはどう思う?」
「え?えっと……」
(なんの話をしていたんだろう?なんて答えたらいいんだろう?)
そう凛が戸惑っている間にも、女子達は眉を顰め怪訝そうな表情になっていく。
「涼川さん、話し聞いてたでしょ?」
(うう…、聞いてなかったよ……)
涙目になる凛に、後ろの席から声が飛んできた。
「あのさぁ、あんたたちなにしに塾に来てるわけ?さっきから品のない笑い声が耳障りなんだけど」
凛と女子達は、その声に弾かれたようにひとりの男子生徒に目を向ける。
男子生徒は前髪が長く、眼鏡を掛けており、その顔ははっきりとは見えない。
しかし、こちらを睨みつけているように感じた。
机の上にはテキストとノートがあり、集中して勉強していたであろうことが窺える。
「お喋りするだけなら勉強の邪魔だからどっか行ってくれ」
男子のきつい言葉に、女子達は「は?うざっ。行こ」と言って教室を出て行った。
「ようやく静かになったか」
そう呟いた男子は、またノートに向かってペンを走らせていく。
凛はまごつきながらも、声を掛けた。
「あ、あ、ありがとう……」
凛の言葉に、男子は顔を上げる。
「なにが?」
「あ、えっと…」
(私がはっきり言えなくて困ってたから、声を掛けてくれたんじゃないのかな…?)
そう思ってお礼を伝えたのだが、男子は呆れたようにため息をついた。
「もっと自分の意見はっきり言えよ」
「う、うん……」
会話は終わりだ、とでも言うかのように男子はまたノートに視線を戻してしまった。
(すごいな……)
凛はそう素直に思った。
(あんな風にきっぱりと意見が言えるなんてかっこいい。私も、そんな風になれたら…)
塾で知り合った名前も知らない男子の、自分らしくはっきりと意見の言える姿に、凛は勇気を貰ったのだ。
(私、変わりたい。彼みたいにはっきり自分の意見を言える人になりたい)
そうして、今の生徒会長の凛に至る。
高校に入ってから、凛は彼を思い出しながらなりたい自分を思い浮かべた。
(彼みたいにきつい言い方はちょっと怖いから、でも彼を見習いながら、はっきり自分の意見を言えるような人…)
彼だったらこういう時こう言うかな、ああ言うかな、と参考にしていた結果、気が付けば凛とした生徒会長を演じることになっていた。
なりたい自分に近付いてはいる、はずなのだが、凛としては周りからのイメージと内心の自分とのギャップに少し戸惑っていた。
(本当の私は、こんなんじゃないんだけどな…)
そう思いながら手元の没収したゲーム機を眺めていると。
「お、生徒会長じゃん」
と声を掛けられて顔を上げた。
目の前にはワイシャツを第二ボタンまで開けて、制服を着崩した、三春 優一郎がいた。その耳元には小さなピアスが光っている。
「三春くん、ピアスは校則違反です」
凛の言葉が聞こえていないかのように、優一郎は凛の手元を指差す。
「またゲーム没収したのかよ。相変わらず厳しいな、生徒会長さんは」
「当然です。学校には必要のないものなのだから」
凛はそうはっきり告げる。
しかし優一郎はへらりと笑って、浅くため息を吐き出した。
「いつもいつもきっちりかっちりして、疲れねえ?」
「え…?」
「もっと肩の力抜いたら?」
そう言いながら、優一郎は凛の肩をぽんぽんと叩く。
男子に免疫のない凛はそれだけのことで、心臓が忙しなく動く。
「よ、余計なお世話よっ」
顔を真っ赤にする凛に、優一郎はまたへらへら笑ってその場を後にする。
「じゃあな、りんりん」
「その呼び方やめて!」
ひらりと適当に手を振った優一郎は、さっさと行ってしまった。
(み、三春くんなにしに来たんだろう……三春くんのノリ、苦手過ぎる……)
優一郎との遭遇にどっと疲れながらも、凛は再び生徒会室を目指して歩き出す。
(三春くんの素行はどうかと思うけど、でも、彼は彼で、自分を貫いていてすごいな。自分の意見ははっきり言えるし、こうありたい自分があるからこそ、ああいう見た目と態度なのだろうし…)
生徒会長として見過ごせない点はあれど、凛は自由な優一郎に少しの憧れがあった。



